正義-Ⅲ
沈みかけた夕日。その反対側から夜が顔を
過去を改ざんする能力と引き換えに、心臓を代償としたキング。尽き果てようとしている命の傍らに、ヨシュアがどさりと落ちてきた。
ヨシュアの瞳から一筋の涙が、伝い落ちる。悔しさに歯を食いしばっていた兄の顔。
「アンナ……ごめん。アンナ……」
どうにか身を起こし、ヨシュアに
――生きて。兄さんは、無価値なんかじゃない。
そんな兄弟をよそに、偶像は酷く上機嫌だった。この時を待っていたとばかりに、立ち尽くすアンナを見据える。
「アァ、楽しイ。つくづく愚かナ兄弟ダ。一卵性双生児ガ何を意味するか知らずニ、まんまと改ざん能力ヲ発動させタ。ヨシュアはキングなのダ。そして私ハ、ヨシュアに能力を全譲渡してイル。美しい……ハハッ、実ニくだらない兄弟愛ダ。同じ遺伝子ダカラ、共に時空ヲ渡り戻ってキタ。私ニ祝福をもたらす為ニナ!」
目の前で起きた惨劇に、叫び声を上げていたアンナが我に返った。視界を取り戻した、
「貴方が何者なのか、ずっと知ってたわ。生存本能しかない、獣以下の存在よ。兄さんを取り込んで利用した。キングを追い詰め続けた!」
「好きニ言うが良イ。私の器ヨ。受胎をしたのハお前の意志だロウ? ここに戻ると選択をしたノモお前ダ。状況ハ最大限に利用スル。それの何が悪イ。ヨシュアを真っ二つにしたノハ、暴走したキングという事ニしておいタ。憐れな兄ハ、見事に騙されていたゾ。ヒ……ヒ」
黒煙で形作られた顔が、心底嬉しそうに歪む。ヨシュアの下半身を
「この時ヲ、ずっと待ってイタ。二百年! エヴァを作るノニ、二百年かかった!
アンナは偶像を
「絶対に渡したりしないわ、偶像。貴方の思い通りになんてさせない」
痩せた足が、縁に乗り上げる。アンナの直ぐ後ろでは、摩天楼が輝いていた。
「飛び降りなんて出来ないゾ。私ヲ誰だと思ってイル」
その
「
キングが振り絞った能力により、失った下半身を取り戻したヨシュアが、偶像にナイフを突き立てていた。
◆
「アァ?」
目を細めた偶像は振り返ると、自らが錬金したナイフを振り払った。偶像が作った武器は、死神に傷をつける事が出来る。それは、この
しかし、ナイフで一突きした程度だ。かすり傷にすらならない。カラカラと音を立て、アスファルトに落ちたナイフを
「出来損ナイは、そこで大人しく指デモくわえテロ。お前ニハ、これっぽっちの価値もナイ。惨めニ死を待テ」
それでもヨシュアは、偶像から目を逸らさなかった。
「偶像、貴様の存在にも価値はない。人間を見下し、何が新しい生命体だ。笑わせるな。私は、ヨシュア・キンドリーだ!」
ヨシュアの言葉に、偶像が暗闇を見た。空はすっかりその色を、夜に変えている。
「何ヲ言ってるンダ、出来損ナイ。気でも触れたカ」
「貴様が一番、嫌がる事をしたまでだ。
ヨシュアの胸に、ぽっかりと穴が空いていた。ニヤリと笑った口から、一筋の血が流れ落ちる。
瞬間、死んだかに思えたキングの身体が大きく反り返った。命が再びその
跳ね起きたキングとは対照的に、ヨシュアが崩れ落ちていった。大の字になって、夜空を見上げている。ヨシュアは、笑っていた。
「私の心臓は、弟の中で生き続ける。お前の事はキングが倒す。アンナは渡さない」
「「兄さん!」」
キングとアンナの叫び声が重なった。薄れゆく意識の中、ヨシュアは満たされていた。
――僕にも価値はあった。キング……アンナ、アンナ……幸せになって。
ヨシュアには自己犠牲の精神があった。その事を見抜けなかった偶像が、如実に焦りを見せだした。大きく膨らんだ顔を伸ばし、一息にアンナを飲み込もうと口を開く。
……!
偶像は、激痛に動きを止めるしかなかった。長く伸びたキングの犬歯が、偶像の身体を喰いちぎっている。
それは、キングに訪れた本当の覚醒であった。
特徴的な右目が赤く染まり、刻印が刻まれている。白い髪は逆立ち、背中からは薄い刃のような羽根が何枚も生えていた。
四つ足の姿勢を取ったキングの口から、
「偶像! 貴様をここで封じ込める!」
長く伸びた鋭い爪が、偶像を
「兄さん……ありがとう。絶対に死なせたりしない」
黒煙をDNAの
「お荷物ヲ抱えて戦う気カ。人間ハ心底くだらナイ。貴様から先ニ喰ってヤル。身体をヨコセ!」
凄まじい速さでキングに突っ込んできた偶像。尖った爪で身を
もつれ合い、転げ回って、互いの急所を喰らう。
四つ足で素早く避けたキングが、狼のように走り回りまわった。逃げに徹し、ヨシュアを守るべく、自身の
予測不可能な動きは、偶像を混乱させた。アンナに意識を向けている余裕がない。
唸り声を上げたキングが、空を爪で切る。
しかし偶像は、あくまで能力を全譲渡しただけの、
確実にダメージを与えられる方法は限られている。覚醒したキングは、偶像のDNAを実体として攻撃する事が出来た。
こうなると、喰らい合うしか道はない。ヨシュアを体内に収めたキングは、真っ赤な両翼の刃をうねらせている。
分が悪いと悟った偶像は、狙いをアンナに定めた。器を乗っ取って、この場は撤退する。生存本能だけの死神が急速に身体を
偶像とキングの死闘をじっと見守っていたアンナは、大きく開けられた口を
高層ビルの高さは、優に200メートルを越えていた。
その瞬間、雨のような物が降ってきて、偶像が急に苦しみだした。黒煙が、小石の集合体を思わせる実体となってゆく。
「よくも、こんなもんに閉じ込めてくれたな! 死神ってのは、人間のDNAに弱いんだろ?」
そこには開いたパラソルをくるくると回す、プルトの姿があった。と同時に、彼の周波数を通してレイラの声が響き渡った。
(一緒に戦うわよ、キング。アンタ、
◆
ソビエトでアーキテクトの降臨があって、
レイラは、民兵を招集すべく南米へ。
フランツとエマは、ばら撒かれた
電流が走ったように身を硬直させた彼女らは、同時に歩みを止めた。引き返して、互いの顔を見つめ合う。最初に口を開いたのは、フランツだった。
「……今日は、何日だ?」
全員が同じ事を思っていたのだろう。エマがテーブルに広がった手帳を拾い上げた。
「5月6日です。Xデーは、5月16日でしたよね。ヨシュアがメキシコとの国境に現れて、父親の大統領出馬演説をした」
「私はヨシュアを殺そうと、カインに黙って一人でヘリに乗ってしまったの。そのせいで、セツコが犠牲になってしまった」
「エマ。私は、君の告白を覚えている。ヨシュア君から受け取った、留守番電話の事も」
束の間、何が起きたのか分からない沈黙が流れたが、直ぐに答えは出た。フランツが、壁にあった地図のポーランドを指差し、確信する。
「キングが、過去を改ざんしたんだ。覚えているかい、エマ。彼は最後に、
「はい。よく覚えています。坊ちゃんは、本当に記憶を奪わなかったのですね」
突然、二人の会話を聞いていたレイラが、顔を上げた。しきりに目を動かしては、何かを見ている。
さりげなく、身重の彼女を気遣ったエマが、ソファーに座らせた。その間もレイラは、何かをずっと見ていた。
一時間は続いただろうか。ようやく目を閉じたレイラが
エマから白湯を渡されたレイラが、二人を見た。
「アンナとジョージを救出した時に、キングと視覚の共有をしてたの。ヨシュアの過去を見たわ」
レイラは、ヨシュアの過去を話して聞かせた。偶像に取り込まれてしまうまでの、余りにも悲しい生い立ちを。
フランツは沈痛な
白湯を一口飲んだレイラが、話を続ける。
「偶像とキングは、研究所があった場所で戦ってるわ。ヨシュア達が住んでた高層ビルの屋上よ。でも、キングは力を発揮出来てない。アンナがいるの。偶像が……彼女を乗っ取ろうとしてる」
青ざめたフランツが携帯電話を手に取った。亡くなったオリヴァーから、無理矢理州知事にさせられたのは、州警察の署長だった男だ。彼は
「直ぐに、州兵を招集させよう。彼なら信頼出来る」
電話しかけたフランツの手を、やんわりとエマが制止した。
「相手は死神です。まずはプルトさまが応援に向かうべきかと。
それだ、と言いたげなレイラが、飲み干したコップを置いた。
「全く分からないのよ。そもそもこんな事態、誰も想定していなかったじゃない」
瞬間、部屋に異変が起きた。ぼんやりとした、モザイクフレームが
レイラ達の前に姿を
Xデーまでの記憶を持つ全員が、死神の姿に驚きを隠しきれず
「えっ……アンタ、死んだんじゃないの?」
「死んださ。今の俺は死神だ。何があったかは後で話す。レイラは俺と一緒に来てくれ。
眼鏡のマシューが、フランツの元に走って行った。
「お願いです、力を貸してくれませんか? 僕も覚えてます。キングと喧嘩して、和解した事。僕は、友達を救いたいんです」
力強く頷いたフランツに、マシューが安堵の涙を浮かべていた。死神はそんなマシューの肩を抱くと、真剣な表情で訴えた。
「マシューに、能力を一部譲渡しました。フランツさん、後はお願いします」
「分かった。しかし、君の能力は一体……どのような物なんだい?」
「人間に触れるって事と『
◆
研究所がある高層ビルにほど近いダイナーの裏手に、レイラ達は移動してきていた。合流したセツコがやれやれと、
彼女とカインも、同時期に記憶の
「しっかし、甥っ子とこんな形で再会するたぁねえ……」
死神として殺され、死神界から速攻でリスポーンされたジョージを、半ば呆れ顔で見やる。
「文句があるなら、エンマに言ってくれよ。俺だって訳が分からないんだ」
キングの視界に集中していたレイラが、二人を
カインは泣き出しそうな顔で、レイラを見つめている。彼には、落下してゆくヘリコプターの悪夢が、鮮明にこびりついていた。
「無駄口を叩いてる暇があったら仕事しなさいよ、ジョージ。アンナの救出を頼むわ。セツコには、もう一回、病院へ戻って欲しいの。申し訳ないんだけど」
そう言ってる間にも、セツコが時空の切れ間を描いた。Xデーの惨劇を誰もが覚えているから、口にせずとも何が必要か手に取るように分かる。
「病院に残ってる人間のDNA液だろ。ありったけ、持ってくるさ」
「俺は、ジョージと一緒に行く」
唐突に口を開いたカインに、全員の視線が集中した。金色の瞳は真剣そのものだ。
「レイラ、お前に言ってなかった事がある。俺が拘束されていた間の話だ。ヨシュアのヤツ、二人になると泣いてたんだ『僕から離れていかないで』って」
お互いの手が自然と伸びて、二人はようやく
「ヨシュアも救いたいのね。分かったわ。でも、Xデーの私みたいな無茶はしないで。お腹の子は私達の希望よ。その……愛してる、カイン」
「ああ、絶対に生きて帰る」
笑顔で二人を見ていたセツコが、快活な声で合図を送った。
「さあ、皆の底力を見せつけてやろうじゃないか! 偶像に突きつけてやる『人間を馬鹿にするな』って」
レイラは、後方支援に。
セツコは病院へ。
そしてジョージとカインは、研究所へと向かっていった。
◆
(キング! DNAは効いてる?)
レイラの問いかけに、キングは目頭が熱くなっていた。
人間には触れられないプルトの代わりに、死神のジョージが落下寸前だったアンナを抱きかかえている。
「ああ、効いてる! ありがとう!」
――ありがとう。本当に皆、ありがとう。
内側から鼓動がする。何とか命を繋いでいるヨシュアもまた、泣いているのだ。キングには痛いほど、それが伝わってきていた。
「チィ……人間風情ガ偉そうニ」
囲まれた偶像は、驚くべきスピードで聖杯を増やすと、血の雨をお見舞いした。邪悪な死神のやり口を知り尽くしているジョージが、聖杯を見た時点で姿を消した。アンナをレイラの元へと、送り届ける。
プルトは、
「くっそ! 何だ、コイツ!?」
キングは素早く回り込むと、背後から偶像の身体を喰いちぎった。「ギャッ」身体をもがれた偶像が悲鳴を上げる。黒い塊を飲み込んだキングが叫んだ。
「コイツに、死神の武器は通用しない! 血に注意しろ、プルト! 死神でも身体を焼かれるぞ」
戻ってきたジョージと手を合わせたプルトは、口の端から炎をたぎらせると、
寸前まで偶像を押さえつけていたキングが、攻撃すれすれを避けていく。膨大な質量を喰らった偶像から、もうもうと水蒸気が立ち上った。
凄まじい絶叫と共に、偶像は消滅したかに思えた。
どれだけ
水蒸気の切れ間から、
怯んだプルトに、口をすぼめた偶像が、血を
カインは、研究所にまだ偶像の武器が残されているのを知っていた。
特に、
背中に生えた薄い刃は、偶像の身体を回り込んで深々と突き刺さっていた。諸悪の根源から、
身動きを封じた偶像の身体を、キングは容赦なく喰らっていった。
その光景は、プルトと死神となったジョージですら
噴き上がる血で、キングの身体は焼かれていた。
治癒に割いている時間がない。赤い刃を抜き去ったキングは、自らの身体にそれを巻き付けると、なおも偶像を喰らい続けた。
ついに、偶像を喰い尽くした時、屋上にはなんとも言えない沈黙が漂った。
それまで四つ足だったキングが、急に力を失ってへたりこんだ。犬歯から血を
根源的な恐怖で、ジョージに抱きついていたプルトが小声で呟いた。
「……これで、終わったんだよね。キング、死んでないよね?」
その
◆
「ウガァアアア……ギィヤアアアア!!!」
ビルの屋上から
「キング! 兄さん!」
下にいるレイラ達にも、突如として
(視覚が
屋上は、レイラの問いかけに答える
プルトの
……!
痛みを感じている余裕もない。飛び上がったプルトとジョージは、再び刀にエネルギーを載せて、今度は縦から真っ二つに巨大化した異形を切り裂いた。
しかし切られた身体は、液体化すると直ぐにくっついてしまった。ダメージを受けているようには、到底思えない。
最早、生き物と呼んで良いかも分からない黒い物体から、キングとヨシュアの声が聞こえてくる。
「「首を
「ふざけるな! そんな事、出来る訳ないだろう!」
巨大な漆黒は、そのまま二人の意識を飲み込んでしまったかのように思えた。ズズッ……ズズッ……と歩みを進める度に、ビルが
――一時撤退か。せめて人間のカインだけでも、避難をさせないと。
ジョージとプルトが焦りを見せた時、時空の切れ間が
「遅くなった! 人間のDNAだよ!」
ヨシュアがルルワの
巨大な漆黒が、アンナが避難しているダイナー裏手を見た。彼女を目指し、再びズズッ……と歩みを始める。地獄の底から手招きするような、声が響いた。
「アンナ……アンナァアアアア」
ついにビルが崩壊を始めた。窓ガラスが
民衆は、州兵によって既に安全な場所に避難していた。フランツの手配がどうにか間に合ったのだ。
最後の一人を避難させた戦闘車両が、足早に走り去って行く。
歩みを止めない、巨大な漆黒に回り込んだカインが、チェーンを素早く巻き込んだ。残ったチェーンを腰に巻き、重心を低く取る。
人間に耐えられる重量ではない。
「プルト早く! DNAを入れてくれ!」
「だって……こんな化け物相手に、どうやって入れるんだよ!」
あたふたするプルトに、レイラから通信が入った。
(落ち着いて。ジョージの武器を使うの。セツコと一緒ならやれるわ!)
振り返ると、溶液に放水ホースを取り付けたセツコが
震えていたプルトは、ジョージの武器を手に取ると、覚悟を決めて構えた。口の端から炎をたぎらせ、瞳を燃やす。
「ボクは、人間が好きなんだ! 偶像! お前なんかに奪われてたまるか!」
「「
「これが人間界の総意だよ、くらえ!」
1トンの溶液。人間のDNAが、巨大な漆黒――偶像に放出される。
みるみるうちに石化の始まった物体は、叫びとも呼べない不快な音を立てて、歩みを止めた。
完全に崩壊を始めたビルは、研究所を破壊し、石化した漆黒ごと巻き込んでいった。
忌まわしき始まりの場所が、音を立て崩れ落ちてゆく。
研究所の象徴だった、建屋を貫く大木や奇妙な花々も、
カインを抱きかかえたジョージとプルトで、街への被害を最小限に食い留めるべく手をかざす。ビルの崩壊を目の当たりにしたアンナ達には、その光景がまるで奇跡のように映った。
割れ落ちたガラスや鉄骨が、ゆっくりと重量などないかのように、降り注ぐ。そうして、見る間に形を砂へと変えていった。
全てが終わった時、ちょっとした砂丘と化したビル跡地に、キングとヨシュアを飲みこんだままの巨大な石だけが残った。
◆
アンナ
死神のジョージ
レイラ
カイン
プルト
セツコ
巨大な石の周りに集まった面々が、中にいる二人の様子を
「……死んだなら、能力の回収が出来ないとおかしいんだ」
思わず口ごもるジョージに、プルトが同調して
ふと、背後に気配を感じて一斉に振り向いた。
そこには、フランツの身体を借りたアーキテクトが
何より、穏やかだが平坦な口調が、アーキテクトそのものだった。
「この男を再び借りて済まない。偶像は、人間によって封じ込められた。この死神の寿命は後、20年だ。寿命が尽きた時、死神が回収をしに訪れる」
――20年。皆が言葉を失う中、アンナが一人、アーキテクトに歩み寄った。
「キングと兄さんは、生きてるの?」
アンナを見て、紳士的な笑みを向けたアーキテクトが、後ろ手を組んだ。ずうっと遠い所を見ているような目で答える。
「生きている。しかし、偶像をこのまま封印するには、二人の力が必要だ」
その言葉に、堪らず感情的になったレイラが詰め寄った。
「ちょっと! 死神界は無責任すぎるんじゃない? 私達が助けたかったのは、あの二人よ!」
「無責任。確かにその通りかもしれない。しかし、偶像を取り込んだキングの首を
「お前は、エンマか?
アーキテクトは、ゆっくりと視線をジョージに移すと、参ったとばかりに首を振った。
「流石は元人間だ。鋭い所を突いてくる。我々死神界も、
アーキテクトが明けの明星を指差す。そこには、無数の死神が空を舞っていた。
「皆が少しずつ、偶像の犯した罪を背負いたいと言っている。偶像はこれから108に分割され、彼らに取り込まれる。20年の寿命は我々が引き受けよう」
調停者の宣言を皮切りに、人間界では
キングが、
太陽が通りの果てから昇って来る。
朝が、来たのだ。
◆
駆け寄ったアンナに抱きしめられたキングは、涙を零してその肩に頭を預けた。腕の中にいるヨシュアは、まるっきり生まれたての赤ん坊だった。小さな手が握っては開くを繰り返している。
「兄さんが、ここからやり直したいって」
ブルネットの赤子は、その生命いっぱいに、愛を求めて泣いていた。スカートを切り裂いたアンナが、小さい身体を包んでそっと抱き寄せる。
アンナの頬を、ただひたすらに涙が伝っていった。
「名前は、ヨシュアが良いって言ってた。アンナが呼んでくれていた、大事な名前だからって。それから……お腹の子を大切にしろって」
「兄さん――ヨシュアは罪の意識でこんな事を望んだの?」
朝日に照らされた、キングのサファイアブルーの瞳が一際、美しく輝いた。
「ハッキリとは言わなかった。記憶も奪ってないんだ。だけど……」
「だけど?」
「これから時間をかけて沢山、話をしたいんじゃないかな。僕達、家族の話を」
アジアンタウンのアパートでは、夜通しクロエが泣いていた。
当然、彼女にもXデーまでの記憶が残っている。ジョージの死に身を引き裂かれるような思いで、一晩中泣いた。
――ジョージが死んじゃった。
「うえぇえええ、ジョージィ、ジョージィ」
アパートのドアが開く音がしても、お構いなしで
その時、ちょっぴり居心地の悪そうな声が、ダイニングに響いた。
「……ただいま」
クロエは最初、幻覚を見ているのだと思った。いや、もしかしたらジョージのホロを
クロエは人身売買に出されてから、その手の事件に巻き込まれ過ぎている。彼女が、自分の見ているものを信用出来ないのも、無理はなかった。
なんとも言えない沈黙が流れる中、不器用なジョージが動いた。
節くれだった手が泣き過ぎて
「本当にジョージなの?」
「うん……死神になっちまったけどな」
「……はえ? だって、半分くらいは死神だったじゃん」
「それもそうだ。頭が良いな、クロエは」
頬を掻いて笑うジョージに、クロエの涙は塩辛いものから、熱いものへと
「ジョージ! ジョージィイイイ! お帰り!」
駆け寄ったクロエは、ジョージの身体によじ登ると、思い切り
クロエとジョージはいつまでもいつまでも、泣きながら笑っていた。
-最終話『世界はここに』へつづく-
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