第9話 約束する、君との半年後
【
あらかじめ用意しておいた画像を、彼女に見せる。
「
と、小川さんが言う。そう、太宰治だ。
「今年の文化祭のテーマというか、コーナーの企画。ちょうど生誕110周年だし、最近いろいろなアニメで有名だから」
「なるほど……たしかに、イケメンになってるよねぇ、最近の太宰治さん」
まじまじと私のスマホの太宰治を見つめながら、小川さんは頷く。
文化祭はクラスでの参加に加え、部活や委員会でも参加を求められる。
加えて、開催されるのは10月の上旬ともあって、3年生はほとんどが部活や委員会の企画に参加しない。つまり、私たち図書委員2年生が企画を考え、実行するのだ。
「どうです? 順調ですか」
噂をすればなんとやら、私に企画の立案を押し付けてきた張本人が現れた。
「司書さん、太宰治知ってますか?」
「知ってますよ。超有名人じゃないですか」
のほほんとした顔に、のんびりとした口調。うちの学校の司書さんは、いかにも青春時代を読書に捧げたと言わんばかりの文学少女っぽい人だ。見た目は。
「さては小川さん、去年の現国の授業は寝てましたね?」
中身は、おちゃめな人というか、結構おしゃべり好きな人だ。
「……さては司書さん、どこでその情報を?」
いやに勘の鋭い人、なのかもしれない。小川さんが正直すぎるだけかもしれない。
司書さんに太宰治を企画にしたいと告げると、あっさりと許可が下りた。まぁ、私は太宰治のことが特別好きなわけではないけど。あれだけめちゃくちゃやらかす人生で、なぜ小説だけはきちんと書けるんだろう、と教科書を読んだとき思った程度。
私たちが帰り支度を済ませ、たわいない話をしながら図書室を出ようとしていたとき、淡々とした調子で司書さんは言った。
「相良さん、副委員長どうですか。やってみませんか」
「……やらないです。企画の案は出しましたけど、それは頼まれたからなんで」
「でも」
小川さんが何か言いかけて、やめた。そのあとに続く言葉はわかる。去年の図書委員会で、積極的に発言する彼女を見ていたら、誰にでもわかる。ちょうど昨日、そんな彼女の姿を見たばかりだし。
「そうですか。わかりました」
司書さんの淡々とした声に背を向け、図書室を出る。後ろをちょこちょことついてくる小川さんが、静かにドアを閉めた音がした。
【
ペットボトルの蓋を閉め、ラベルに書かれた天然水の文字を眺めていた。私の隣から、ため息がひとつ。持ち主は言うまでもない、神田ちゃんだ。
手にちょうど収まるサイズのため息を持ったフリをして、それを隣に座る神田ちゃんに渡す。今日の井戸端会議はオシャレなカフェじゃない。普通の公園。私たち、金欠なんです……。
「……なに。これ」
「吐いた息……」
なにしてんねん、と神田ちゃんが湿度高めの目線で私にツッコむ。
相良さんを副委員長に誘った司書さん。それを断った相良さん。
2人の関係はよくわからない。副委員長をやるとかやらないとか、そこらへんの話も正直よくわからない。わからないことだらけでモヤモヤする。
「あのさ……」
と、言いかけて、口を閉じる。このモヤモヤを晴らすために、私はこうして神田ちゃんに頼っている。でも、正直に全部ぶちまけて話すことは、なんか違う気がした。
「どうした。初日から噛んだか?」
「部活動紹介のときは噛んだよぉ……」
遠くでカラスが鳴いている。徐々に暗くなる、夕方の公園が私は好き。陽の光で見えていたものが見えなくなる。見えなかったものの輪郭が、暗くなるにつれて姿を現す。その入れ替わりの時間が、小さいときから好きだった。
「……好きなものを嫌いになるって、どんなときなんだろう」
私の問いかけに、神田ちゃんは「うーん」と声を漏らした。
今日の相良さんと司書さんの会話からわかる事実はふたつ。
ひとつは、司書さんは相良さんに副委員長をやってほしいということ。これはたぶん、相良さんに今年の文化祭の企画立案を頼むあたりから、間違いないはず。
つぎに、相良さんは副委員長をやりたくないということ。企画を考えることはしても、副委員長という役職はやりたくないみたい。
うーん……。私には副委員長のお誘いがなかったわけだし、司書さんは相良さんが向いてるって思ったのかな。そして、相良さんは「副委員長」を断った、と。
「大丈夫か?
神田ちゃんの声で、私の延々と続く思考の水流は一時ストップ。
「なんとか、してみる」
発した私の声はなんとも頼りがなさそう。神田ちゃんもそれを察したのか、またひとつ、ため息をついた。
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