第2話 三秒以上、見つめて

相良日夏さがらひなつ#2】


 思わず声をかけてしまったのは、教室に残っていたのが彼女だったからじゃない。


 私は誰にでも優しい人間のはずだから。


 彼女は驚いたように、というか「驚いている」という言葉以外では表現できない表情をして、私を見つめていた。そりゃ、驚くよな。名前も知らない人に声かけられたら。いや、そう考えるのは読書オタクでぼっちな私だからか?


「始業式、始まるから。具合悪いとか?」


 気まずい空気に耐え切れず、矢継ぎ早に付け足す。別に他意はないんだ、ってことを伝えたくて。


 私の言葉に、再度あっけにとられたような表情をしてから、彼女はひきつった笑みを浮かべ、


「あ、はは、うっかりしてた……」


 と、言う。なんだよ、うっかりしてたって。内心では余裕のあるツッコミができるものの、この空気感に私のHPはゼロになる寸前。


「そっか。じゃ」


 言い捨てて、早歩きで体育館に向かう。初めて対面して見た、彼女の顔が脳裏に焼き付いたみたいだ。最近ドラマの主役に抜てきされた、若い女優さんに似ていた。


 新しい上履きで進む体育館までの廊下は、いやに歩きにくく感じた。


小川真愛おがわまい#2】


 相良さんを追いかけようとして、立ち止まる。


 いや待って? 私の言語能力、どこに行ったの??


 なに、「うっかりしてた」って。言葉のキャッチボール、できてないじゃん!


「ああもう……」


 体育館までの廊下を、ゆっくり歩く。お腹が痛いことにして、始業式はサボろう。実際、胃がキリキリし始めてきたし。私の胃は、私の表情と同じくらいよく動くのだ。


 今となっては、相良さんと同じクラスになれた喜びよりも、同じクラスだから失態を犯せないプレッシャーのほうが大きく感じる。現代国語で文章を読むときに噛んだり、数学で当てられて問題を解くときに間違えたり……私は、そういう失態の常習犯である。


 おまけに体育も苦手だし、美術も……あれ? 私の最高の1年間って、もしかして最悪と隣り合わせ?


「はぁ……」


 トイレに入り、ひとりため息。去年新しくなったトイレは、広いし明るいしキレイだ。……私は休み時間のたびに、ここに避難するのかな。お昼ごはんとか、ここで食べるのかなぁ。


 時間を見るためにスマートフォンを確認すると、同じクラスだった友達から何件かメッセージが来ていた。始業式にいない私のことを、心配してくれたみたい。


「大丈夫、ちょっとお腹が痛くなっちゃって……、と」


 返信して、トイレから出る。そろそろ先生を捕まえて事情を話さないと、私は始業式の最中に消えた伝説の生徒になってしまう。うちの学年はただでさえ「二つ名」をもった人が多いというのに、私まで加えられたらたまらない。


 体育館に向かう廊下を、再び歩く。もうすぐ体育館に差し掛かるといったところで、七夕の短冊みたいなものが1枚、落ちているのを見つけた。


 ライトノベルのキャラクターが、花束を持って微笑むイラスト。裏には、私もよく読む文庫の名前と、キャンペーンの名前。


「これって……」


 相良さんがよく使っている栞……じゃない?

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