第8話 君がいない、進まない時間
【前回のお話】
相良日夏と小川真愛は図書委員を希望するが、2枠に対し3人が立候補したことから、じゃんけんによる決め方になる。かねてからじゃんけんに弱い相良は、じゃんけんに強い小川から励ましをもらい、無事図書委員になることができた。
図書委員として「クラス文庫」の本を運ぶ仕事を終えた2人は、クラスの女子で集まり、輪になって昼食を摂る。こっそり相良の隣をキープした小川は、昼食の途中、相良に「放課後、図書室で話そう」とささやかれる。
【
チャイムの音で、5時間目が始まる。
といっても、今日は授業はないけど。新学期の特別編成ってやつ。
午後は、体育館で1年生に向けた部活動紹介がある。それに出る人は出て、それ以外は教室で自習。配られた復習プリント3枚さえ仕上げれば、あとは自由だ。
さくさくとプリントを終わらせ、本を取り出す。
ちらほら見受けられる空席。そこに誰が座っていたのか知らないけど、そのうちのひとつが小川さんの席で、彼女が教室にいないことは確かだった。
彼女が部活に入っていたなんて、知らなかった。
……今頃、体育館で何をしてるんだろう。同じ部活の人と、部活についてプレゼンしているのは間違いない、はず。
本を開く。読む。教室前方に掛けてある時計を見る。本を読む。見る。
ケンカする主人公とヒロイン。雑談に興じるクラスメイトたち。ヒロインにひっぱたかれる主人公。スマホでゲームする男子たち。ヒロインにすがる主人公。絵しりとりを回してくる前の席の人。紙を開いて言葉を失う。……なんだこれ。怪物か……?
ギターを描いて、左隣の人に紙を回す。前の席の人が描いたのは、たぶんヤツメウナギだと見当をつけて……。時計を見る。5時間目が、もうすぐ終わる。
ヒロインは主人公を蹴とばし、次の街へ行く。本を閉じる。なかなかにおもしろかった。満足満足。……放課後、次の巻を借りなきゃ。図書室、今日は開いてるし。
仕事を失った栞を手でもてあそびながら、チャイムが鳴るまでの数分を待つ。これまで過ごしてきたどの時間よりも、長く感じた。
【
「うん、今日は図書室、行くから。じゃあね」
そう言って手を振った。そのまま私の手は図書室の扉を開ける。
入ってすぐ目に飛び込んでくるのは、「新学期に読みたい本」を集めた棚。そして、その奥にはライトノベルの棚の前でたたずむ相良さん。
なんて声をかけようか悩んで、さっき文芸部の子たちと話したことを思い出す。
足音を立てようか、立てまいか。そんな逡巡を追い越すように、いつも通りの足取りで私は彼女の隣に並んだ。
「今年、後夜祭やるんだってよ」
私の足音が聞こえていたのか、相良さんは驚く様子もなく、
「まぁ、去年も同じ噂だったし……」
と、言った。私たちの高校では、文化祭のあとにイベントが何もない。後夜祭もビンゴ大会もない。華の高校生活において、後夜祭がないのです!
「でもでも、今年は期待100パーセントだよ! 生徒会長もいるし!」
「たしかに、後夜祭絶対やりますで当選してるもんなぁ……」
ま、私はどっちでもいいけど、と相良さんは付け足して、ラノベの棚を離れる。そのあとをカルガモの赤ちゃんのようについて行く私。
図書室の奥のほう、本に囲まれた学習スペースに行くと、相良さんの荷物が置いてあった。私たち以外に生徒はいないみたい。昨日の1年生でにぎわっていた様子が嘘のように静かで、やけに広く感じる。
ちょっと重い椅子を引いて、席に座った。
こうやって対面して座ると、どんな話をしても大切な話みたいになりそう。メガネをかけて、顔の前で手を組んだら、なおさら。
私の考えをよそに、相良さんは少しスマホをポチポチしたあと、こう切り出した。
「いきなりだけど、話があって。私を、手伝ってほしいんだ」
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