第11話 すれ違う、あの渡り廊下で
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購買へ向かうべく廊下を歩いていると、保健室の先生と顔を合わせた。本日2回目だ。
「あら、相良さん。もう具合は大丈夫そう?」
「はい。大丈夫です」
通行の邪魔にならないよう廊下の端に寄りながら、先生のポケットからこぼれ落ちた飴玉を拾う。のど飴ではなく、普通の飴のようだ。パッケージにはでかでかとブドウが描かれていた。
「あ、それはプレゼントね。人生には癒しが必要だもの」
「……ありがとうございます」
保健室の先生は生徒の健康を維持することが仕事のはずだが、うちの学校の先生は「サンタちゃん先生」と称されるほど、やけにお菓子を配り歩いている、らしい。らしいも何も、今まさにそれを体験したところだが。噂は本当だった。
新学期になって3日目。始業のタイミングで着席していないという、自称進学校にあるまじき行為を堂々としてしまった私は、半ばヤケクソで保健室に向かった。体の具合はどこも悪くなかった。心の具合は散々だというのに。
サンタちゃん先生は私の心の具合を感じ取ったのか、特に理由も訊かずに出席カードを作成してくれた。出席カードは早退・遅刻するときに先生に提出するプリントで、早退・遅刻するきちんとした理由と先生のサインを揃え、教室にいる先生に提出すれば完了だ。
きちんとした理由はいくらでもでっちあげられる一方、難しいのはそこらへんの先生のサイン。簡単にサインをくれる先生が授業中だったり、職員室に気難しい先生しかいなかったり、とにかく運とタイミングが試される。
サンタちゃん先生はあっさりとサインを書いてくれるが、お菓子を配り歩く性質から保健室に姿を現すことが少ない。と、噂では言われていた。去年、腹痛で早退したとき以来、出席カードとは縁もゆかりもない生活を送ってきた私。
「きちんとストレスを溜めないように過ごしてね」
「……はい」
サンタちゃん先生は幼さの残る顔に慈愛の笑みを浮かべ、絵具みたいに「白」色の白衣をはためかせて去って行く。ストレスを溜めないように過ごす。それができたら苦労しないのになぁ……。
もらったばかりの飴、そこに描かれたブドウを真っ二つにしながら開け、口に放り込む。まぎれもなくブドウの味が広がる。
購買の自販機で菓子パンのボタンを押したときにようやく、飴を舐めきるまでは昼飯を食べられないと気づいた。
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5時間目も6時間目も、いつもと同じように時間が流れていく。時間だけは平等で、おおよそ均等に与えられていて、だから私はくよくよ考えるよりも先に動こうって思う。思ってきた、これまでは。
なんて、昼休みに本を読んだからかな、私の考えも若干小説っぽい。
今日は、というか相良さんに対しては、私はいつもの私と違う。私が前向きな言葉をかけられるのは、きっと自分自身にだけで。そう思ったけど、やっぱり彼女に何か言いたくて。何を言えばいいのか、わからなくて。
帰りのショートホームルームが終わると、掃除が始まる。それが終われば、委員会の集まりがある。委員会が、終われば。
私は席を立った。教室の後ろにあるロッカー、そこに本を置きますよ、という感じで歩いて、
「相良さん」
と、通りがかりに彼女に声をかける。返事はない。分厚い英語の辞書を枕に、ぐっすりと寝ているみたい。横顔はしっかりと両腕でガードされているし、本当は目を開けているのかもしれない。
「今度、本貸してね。オススメのやつ」
と、耳元にささやくと、わずかに頭が動いた気がした。
ロッカーに本を置いて、席に戻る。相良さんはまだ、夢の中にいるみたいだった。
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