第3話 距離感、遠くても
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始業式は始業式という感じだった。
いや、それ以外に特筆すべきことがないのだ。校長も副校長も学年の先生たちも、顔ぶれはほぼ同じ。変わったことといえば、私が属する団体の雰囲気が、にぎやかなものから落ち着いたものになったくらい。
担任は、私たち生徒が教室に戻ってから発表するらしい。
私にとって、高校生活で1番大切なのはクラスの雰囲気だ。次に、担任。その次に教室の場所だったり、委員会だったりがある。
体育館を出て、上履きを履く。余裕ぶって彼女に「行かないの?」と声をかけたくせに、自分はしっかり体育館履きを忘れてしまった。おかげで靴下のまま校長の話を聞くことになった。別に、どうということはないけど。
新しく同じクラスになった子たちの列のなか、私だけが両手を空にして歩いている。見たところ、体育館履き入れを振り回して歩いているのは数人の男子だけ。よしよし、今年の体育祭はゆっくり読書できそうだ。
体育館履き入れを振り回しながら歩く女子は、高確率でバスケ部かバレー部で、なおかつ体育祭と球技大会に
そして梅雨の時期に開催される体育祭のために、わざわざ教室の窓にてるてるぼうずを飾り、晴れを願う厄介なタイプでもある。(私調べ)
教室に戻ると、始業式では姿がなかった彼女が普通に席に座っていた。
始業式にいなかったことを見るに、本当に具合が悪かったのかもしれない。
わざわざ声をかける必要、なかったかな。少し後悔しつつ、でも完全な他人じゃないし声をかけないのも不義理な感じがして、私は本を読むことにした。
今日は大好きなラノベの1巻を用意してきた。何度も読み直してるやつで、読んだら確実におもしろいやつ。表紙には無表情の妹系ヒロインの萌えイラストが描かれているが、私はブックカバーで隠さずに読む。
これぞマイ・ポリシー。隠すと見られたときに「えっ」って言われるけど、最初から見せつけていれば何も言われない。何か言われたとしたら、それは私と同じオタク仲間か、本に興味をもってくれた人の2択になる。
この2択は、私にとって得でしかない。たぶん。
まぁ、ラノベを読んでる私に話しかけてくれた人は、これまでにひとりもいないんだけど。いや、話しかけられて変に仲間意識もたれても困るけど。
数ページ読んでから、何気ないふりをよそおって前の席の彼女を一瞥する。
気づくわけ、ないか。
そう思った瞬間、自分が彼女に浅はかな期待を寄せていると気づく。
うん、早く帰りたい。
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体育館の入り口にいた先生に事情を話すと、始業式は簡単にサボることができた。さすがにホームルームは出なさいと諭されて、私は教室に戻ってきた、のだけれど。
この人、始業式にはいなかったよね? みたいな視線を感じる……。
ここで堂々とスマホを取り出して、誰かにポチポチする勇気もあてもない私は、弁明の余地を得るために前の席の人に話しかけてみる。
ブレザーに覆われた背中を、軽く指でつんつん。
うう、気づかれない……。姿勢からして寝てはいないはずだけど、反応がない。
諦めて、後ろの席の人と意思の疎通を試みる。
思い切って振り返ると、後ろの席の人よりも、相良さんが目に飛び込んできて。
あ、相良さんが読んでる本、私も好きなやつだ、って思って。
できるだけ無表情を意識して、私は体と顔を前に戻す。
後ろの席の人には、不審に思われたかな。いやいや、それより。
めっちゃ、相良さんと本の話、したい……!
あ、栞、返さなきゃ。ポケットの中の栞、その存在に気づく。
返すってことは、つまり。
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