第6話 決めるのは、君のため
【
イヤホンをポケットにしまうのと、担任が壇上に立つのはほぼ同時だった。
「みなさん、おはようございます」
今日も担任は熱い。いかにも体育教師らしく、スポーツブランドのジャージで上下を固め、姿勢よく壇上に立っている。
「返事はどうしましたか? おはようございます」
「おはようございまーす」
渋々、挨拶を返す私たち8組。挨拶は確かに基本の礼儀だけど、返ってこないからって強制的に言わせるのは違うんじゃないかなぁ……。
クラスにはいい人が多そうだけど、担任はめんどくさそうだ。
彼女はどう思ってるのかな、と後ろ姿を見る。まぁ、しっかり見なくても、常に視界には入ってるんだけど。
私と同じ紺のブレザーに、すっと伸びた背筋。おそらく、真剣な表情で担任の話を聞いているんだろう。机の下でスマホをいじってる私とは違って。
長きにわたる担任の話が終わると、早速新学期の名物行事、委員会決めだ。
私はもちろん、図書委員に立候補するつもりでいる。間違いなく、彼女も。
問題は、去年図書委員だった女の子がひとり、クラスにいること。その子が立候補すれば、私と小川さんとその子で、2枠の図書委員をめぐって熾烈な争いが繰り広げられることになる。
それは、避けたい。私は、じゃんけんに弱いから。
【
「えーっと、じゃあ、どうやって決めようか」
黙ったままの相良さんと
8組の図書委員には、私を含めて3人が立候補した。私、相良さん、水上さんだ。
私たちが教室の隅に集まって、向かい合っている時点で、今後の流れは火を見るよりも明らかに予想がつく。そう、じゃんけん。
自慢じゃないけど、私はじゃんけんに強い。間違いなく、勝てる。だけど、私ひとりが勝って図書委員の座をゲットするのは、違う。相良さんも、一緒がいい。相良さんと一緒なら、図書委員じゃなくてもいいくらい。
「じゃんけんに……します?」
耐えかねて、じゃんけんを提案する。2人は頷く。そろそろと3つのこぶしが真ん中に集まったとき、教室のドアが開いた。
「ちょっと水上さん、来てください」
「はい」
担任に呼ばれて、水上さんが廊下に出て行く。運命のじゃんけんは数分間お預けになって、私と相良さんは教室の隅でぽつり、とり残される。
よし、勇気を出せ、私。過度に期待せず、卑屈にもならず、ただ純粋に、目の前の相良さんと向き合うんだ。
「今日、なんかかわいいね」
どうして、私はナンパ師みたいな言葉しか言えないのだろうか……。いや、かわいいのは事実、まぎれもなく事実。でも、言い方ってものがあるよね、私?
「……そうかな」
相良さんは湿度が高そうな目で、私を見つめてくる。すぐに逸らされる。
数秒間、沈黙。黒板のほうでかつてない激戦が繰り広げられている
その騒ぎのなかでも、相良さんの声は一筋の光のように私に届く。
「じゃんけん、弱いんだよな」
「……そうなんだ、知らなかった」
自虐めいた相良さんのつぶやきに、すぐには対応できなかった。私がじゃんけんに強いのは、必勝法を知っているとか、相手の気持ちを読むのが上手いとか、そういう理由じゃない。ただ単に、ラッキーで勝ってきただけ。
でも、このまま相良さんに何も言わないのは、やだ。
できるだけ、たくさん、相良さんには笑ってほしい。たとえ、1年だけ従事する、委員会決めのじゃんけんだとしても!
「相良さん!」
両手を握って、小さい子に言い聞かせるみたいに、私は相良さんにおまじないをかける。トクベツなおまじない。相良さんのやりたいことが、きちんと叶いますようにって、後押しするような。
「信じて。できるから!」
「……お、おう」
冷めた対応、というか私の奇行にぎょっとした表情の相良さん。恥ずかしいけど、何も言わないより、マシ! 耐えろ、私!
「あの、すみません。呼ばれちゃって」
と、そこに、水上さんが戻ってきた。運命のじゃんけんを、始める。
「じゃ、決めましょうか。最初はグー……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます