本当の悪魔-Ⅲ

 クロエ!

 待ってくれ! クロエ!


 色とりどりの風船が空に放たれた遊園地。世界平和を歌うパレードの人混みをジョージがかき分けていた。


「キング! 居るなら出てきてくれ!」


 何度も声を張り上げて叫ぶが、反応がない。今のジョージに、キングを曲解して疑う動機や理由はじんもなかった。それだけに、ヨシュアの介入が頭をもたげて不穏が増大する。ジョージは、人々が見ているのも気にせず宙を浮くと死神の姿になった。


 黒マントにこぶだらけの杖。


「ママ! アレ見て! 魔法使いだ」

「あらまあ、ホント」

「今日のパレードは演出が凝ってるねえ」


 死神姿を指さし始めた人々に気づいたジョージ。彼はぎこちない笑顔を浮かべると、観衆に手を振ってから空の向こうへと消えていった。


 ――何処にいる? クロエ!


 背筋を脂汗が伝う。胃の痛みなど、この際どうでもいい。必死になって眼球を上下左右に動かしたジョージは、遊園地外れにあるパビリオンの前で視線を止めた。スピードを上げて落下するかのように、低空飛行してゆく。パビリオンの屋根を突き破ったジョージは、がらんどうの屋内にヨシュアの気配を感じて身構えた。


 真っ暗なパビリオンに、ピンスポットが灯る。歪んだ笑顔のヨシュアが、ライトを浴びて佇んでいた。同時に360℃スクリーンが遊園地各所の映像を映し始め、その一つに眠っているクロエの姿が映し出された。


「……特別顧客、やはり貴方でしたか。一体、何がしたいんだ! 貴方は!」


「ブラックダイアモンドの奪取だ。今更、何を言わせる」

 

「特別顧客、貴方についている死神はいません。俺かキングであれば、貴方を殺せる。も既に知っているのではないですか? もう、こんな事は止めてください」


 ジョージの言葉に声を出して笑い始めたヨシュアが、持っていた仮面を付ける。腕にはパラソルを掛けており、細身のスーツも相まって魔術師とよく似て見えた。ジョージにとってはいつぞや、いきなりアジアンタウンの診療所に現れた死神だ。


 げんな表情のジョージをよそに、高笑いを続けるヨシュアが


「お前は本当にバカなんだな、ジョージ。さっき、慌てて出来損ないを探していただろう? 遠ざけたのはお前じゃないか。それすら理解してない。憐れだよ」


 宙を浮くヨシュアが、パラソルをくるりと回す。たっぷりとしたレースと繊細な刺繍のフレームが落下して、針のような剣が姿をあらわした。針先をジョージの眉間に向ける。ぜんとしているジョージの額を、発射された細く鋭い短剣が貫いていった。


 ……!


 衝撃でパビリオンの端まで吹き飛ばされてしまったジョージ。ヨシュアは仮面を付けたままおおぎようにお辞儀をしてみせると、今度は針先をスクリーンの中に居るクロエに向けた。


 短剣を抜き去ったジョージが怒号を上げる。


「やめろヨシュア! いつからだ! いつ死神の力を手に入れた!」


「何回言わせるんだ、ジョージ。お前は本当のバカだと。。ステファンを殺した時に、仮面をよこしたじゃないか。これは本来、私には触れないものなんだ」


「……スクリーンの中に居るクロエは本物なんだな」


「ようやく気づいたか、この愚鈍が。偶像の力は私が貰う」


「断る。お前の力は一部譲渡でしかない。知っているんだろう? それなのにどうして……もういい。クロエを返せ」


 ジョージの目が怒りで見開かれる。黒マントが舞い上がり、全身が怒りで総毛立っていた。重心を下げたジョージは杖を構えると、居合いの姿勢を取った。鼻でせせら笑ったヨシュアが、持っていた剣を八の字に回転させる。


「とっとと死ね、ジョージ」

 

「クロエを返せ! ヨシュア!」


 睨み合った二人は360℃スクリーンに囲まれながら剣を交えるや否や、激しい斬り合いとなった。





 ◆





「どうしたの? アンナ。貴方から急ぎの話だなんて」


「ごめんなさい、レイラ。用事があったんでしょ」


「ああ。セツコとノースがソビエトに来いって。トリガーの話よ」


「そうだったの……カインもごめんなさいね。私、ヨシュアから記憶をいじられたみたいで」


 スラム街にある売春宿の一室。そこには、必死の形相をしたアンナとレイラ・カイン夫妻がいた。アンナの言葉にカインは思わず両眉を上げてしまった。腕を組みあごさする。


「誰がそんな事をしたんだ。まさか、ジョージ?」


 アンナがこめかみに手をやる。何とか過去の記憶をたぐり寄せようと、しきりに指でこめかみを弾いていた。


「違う。ジョージはキングと戦ってた。ビルは空になっていて。私と父さんは、兄さんを殺せなかった。私は拘束されて……」


「集落で戦った時ね。あの後、クズがヨーロッパ連合と中華連邦を取り込む会議を開いた筈よ。中華連邦からタレコミがあったの」


 アンナの顔が一瞬の硬直をみせて、額に皺を作った。


「……会議に私、いたわ。記憶がまだらで……ああ、なんてこと。兄さんは特別顧客達に死神の力を使ってみせたの!」


 ヨシュアは死神の器ではない。散々、共有されてきた情報だ。ジョージの父、ノブヒコ・モリシタが残したファイルにもその旨はハッキリと記述されていた。室内をにわかに緊張が走る。立ち上がったレイラは、目を閉じてキングを探した。


 暫くの沈黙の後、レイラが珍しく自信なさげな声を出した。


「私、キングとの視界共有を解いてないわよね?」


「最後に使った時は、お前から遮断していったじゃないか。あの後、特に視界の話はしてない。キングが暴走したのもあったし」


「これ、本当に遊園地なの? ねえ、キング! 聞こえてたら瞬きして!」


 キングを呼んだレイラ。しかし反応はなく、代わりに彼女の表情がどんどん曇っていった。そんなレイラの変化を察知したカインが、素早く身支度を始めた。拳銃の中にある残弾を確認する。


「ジョージとキングは遊園地に居るんだな。俺が向かう」


 そう言いながらドアに手を掛ける。出ていこうとしたカインのシャツを掴んだのは、レイラだった。俯いた顔は、長い黒髪に隠れて表情が分からない。けれども、レイラは死に物狂いで首を横に振っていた。


「行かなくて良い。行かないで、カイン」


「キングの様子がおかしいんだろ? ジョージとクロエが危ない」


「ダメよカイン! ヨシュアがいる! 行ったらアンタが殺されるわ! ごめん、アンナ。私には……」


 項垂れてしまったレイラの肩に、アンナが手を置いた。悲しい微笑みを浮かべて、仕方がないと気丈に振る舞う。だがその手は冷たく、小刻みに震えていた。手を握り返したレイラが、顔を上げる。腹を括ったよく通る声が部屋に響いた。


「私達は直ぐにセツコとノースの元へ向かうわ。別ルートから支援する。キングは死なせない。安心して」


 長い髪から覗く、片方だけになってしまった黒い瞳が強く輝いていた。





 ◆





 キングは一面ピンクのグラデーションが続く世界に、相変わらず隔離されていた。眼下で揺れていたはずの赤い海は、いつしか水位を上げてキングの首元まできている。


「キング……貴方の名前はキングよ」


 母エヴァの声は、天空から聞こえていた。手を伸ばしたキングをついに海が覆ってしまう。しかしその中は温かく、不思議と居心地が良かった。


 何処に行っても、何をやっても「お前さえいなければ」と非難される。言われなくとも、視線を感じる。マシューやルビー、かつてのジョージやクロエの目を思い出したキングは『この中にずっと居たい』と心の何処かで思っていた。


 どんどん赤い海が水位を上げて、天空に近づいてゆく。空を覆う雲は、白みがかったピンク色をしていた。


 雲に手が届いた時、キングの目から自然と涙が零れていた。エヴァの声が聞こえてくる。


「オリヴァーが絵本を読んでくれるの。私もいつか読めるようになりたいわ、キング。貴方は、どんなお話が好きかしら」


「エヴァ、キングって何の話だい?」


「ああ、オリヴァー。来てくれたのね、嬉しい。キングは、お腹の子の名前よ。王様って意味なのよね? とっても素敵な名前だわ」


「……お腹の子に名前をつけたのか」


 オリヴァーの声はあからさまに困惑していた。無邪気なエヴァは全く気づいていない様子だった。愛おしげに何度もお腹をさする。その度に、雲が揺れて温もりがキングの手を伝っていった。


 完全に水に浸かってしまったと言うのに、自分は泣いているとハッキリ自覚が出来る。キングは最早、幻覚でもいいからエヴァにすがりつきたい気持ちになっていた。叫びが漏れ出して言葉となる。


 それはエヴァの出自を知って以来、誰にも言えずにいた母への渇望であった。


「僕は、どうすれば良かったの? !」


 その時だった。急に足下に大きな暗闇が現れたのは。ブラックホールとしか形容の出来ないそれは、あっという間にキングを飲み込んでしまった。


 次に意識が戻った時、キングが見たのはフィルムみたいな膜の向こう側で、激しい戦闘を繰り広げるジョージとヨシュアであった。素面に返ったキングが慌ててフィルムを切り裂こうと大鎌に手を掛ける。

 

 ――クソッ! 何をしているんだ、僕は。分かりきっていた筈なのに。偶像が罠を仕掛けるなんて事は!


「ヒヒッ! 魔術師の力ハ使わせナイ。マ、使える状態トモ思えないガナ」


 ……!


 一瞬の隙を突かれて、大鎌を遠くに弾かれた。てのひらと足に鋭い痛みが走る。赤茶色の杭が手足を貫通していた。キングは十字架にはりつけにされてしまった。無数の血の腕が暴れる身体を押さえつける。


「何をする気だ! 止めろ、偶像!」


「黙ッテ見届けるンダ。お前ハ、素晴らしイ生き物ニ変化しつつアル。アア、楽しみだナア。エヴァの落トシ子、ワタシのキングよ」





 ◆





 パビリオンでは、ヨシュアがジョージの攻撃を避けつつ、挑発までしていた。一部譲渡とは言え、身体能力はヨシュアの方が上回っている。ふらつくジョージの眼球すれすれを、針の如き剣先がくるくると回った。


「おや。君の間抜けなお友達がようやく気づいたようだ。アレが死神の器、しかも成功体オウルだなんて。現実ってのはシニカルだとは思わないか? ジョージ」


 拳で剣を払いのけたジョージが、飛び上がって距離を取る。スクリーンに身体がぶつかって、着ぐるみのパレード映像が破れた。酷く調子の狂った『イッツ・ア・スモールワールド』が大音量で流れ出す。舌打ちをしたジョージは、唸り声を上げるとせきずいから血の羽根を生やした。


「そうやって否定をしていれば満足か? ヨシュア。お前の現実逃避にクロエを道連れにするな!」


「言ってろよ、ゴミが」


 ジョージの力は殆ど限界を迎えている。寿命の尽きかけたその身体から生やした羽根は小さく、勢いもなかった。それでもジョージは、形を鋭い鞭に変えて動き回るヨシュアを捉えようと放ってみせた。


 大量の鼻血が床に滴り落ちてゆく。


 空中でとんぼ返りをしたヨシュアは、仮面を手で押さえると笑いながら、血の鞭を剣で切り裂いた。そのままバレリーナのように高速でターンをして、わざとらしくレヴェランスお辞儀をしてみせる。


 ピンスポットが、ヨシュアを再び照らし出す。シルクで仕立てたスーツが光を浴びてキラキラと輝いていた。


 酷く調子の狂った『イッツ・ア・スモールワールド』に合わせて、ステップを踏み始めたヨシュア。一方のジョージは、これ以上の血を無駄には出来ないと居合いの構えを取った。


 違う国 違う言葉

 違う色 違う顔

 でもみんな同じ笑顔で

 同じ夢を見てる


 小さな世界


「お前がしたいのは破壊だけだ! ヨシュア!」


 パビリオンの端から、渾身のスピードを上げたジョージが特攻してくる。仕込み刀が音を立てて、刀身をあらわした。音に反応したヨシュアが、再びとんぼ返りで回避をしようと飛び跳ねる。動線を読んだジョージは刀を抜かなかった。ヨシュアの更に上を飛び、足首を掴んだ。


「クロエは返してもらうぞ」


 足をばたつかせるヨシュアに、杖から抜いた刃を向ける。仮面が床に落下していって、ジョージはその姿におののいた。捉えたのは見た事のない、そばかす顔の女性だったからだ。そして、女性はどこからどう見ても人間だった。


 暗闇から、手を叩きながら本物のヨシュアが現れた。嫌味ったらしい笑い声で仮面が微かに揺れ動く。


「ふうん。こんなに簡単な仕掛けすら、見抜けなくなってるとはねえ。偶像の力は使えなくなったようだな。彼女はね、私の部下でレベッカって言うんだ。殺せよ。ああ、違うな。死神らしく食べたらどうだ?」


「……貴様!」


 レベッカから手を離したジョージが、怒りを露わに振り向く。「チェックメイト」ヨシュアの薄笑いが直ぐ側で聞こえてきて、ジョージは自分の胴体が真っ二つにされた事に気づいた。


 ジョージの上半身が無様に床に落ちていく。残った下半身からは、偶像が姿をあらわし始めていた。

 




 拘束されてしまったキングは、その一部始終を強制的に見させられていた。もがけばもがくほど、打ち付けられた杭が強さを増してゆく。手首を引き千切ろうにも、十字架から離れたくないと身体が勝手に抵抗してしまう。


「暴れてモ無駄ダ。この中ノ事ハ全テ、キング。お前ノ力ヲ使ってイル」


「ふざけるな! 偶像!」


「私ノ遺伝子ヲ受け継いダ、自分ヲ恨メ」


「クソッ、ジョージ! 逃げてくれ! ジョージ!」


 キングは声の限り叫んだ。上半身だけになったジョージが声に反応して、顔を上げる。パビリオン側からは、拘束されているキングがスクリーンの一つに映し出されて見えていた。


 ジョージは、吐血をしながら手を振り笑っていた。


「済まない、キング……こんな事になっちまって。TV、一緒に見たかったな。結界、解いた。俺の……結界を全部。後は……頼んだ。どうか、クロエを。お前は俺の……友達だ」


 上半身だけでモゾモゾと動き、映し出されるクロエに向かって這ってゆく。隣のスクリーンには、悲鳴を上げるキングがいた。その前を黒い影が横切ってゆく。スクリーンに血飛沫が飛び散った。


「気持ち悪いんだよ、そういう友情ごっこ」


 ジョージの首に、ヨシュアの持つ剣が深々と突き刺さっていた。ジョージが最後の吐血をする。残された下半身から姿をあらわした偶像は、ゆらゆらと揺れてその時を待っているように見えた。


 這いつくばっていたジョージが、仰向けになる。そのせいで首は、辛うじて繋がっているだけの状態になってしまった。それでもジョージは、悲しそうな目をして笑っていた。聞き取れないくらい小さく、掠れた声を絞り出す。


「お前は寂しいヤツだ、ヨシュア。俺は……ゴフッ、お前に憧れてた。孤独に強い男だって。……でも、勘違いだった。ごめんな、本当のお前を……わかってやれなくて」


「うるっさいんだよ! 犬の分際で!」


「ジョージ! 死ぬな! 嫌だ、止めてくれ! ジョージ!」


 酷く乾いた軽い音。


 ヨシュアが、ジョージの首をねた。


 一抹の虚しさに苛立ちを覚えたヨシュアは「次はお前だ!」そう叫びながら、キングが映るスクリーンを滅多斬りにした。肩を大きく震わせるヨシュアの足下で、ジョージの欠片が一つまた一つと崩れ落ちては、砂になってゆく。


 ジョージの下半身も同様に崩れだし、それと共にパビリオンを禍々しい黒煙が包み込んでいった。黒煙は茨の冠を形作ると暫く旋回した後、巨大なDNAのせんになった。

 

 仮面を床に叩きつけたヨシュアが、空虚そのものな眼差しでせんを見つめていた。顔は青ざめ、噛みすぎた唇は赤い紅のような血が滲んでいる。


「――


 泣き出してしまったヨシュアの心臓めがけて、巨大なDNAと化した偶像が入っていった。


 本来、死神の器ではないヨシュア。キングやジョージのような力はない。彼に起きた事は、能力の全譲渡に当たる。よって、器と違い『偶像をまとう』と言うのが正しい。当然、二人のように、偶像を押さえ込む力も持っていなかった。おり、それが器の役割でもあるからだ。


 しかしそんな状態でも、ヨシュアはようやく手にした力に、歪んだ満足感を覚えていた。酷く子供じみた様子で、てのひらを眺めている。


「見てよ、ママ。アイツらと同じになれた。僕にだって出来るんだ。あんな出来損ないを作らなくたって、僕にはやれたんだ」


「我ガ子を抱くのトハ、また違ウ悦ビがあるナ。妊娠トハこういう感じカ」


「出来損ないは、まだ殺さないんだ。後もうひと押し。楽しみだよ」


。素晴らしイ発想ダナ、実ニお前らしイ。サア、共にニ行こウ。我ガ息子ヨ」


 ヨシュアの顔に黒い靄となった偶像の顔が重なる。二人は、瓜二つの悍ましい笑みを浮かべると、クロエの回収に向かっていった。最終目標――ルルワの奇跡、その依代よりしろとすべく。

 




 ◆





 売春宿の一室。急いでソビエトに向かった夫妻を見送ったアンナが、沈痛な面持ちでベッドに腰掛けていた。何も知らない隣室からは、嘘くさい喘ぎ声が相も変わらず聞こえてくる。


 アンナには、鋭い動物的な感覚があった。


 ジョージの死を察知した彼女の頬を、涙が伝っていった。アンナはわななき、ただ涙を流すしか出来ない自分を憎んだ。


 解放されたキングが突然、天井を突き破って落ちてきたのは、それから一時間後の事であった。


 身体をしこたま床に打ち付けても、キングはぼうぜんとしたまま身動き一つ取らなかった。ついでのような感じで落下してきた大鎌。その刃が、キングの胸部を直撃する。それでもキングは、声一つ上げなかった。


 寄り添ったアンナが、打ちひしがれた死神の冷たい手を握る。

 キングは、泣く事すら出来なくなっていた。


 どのくらいそうしていただろうか。いつまでも動こうとしないキングにアンナが重たい口を開いた。


「魔術師の力を使いましょう、キング。出会わない事になるのは辛いけれど、貴方の苦しみと罪を私にも背負わせて」


 瞬きすらしなかったキングの手がピクリと動く。感情を失った平坦な声色がこだました。


「アンナ、僕は君に何も出来なかった。僕は、自分の遺伝子に封じ込められた。……ジョージに安らかな死を迎えさせてあげられなかった」


 アンナはキングに口づけをすると、無言で頷いた。血の気を失った真っ白い顔に、涙の粒が零れ落ちる。


「最後にお願いがあるの。断ってくれて全然構わない。エヴァと私がいた場所でお別れをさせて」


「ジョージが結界を解いたと言ってた。今なら、行ける。でもそれは、ヨシュアに殺されに行くのと……いや、いい。行こう、アンナ」


 起き上がったキングは刃を抜き去ると自らの身体に手を入れて、心臓の場所を確認した。「傷はこのままで行こう」何処の誰に話しているのか分からない独り言をポツリと言う。


 虚ろな目でアンナを見たキングは、壊れてしまった機械人形そっくりな笑顔を浮かべた。愛する人は、既に限界を迎えていると悟ったアンナ。彼女は小さな肩を抱くと「ありがとう」そう言って、声を上げて泣いた。





 ー最終章:キングの誕生『最高の恋人』へつづくー

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