第5話 振り返って、中間地点
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「あ、こっちじゃなかった」
図書室が閉まっている今日、私がわざわざ校内に残る理由はない。
適当にプリントをバッグにぶち込んで、誰とも話さず、誰にも話しかけられることなく、私は習慣で1年生の下駄箱にたどり着いていた。
上履きも外履きもない、空っぽの下駄箱を後にする。
うちの学校は2年生にだけ、やたら厳しい構造になっている。1年生にはわかりやすく、3年生には便利にって配慮した結果なんだろうけど。その結果がへんぴな場所にある下駄箱で、交通の便がいい正門とは真逆の位置。まぁ、裏門は裏門なりにいいところあるけどさ。安くて種類が多い自販機とか。裏門の近くに小さな書店あるし。
「相良さん!」
後ろで、誰かが名前を呼んでいる。それが私の名字であることは確かだけど、私とは限らない。だいたい、私は自意識過剰なのだ。ひとまず、無視して下駄箱へ歩みを進める。
「さがっ……」
何やらドタドタと音がして、私はもう振り返らずにはいられなかった。
「何してんの。小川さん」
覚えたての彼女の名前に、変なイントネーションがつかないよう気を配りながら、私は小川さんに手を差し出した。彼女は照れくさそうに笑いながら、
「ちょっと、うっかりしてて……」
と、私の手を握りながら立ち上がる。うっかりしすぎだろ、転んだらケガするし危ないだろ、の気持ちを込めて力強く引っ張り上げた。小川さんはスカートを軽くはらうと、肩にかけたスクールバッグから細長いやつを取り出す。
「これ、体育館に行く途中で拾ったの。相良さんの、だよね」
渡されたのは、ライトノベルのキャラクターが花束を持って笑顔を見せるイラストの栞。私がよく使ってる栞だ。キャンペーンで当たっただけの、別になくしても構わないやつ、なんだけど。
「ありがと。落としてたんだ、気づかなかった」
なんか恥ずかしくて、すぐにブレザーのポケットにしまう。
さぁこれで用は済んだ。さっさと帰ろう、という気持ちとは裏腹に、足がその場から動かない。
「あの……」
彼女と目が合う。こうして対面すると、意外にも彼女は背が高くて細身だった。
【
「このあと、暇ですか! って、なんだよぉ~」
「話し方、完全にナンパ師だよ。ナンパ師」
私と神田ちゃんは、お互いの高校の中間地点にあるカフェにいた。
神田ちゃんは、私と小学校と中学校が同じで、今は地元でいちばんの進学校に通う頭のいい子でもある。
「でもさ、同じクラスなら話しかける機会なんていくらでもあるじゃん?」
「それはそうだけどぉ」
今日の失態の数々だけで既に頭が痛い。最初の浮かれ気分はどこへやら、私の高校2年生はお先真っ暗だ。うう、もう失態をさらせない……。
今日は開かない図書室を後にした私は、無意識に1年生の下駄箱に到着していた。そこから2年生の下駄箱へ移動するところで、相良さんの後ろ姿を発見。無事に呼びとめて、栞を返すに至ったんだけど。
「断られるとは思わないじゃん……」
机に突っ伏し、恨みがましくつぶやく私。そう、栞を返したあと、私は相良さんをお茶という名の放課後デートに誘った。一世一代の賭けだった。嘘、そこまで大事じゃない。むしろ、これからが賭けの連続だし。
「ま、予定あったんじゃね? そんな落ち込むなよ」
進学校のかっこいい制服を着て、髪も短くして、最近ますますスタイリッシュになった神田ちゃんに言われると、そうかもしれないという気がしてくる。
本当はわかっているのだ。自分がショックを受けているのは、お誘いを断った相良さんにじゃなくて、きっと望み通りいくだろうと考えていた自分自身にだって。
相良さんと同じクラスになるなんて考えもしなかったから、私の頭は超ハッピーモード。すべてが思い通りに、望み通りになるような幸福感で、今日の私は私じゃないみたいだ。それで思い通りにいかなくて、勝手に拗ねてるんだから、もう。
「ほんと、明日からどうしよう……」
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