第18話 月曜、朝、トラブル【三人称】
【お知らせ】
いつもご覧くださり、誠にありがとうございます。
試みとして、この第18話と次の第19話は三人称で書きたいと思います。
第20話以降はこれまで通り、一人称で進めるつもりです。
【
相良日夏は、席に着くなりリュックからライトノベルを取り出し、黙々と読み始めた。一瞬の出来事であった。
教室の時計は、午前8時30分を少し過ぎたあたりだ。40分から始まる朝自習の時間が迫るなか、教室には徐々に生徒が増え、各々が席に着きながらスマホを見るだの朝自習を始めるだの、好き勝手に過ごしている。
40分のチャイムと同時に、担任が姿を現した。途端、スマホを見ていた生徒は机の中にそれをすばやく隠し、朝自習をしていた生徒は穏やかにペンを走らせる。
相良は、本に栞を挟んで、名残惜しそうに表紙の萌えイラストを眺めながら、ひとつ、ため息をついた。物語は序盤も序盤、いちばん期待が高まっている最中の中断。
「おはようございます。お、佐藤くん偉いですね、しっかり朝自習に取り組んで」
と、担任の声に、クラス中が思う。いや、小学生に対する褒め方かよ、と。
そんなクラスの空気はお構いなしに、担任が教壇横の机で雑務に励みだしたとき、相良はふと思い当たった。ヤバ、今日英語の参考書持ってくるの忘れた、と。
朝、家を出たときから嫌な予感はしていた。何か大切なものを忘れたような気持ちだけど、きちんと古文の小テスト対策はしたし、体操着も持ってるし、大丈夫だ。そう思った時点で、家に引き返すべきだったのだ。
朝自習に古文の単語帳をペラペラやりながら、相良は考えをめぐらせる。
英語の参考書は、授業でほぼ毎回使われることが多い。肝心なのは「ほぼ毎回」使われるという点であって、使われないときもあるわけだ。それなら、イチかバチかの賭けで……いや、それはあまりにも危険すぎる。恥を忍んで借りる? にしても、誰に?
そこまで考えが至ったところで、担任が席を立ち、監視するように教室内を歩き始めた。単語帳に没頭しているふりをする。退屈だ。小テスト対策は既に終わっている。今さら単語帳を読んだところで、何かを得られるわけもなく。
相良の視線はごく自然に、ななめ右前の席に座る小川に惹きつけられた。
丸まった背に、紺のブレザー。ぴくりとも動かないその後ろ姿を、わけもなくじっと相良は見つめた。熱心に朝自習に励んでいるか、寝ているか、あるいはスマホを触っているか。そう思ってから、後ろ2つの選択肢はないことに気づく。担任が監視しているなか、寝たりスマホをいじったりするほど、彼女はバカじゃないと思う。
「小川さん、寝ないの! 朝自習してください」
うーん、やっぱりバカっぽい、かも。小川を単語帳越しに眺めながら、相良は笑みをこぼした。
【
今日はなんていうか、うまくいかないかも。小川は予感した。
月曜日の始まりを告げる1時間目のチャイムが鳴ると、いくら外が晴れていても気持ちは曇天。そして金曜日に近づくにつれ晴れていき、金曜日の放課後に快晴になる。……と、いうのが、小川の持論である。
「今日は小テストだぞ~」
と、小川とは対照的になんとも楽しそうな古文の先生が、小テストの用紙を配る。
前の人から手渡されたプリントを見て、小川の顔はたちまち絶望に歪んでいく。
先週の金曜日、相良を水族館に誘ったこと。デートプランを画策し、付近の飲食店や観光スポットを調べたこと。土曜日、しっかりと楽しんだこと。その体験を小説に落とし込むべく、パソコンと向き合った日曜日……そして、今日。
小テストに対抗しうるだけの体力も気力も、小川には残っていなかった。すべてを部誌に掲載する短編小説に注いだのだ。もちろん、睡眠時間も。
筆箱を机にしまう。答えを書けもしないのに、筆記用具なんてあってたまるか。机に突っ伏し、四肢を投げ出す。もはやヤケクソであった。
「お、さすが小川。もうできたのか~?」
先生の小言に「はぁい」と生返事をし、小川はふて寝を決め込む。
今年も、小川と赤点の戦いが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます