第2話
「まるでヨーロッパのようだ」
しかし掛けられているお金を考えるとこちらの方が良いもののように感じる。
広々とした空間、磨かれた大理石、細かく取り付けられた装飾には光を反射させ室内を明るくするためか
祭壇のようなその部屋から開け放たれたドアを抜けると透明度の高いガラスがステンドグラスのように張り合わせられていた。
その部屋から廊下に出て外を見ようと窓に近づく。
「今は夕方か」
周りをよく見ると何やら外で人が賑わっている。
「パーティか?」
たしか
王侯貴族の生活を平民に見せ、より一層の努力と献身を誓わせるための通過儀礼だったはず。
あの神、よりにもよって物語の途中から投げ込みやがった。
始まる前ならまだなんとかなるだろうに、ミモザとアカシアが出逢うまで時間がない。
廊下を走る。
「――そこの!」
いかにも見回りをしていますというような装いの軽い甲冑を身につけた兵士に声をかける。
「ちょうどよかった、会場はどこですか」
普段は招かれない
そう思って、話しかけるも何かがおかしい。
視線が、合わない。
「――あの、」
「おーいフレット、また祭壇の見回りか?」
「ああ、こんな特別な日はまた神が降りてくるんじゃないかと思ってね」
「ハハ、そんな神官ももういないのに降りてくるわけないだろ」
「それもそうだな」
まるで
存在に気づいてもらおうと手を伸ばすもその手はそのまま空をきる。
「さわ、れない?」
落ち着け、動揺するな。
非現実に動揺しそうになる心を制止する。
『キミは死んでいない、そして生きてもいない』
神の言葉を信じるのなら、俺は今幽霊のような状態かもしれない。
むしろ、今気づいてよかったじゃないか。
兵から背を向けて廊下を伝い階段を下る。
これで、登場人物に干渉できないという可能性への心構えはできた。
しかし神と名乗る存在に送り込まれたのだから主人公であるミモザになら俺に気づくかもしれない。
「サカキ殿下、アカシア嬢との婚約おめでとうございます」
どうやらこの建物も会場の一部のようだ。
サカキ殿下と呼ばれた青年を見つめる。
婚約者であるアカシアはサカキの想いに気づき、より威烈にミモザたちを追い詰めることになる。
最後はミモザへの恋を諦め、新たなコーヨウ王国の国王として君臨する――だったか。
あまり関わりたくない人間だが……
肩に触れようと近づく。
「これはこれは殿下、お久しゅうございます」
「クローバー卿!」
サカキは子供のように駆け出したことによって手は空振る。
「いつこちらにいらしたんですか?」
「平民の子らの護衛で先日参りました」
「クローバー卿が護衛とは敵も運がない」
「ハハこの老いぼれにも使い道があるというもの
ところで殿下、遠路はるばる来た者への労いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
のちにアカシアの手足となり、とある町で虐殺を指揮する復讐のクローバー卿。
ミモザを王太子に出逢うきっかけを作った人間でもあり王太子の剣の指南役だったとも書かれていた。
間近で二人を注視するもこちらに気づくことはない。 ……こいつらもダメか。
でもこの会話からして招待された者たち、主人公であるミモザに接触できるだろう。
談笑しながら歩く二人のあとをついていく。
「こんにちは殿下、本日はお招きいただきありがとうございます」
一人の少女が代表として挨拶をする。
たしかミモザを含めて八人、いたはずだがこの場には七人しかいない。
「アンネ、ミモザは?」
「あら、先ほどまでいたのですが…どこに行ってしまったのでしょうね?」
嘘だ。 視線を王太子から動かさないアンネを見てその恐ろしさに身震いする。
小説では故意にミモザを人前に出れない格好にして会場とは別の、花の迷宮のある庭園に案内する。
そして、悪役令嬢と女主人公は出逢う。
「(“大きな星を追い、気付けば花の迷宮”……だったか)」
詩的すぎて訳がわからない。
でも庭園の灯りが星形だ。大きな星、となったら噴水の上に浮いている一等大きな街灯が“大きな星”
夜会とも描写されていたパーティだから時間的に今だ。
小説には描写されていない表情や空気感はわからない。
わからなければ悪役令嬢の破滅、“物語の終点”に辿り着けない!
大きな星を目指して走る。
花の迷宮に入られたら部外者である俺は
先ほど壁に触れれたところを見ると道具であれば触れる。ミモザがわかればなんとかなる。
金糸の髪が木の葉の間で揺らめいた。
「(たしかにこれは、王子でも惚れる)」
まるで原石のように洗練されていないにもかかわらずその美しさがわかる。
── 彼女がミモザだ。
『この傾国の売女め、その美しさで幾人の男を狂わせば気がすむのか』
作中、アカシアがミモザに語った言葉を思い出す。たしかに、と思ってしまった。
それほど、魅せられる容姿だ。
「誰…?」
ミモザが俺を見ている。
この世界にきてやっと、俺を知覚できる人間に逢えた。
思ったよりも心が弱っていたようだ、この世界で話せる人が現れたことに涙腺が緩みそうになった。
「足音がしたから誰かきたと思ったけど、誰もいない?
やっぱりお貴族さまのお屋敷にはユーレイがいるっていう噂は本当だったの…?」
怯え小さな子供のようにボロボロと泣くミモザは暗がりでもわかるほど濃い汚れのついたドレスで逃げるように駆け出す。
「ま、待ってくれミモザ…!」
声も届かない相手に語りかけても意味がないのに、叫ぶように主人公の名前を呼んでしまう。
「なんだこの蔦!」
ミモザの後を追わせないかのように蔦が妨害してくる。
これが作中で花の迷宮の一層目、侵入者を拒む蔦の回廊か!
ここでミモザを見失ったら俺はここから出ることはできないだろう。
抵抗はあるし触れようと思えば触れるが、意識してこの世界の人間と同じように蔦を、通過する。
これは夢だ。夢だから大丈夫だ。夢ならいつか終わる。
だから大丈夫だ、人間からブレた感覚でも夢が醒めればきっと──
花の香りが鼻をくすぐる。
視界が明るくなり足を止めればいつのまにか蔦の道は終わり花が盛りを迎える、まさしく花園と呼ぶにふさわしい風景が広がっていた。
「ぬ、けた?」
なぜ抜けれたのかはわからない。
しかし今はミモザに追いつかなければ、ここから出れなくなってしまうかもしれない。
「あら、ここは普通の人は入れないはずなのですが」
パチリと手に持っていた扇を閉じ、その人は前を見ず走り花壇に突っ込もうとするミモザの手を取るとワルツのように踊る。
「落ち着いたかしらお嬢さん?」
星灯りに照らされた赤はまるで宝石の如く煌めいており燃えるような赤い瞳はミモザに注がれている。
―― おかしい、二人は出逢った時から険悪だったと小説に書いてあった。
「それから――」
視線がこちらに向けられる。
「不思議な装いの貴方も、大丈夫ですか?」
視線があった。
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