知りたくなるのは君のせい

空間なぎ

高校2年生 4月

第1話 春、同じクラスになる

相良日夏さがらひなつ#1】


 4月8日。始業式。


 私は、2年8組の教室に向かっていた。


 今日から始まる高校2年生の生活の1歩目、クラス替え。


 どんなクラスだろう。イベントに積極的なクラスより、静かで落ち着いたクラスが私の好みだ。……つまりは、1年生のときと真逆のクラスでありますように。


 校舎の2階、端の端にある8組の教室。前のドアから入る勇気なんて、私にはない。静かに、後ろのドアから足を踏み入れる。


 静かだ! たぶん静かそうだ!!


 席は半分ほど埋まっていた。そのほとんどが本を読むなり、スマホをいじるなり、静かに過ごしている。これはなかなかにいいんじゃない? ぼっちに優しいんじゃない?


 黒板に書かれた座席表、それをよく見ようと黒板にできるだけ近づこうとして、私の目は彼女の後ろ姿を捉えた。


 うそ。同じクラス?


 彼女が座るのは前から2列目の席。それより先に進まないように、見つからないように、私は教室の後方から黒板に目を凝らす。くそ、見えねぇ。あと1歩。


 もう、1歩。黒板に近づく。やっと焦点が定まる。


 17番は一番後ろね、オッケー。安心して回れ右した瞬間、彼女と目が合う。


 彼女のこげ茶の目が見開かれる、ように錯覚した。彼女の目の色なんざ知らん。


 目を見開いてもないはずだ、私は彼女に認知される存在じゃない。


 内心で焦りを押し殺しながら、私は席に着いた。そのまま鞄を横に掛け、机に突っ伏す。ああもう、どうなってんだよ。どうにでもなれ。


小川真愛おがわまい#1】


 彼女と目が合った瞬間、私のすべての数値がもれなく上がった音がした。


 今週の運勢ランキング第1位!(私調べ)


 人生における嬉しかった瞬間トップテン!(私調べ)


 テンション最高潮!(私調べ)


 ……いや、さすがに言いすぎたかも。うーん、「高校生活における嬉しかったことトップスリー」には入るかな。ちなみにひとつは「体育祭でも図書室が開いていた」ことで、もうひとつは空欄。高校生活残りの2年間で埋まることでしょう、たぶん。


 たったひとりの人と同じクラスになるだけで、ここまで1年間が楽しみになるなんて。彼女と……相良さんと過ごすテスト、遠足、体育祭、文化祭……もはや、何もイベントがない日常すらイベントになる気さえする。


 相良さんは、1年生のときの図書委員会で知り合った子だ。


 でも、話したことはない。3秒以上目が合ったこともない。


 私は相良さんの性格とか、個人情報とか、そういうのはさっぱりわからないけど。


 私と同じように、読書が大好きなことだけはよく知っている。


 今までの私にはそれだけがすべてで、相良さんが日々誰と何をして過ごしていようが関係なくて。ただ図書室という同じ空間で、同じ空気を吸えていれば幸せ、なはずだったんだけど。それが「推す」ってことだと思ってたんだけど。


 どうしようもなく、後ろを振り返りたくてたまらないっ……!


 相良さんは「さ」だから、たぶん10番から20番の間のはず。さっき目が合ってから後ろの方へ歩いて行ってたし、間違いなく後ろの席だよね。くっ……授業を受ける相良さんを目に収めることはできないというのかっ……!


 落ちつけ私、まだこれからじゃないか。席替えは確実にあるし、クラスが別ならともかく、同じクラスなら存分に接触する機会はある。私はしっかり、推しと同じ空気を吸って生きているという現実を噛みしめながら―――


「ねぇ、もうみんな行ってるよ」


「え?」


 気づけば私の周りには誰もいない。がらんとした教室。怒ってるとも呆れてるともとれるような無表情で、教室前方のドアから顔をのぞかせる相良さん。


「あ……あれ?」


 私、初日から推しに認知されてない? 声かけられた……ってコト?

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