第10話 隠す本音、奥の奥に
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きちんと並んだ本の背表紙を撫でて、私はため息をついた。今日はどうも気分が落ち込みがちで、図書室にいてもどこか居心地が悪い。
理由ならわかっている、というか、目を逸らしている。
司書さんからの「副委員長」への誘い。それを拒絶した私という人間。
『時間を巻き戻そう』というタイトルの本、そのタイトルをなぞる。時間が巻き戻らないことは知っている。それでも今は、何かにすがりたかった。
「ここにいたんですか」
始業のチャイムと共に、本棚の間から司書さんが顔を出した。当たり前といえば当たり前だ。ここは図書室なんだから。
「昨日はすみませんでした。相良さんは図書室のことをよく知っているし、本にも詳しいですから」
黙ったままの私に、司書さんは優しい声音で話しかけてくる。
「それに、しっかりしていますから。去年は助かりました」
やめてくれ。内心で叫んだ。図書室のことなんて知らない。ただ毎日来てるだけ。本に詳しいわけじゃない。ただ読んでるだけ。しっかりなんてしてない。ただ普通に任せられた仕事をしただけ。
勝手に与えられる記号が、「相良日夏」は「図書室と本のことをよく知っていて、しっかり者」だという称号が、何よりも
二言三言、なにかを話してから司書さんは姿を消した。カウンター席に戻ったのだろう。私には何も聞こえなかった。何も思わなかった。ただひとつだけ、怒りにも恥ずかしさにも似た感情が、私の心の奥底に転がっている。
なぜ私が副委員長をやりたいと思っているのがバレたのか、それだけが。
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1時間目は、現代国語の授業。去年とまったく変わらない中島先生が、定年間際とは思えないキビキビした動きでプリントを配る。漢字の小テストの出題範囲と、空欄のままの日付欄。去年もこうして授業が始まったっけ。
プリントを後ろの人に回す、その動作に、そっと相良さんの席を盗み見る動作を付け加える。机の横には彼女のカバンがきちんとかかっていて、机の上にはシンプルな筆箱が置かれている。登校はしているみたいだけど、肝心の相良さん本体の姿が見当たらない。
もしかして、具合を悪くして保健室なのかな。
そんなことを考えているうちに、黒板には次々と小テストを行う日付が書かれて、私は慌ててプリントに書き写す。12月2日が小テストの最後の日。
高校2年生の12月。その頃には文化祭も、高校2年生としての生活もほとんど終わっていて。受験に向けて、動いてなきゃいけない時期。
中島先生が教科書について説明を始めたとき、教室前方のドアの小窓から相良さんの顔が見えた。同時に、ドアが申し訳なさそうに開け放たれ、中島先生は説明を止める。このときばかりは、私を含めて全員が相良さんの一挙手一投足を見守っていたに違いない。
「すみません、保健室で休んでいました」
しっかりとした声だった。中島先生も同じことを思ったのか、
「もう大丈夫なんですね。さっき小テストについて説明したので、あとで周りの人に教えてもらってください」
と、相良さんから「出席カード」を受け取りながら言った。
「はい」
相良さんの返事で、説明が再開される。私は先生の話を聞いているふりをする。後ろ髪を整えるふりをして、さりげなく後ろの席をうかがう。「司書さんは相良さんに副委員長をやってほしい」、「相良さんは副委員長をやりたくない」。ノートをとっているふりをして、隅に書きこむ。
「こら、小川さん。次はあなたですよ」
「えっ」
気づけば、全員の視線が私に向けられていて。「ふり」がバレると、噛むより間違えるより恥ずかしいのだと、私は高校2年生にして初めて知ったのだった。
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