第13話 動き出す、眺める私を置いて
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金曜日、という言葉の効力は新学期でもバツグンだ。
4月11日、金曜日。昨日から始まった通常授業は、去年までと変化なし。そりゃそうだ、教える先生や授業の進み方は違っても、内容はほとんど同じだし。
「おはようございます、皆さん」
今日も今日とて元気な担任が、私たちに挨拶を促す挨拶をする。もはや挨拶にあらず、挨拶を促すための挨拶である。この担任の紹介欄にそう書いてほしい。
申し訳程度の音量で挨拶する私たち8組に、不満げな様子を隠そうともしない担任はさておき、今日はなかなかに悪くない時間割。体育がないし、午後は美術だけ。
担任が教室から出たことを確認し、机の上に置いていたライトノベルを手に取る。昨日、委員会の前に借りてきたやつだ。異世界転生とタイムリープを掛け合わせた設定に評価が高いらしいけど……お手並み拝見といこうか。
ネタバレを踏むかもしれないから口絵を飛ばし、本文が始まる1ページ目を開いたところで、ふと視線を感じて本を閉じる。栞の代わりに指を挟んで、
「どうしたの。小川さん」
と、話しかけると、彼女は机の横にちょこんとしゃがみ、両手をリスのように机に乗せる。私の机の上には、小川さんの両手と、ぴらぴらの紙切れが2枚。
「これ……行かない?」
それは、水族館の割引チケットだった。いや、入場チケットじゃないんかい。割引になるだけかい。……とは思ったものの、普通に入場するより500円も安くなる。ありがたいチケットだ。
「いいけど、いつ行くの」
ちょうどそっち方面には用があったし、ついでに水族館に行くのも悪くない。
「明日とか……?」
「急……まぁ、空いてるけど」
「じゃあ、連絡先、もらってもいい?」
もうすぐ1時間目が始まる焦りからか、やけに早口で事を進める小川さん。スマホを取り出そうとリュックに手を突っ込んで、今日はジャージを詰めていると気づく。
「あー、今、すぐスマホ取り出せなくて。昼休みか、放課後で……」
告げると、彼女はにっこり笑って頷く。その笑顔の裏でめちゃくちゃ私のことを罵倒していないだろうか。優しくされると、裏を勘ぐってしまう。悪い癖だ。
「じゃ、放課後ね」
と、言った小川さんの表情は
彼女の言葉と同時に、始業のチャイムが鳴る。それは私の波乱の日々を告げるゴングでもあることを、このときの私はまだ、知らない。
【
人もすなる水族館で遊ぶといふものを、私もしてみむとてするなり。
なんて土佐日記でふざけている場合ではなかった。決戦は土曜日、つまり寝て起きたら相良さんと水族館に行く日なんだ。
時刻は夜11時を少し過ぎて、今から古文の小テスト対策と、水族館のための段取りを再確認して寝るには遅い時間。金曜日ってテレビや生放送の誘惑が多いから、やること先延ばしにしちゃうよね。ついつい。
鼻歌を口ずさみながら、私の部屋の電気をつける。机に向かうと、待ってましたとばかりにスマホが震えた。相良さんからのメッセージが1件。
「おやすみなさいっと」
返事を打ち込んだら、そのままスマホで水族館の近くのお店を検索。相手が誰であろうと、私は下調べを欠かさない性格なのです。まぁ、心配性と言われれば、それまでだけど……。
あ、ここ、お手軽な値段だし、おいしそう。いいかも。こっちのお店は少し歩くけど、プリンとかフレンチトーストがある。ファストフードなら、水族館の通りをまっすぐ行けばいいのね。よし、完璧。
スマホをベッドに投げ出して、丸まっていた背中を伸ばす。あとは古文の小テスト対策をして……して……する前に、ちょっと休んで……。ちょっとだけ。
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