第4話 予想外に、滑って

相良日夏さがらひなつ#4】


 担任が、熱い。


 もし人体が発する熱意を、サーモグラフィみたいに見ることができるなら、担任の心は100℃、いや1000℃を超えて表示されるだろう。


 そんな担任は予想通りというべきか、予想外というべきか、体育を担当する女性教師だった。若そうに見えるが、壇上に立つ姿から初々しさは感じられない。


「一致団結して、高校2年生という最高の瞬間を輝かせていきましょう!」


 ひとり熱意を全方向に噴射する担任とは裏腹に、うちのクラスは静かだ。


 みんな自己紹介は必要最低限しか話さないし、うるさそうな男子こそ数人いるが、ことごとくウケを狙ってスベっている。その勇気は他で使ってくれ。


相良日夏さがらひなつです。去年は2組。よろしくお願いします」


 よし、終わった。席につき、次の人の自己紹介を聞く。


 次、次、次、次、次、次、そのまた次、その次、次くらいで、彼女が立った。


小川真愛おがわまいです。1年間、よろしくお願いします」


 彼女は、名を小川というらしい。1年間、図書委員会で顔を突き合わせてはいたけど、名前を知ったのは今が初めてだった。


 与野さんから始まった自己紹介が、赤坂さんで終わる。これ、素直に番号順にやればいいのに、なんで最初の人と最後の人を無駄にじゃんけんさせるんだろう。


 そんな私の内心なんて知るはずもなく、私たち8組の低すぎるテンションに対して担任が何やらケチをつけ始めた。うーん、これは大変そうだなぁ、クラス委員長。


 まぁ、私は今年も図書委員やるから、別に関係ないけど。


小川真愛おがわまい#4】


 教室で相良さんに話しかける隙がない! 勇気もない!


 私の高校生活2年目、初日からそこそこにハードだ。


 相良さんの自己紹介、シンプルでかっこよかったな。目が合ったらどうしようと思って、後ろを振り向けずにいたけど……。プリントが配られたときも、できるだけ相良さんが見えない右側を経由して回したし、って、あれ? 私、相良さんのお顔を拝めてなくない?


 隙さえあれば相良さんのお顔を拝もうとする、のが、正しい推し方だよね?


 担任の話が終盤に差し掛かる。時刻はお昼目前。


 解放の時である。ホームルーム中の全集中力と引き換えに、私は相良さんに栞を返して、お話して、仲良くなる作戦をプランGまで考えた。我ながら完璧。


「それでは、また明日。起立! 礼!」


「さよ~なら~」


 魂のこもった担任の号令とは裏腹に、とても怠惰な挨拶をする私のクラス。


 用意は既にできている。カバンを肩にかけ、近い前の扉から図書室へ直行!


 走ったり早歩きになったりしないよう、万全の注意を払いながら大股で歩く。職員室の前では丁寧に、すれ違う先生方に挨拶をしながら通って。


「あ、小川さん」


 図書室まであと少しという所で、司書さんに遭遇した。


「今日は、図書室休みですよ」


「……えっ?」


 ここで思い出してほしい。私の高校生活における嬉しかったことトップスリーを。


「午後から入学式なので、2年生と3年生の皆さんは早く下校してくださいってことです」


「あ……」


 そっか、そういえばそうだった……。図書室は普段、朝の8時から夕方の6時まで開いているけれど、特別な時間割のときは早く閉まったり、そもそも開いてなかったりするんだよね……。それを1年生のときに痛感したはずなのに、私はなんで忘れていたんだろう。


 うまく働かない頭で司書さんに挨拶して、わずかな恥ずかしさを抱えて私は下駄箱に向かう。


 今日は何もかもうまくいかないみたい。栞、どうしよう……。

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