トロイの戦車-Ⅱ
「直接会うのはお久しぶりですな。死神界の若き貴公子、キング。私を覚えておいでですかな? 魔術師です。貴方の良き友人ですよ」
「
「そう思ってしまうのも無理はありませんね。しかし……」
魔術師を乗せたヘリコプターがキングの周囲を器用に旋回する。
「死神の姿を公に晒してしまうほど余裕がないとは。貴方らしくありませんな、キング。マスコミの方には少々眠っていただくことにしました」
「
「ええ。貴方は彼女を殺せなかった。
「今、能力の話をしている時間はない。何をしに来たと聞いている」
「貴方の覚悟を
地上では、突如として現れたもう一人の死神に
コマンドは唇を噛みしめ、州警察サイドのトロイも苛立ちを隠せないでいた。そんな彼らに強い違和感を抱く二人組の刑事。動員された州兵も訳が分からず困惑していた。
ひりついた緊張が一帯を
冷たい雨が止むことなく降り続けていた。
その時だった、一発の銃声音が鳴り響いたのは。音の方角は産業廃棄物処理場。少年兵が血を吐きながら崩れ落ちてゆく。少年を射殺したのはトロイのボス、コマンドであった。
彼は今日を命日と決めていた。それを実行するためなら、己の部下をも平気で撃ち殺す。それがコマンドという男だ。
死神が現れただけでも理解が追い付かないのに、唐突に起きた同士討ち。凍りつく事しか出来ない関係者たちをよそに、州警察の警官
「突撃だ! 全員、突撃!」
血に飢えたトロイのメンバーが、
泥水に顔を突っ込んだまま、その短い生涯を終えたアダムの子。
州兵は相変わらず硬直状態のままだ。ホワイト&ブラックに至っては、成す術もなく押し寄せる彼らの下敷きとなっていた。
広がりゆく血溜まりに、途切れることなく雨が降り注いでいた。
上空では、キングが射殺された少年兵にハイスクールの惨劇を見ていた。自分のせいだ。自分のせいでまた死人を出してしまった。がんじがらめになった罪悪感でどうにも身体が動かない。
そんなキングの背中を思い切りステッキで打ち付けたのは魔術師であった。
「いい加減、覚悟をお決めなさい! 貴方の力は何のためにあるのですか、キング。我々は死神です。
「魔術師……」
「あちらの少年兵たちは私にお任せください。貴方は警察の方を! 急いで!」
背中を合わせた二人はそれぞれのターゲットを確認すると、武器を構えた。キングは大鎌を、魔術師はステッキの仕込み刀をそれぞれに構える。
「行きますよ!」
魔術師の掛け声と同時にヘリコプターが急降下を始めた。ぐるぐると不規則な回転をしながら落下してくるヘリコプターに、一瞬の
◆
キングは、彼らの足元を
足を狩られた者、腕を狩られた者、骨折させられた者。
致命傷とまではいかずとも、到底動けるとも思えない大怪我を負わせたはずだ。それなのに、飛び掛かるのを止めようとしない。
これじゃまるっきり自爆テロだ。
州警察は一体、何者なんだ。
再び
「俺たちはトロイ。アダムの子だ! お前に殺せるか? 死神!」
……!
パトカーの上にいた
あっという間に身体が宙を浮き、大きな円を描いて地面に叩きつけられる。その衝撃で大鎌が手を遠く離れてしまった。
余ったチェーンを振り回した
キングに身動きする
「ああ……あの方をずっとこうしたかった! あの方は俺の物だ! 俺だけの
愛の
それは余りにも一方的な
はたして興奮しきった
すかさず乗降用ステップに手を掛けたキングは、大鎌を引き寄せるとヘリコプターを上昇させた。砕けて骨が
DNAの
「キヒッ」
歪んだ笑顔を浮かべた
しかし、
キングと
産業廃棄物処理場では、魔術師が少年兵らの銃撃をシルクハットの中に納めていた。軽快なステップを踏んではハットをひらりと指先で回す。魔術師に肩を叩かれた少年兵が次々と意識を失っていった。
そうしている間にもコマンドが放ってくるヘビーマシンガンの雨を、仕込み刀で跳ね返してゆく。その華麗なる動きは一流の手品師と言っても過言ではなかった。
意識を取り戻した少年兵達の声が徐々に聞こえ始める。
「……死にたくない」
「なんでこんな事しなきゃいけないんだよ……帰りたい」
「死にたくなきゃ戦えよ!」
片足でトントンと軽やかに後退した魔術師は、戦闘を拒否するアダムの子たちに手をかざした。崩れ落ちるトランプタワーさながらに姿を消した彼らは次の瞬間、遥か遠くのゴミ山で身を
戦闘を継続するつもりの子らも別の場所でぐっすりと眠っている。
「ガキどもに何をした! 死神!」
手榴弾を両手いっぱいに放ったコマンドが
「何もしていません。元の姿にお戻りいただいてるだけです」
言い終わるやいなやゴミ山に飛び移って耳を
彼の目つきが代理戦争真っ只中のものへと
洗脳され切ったアダムの子らは、殺されることを今作戦の最終目標としている。
「我々はエヴァ様と共に!」
感極まった声で叫んだ少年兵たちが、その若い身体をコマンドに差し出していた。
「本当の事を知ってからでも、死ぬのは遅くありませんよ」
魔術師がアダムの子らの前に立ちはだかっていた。
相変わらず軽薄な様子で革靴を踏み鳴らす。彼のシルクハットが一瞬でその大きさを変えた。半径5メートルはあろうかと思われる巨大なシルクハットが、少年たちを包み込む。
コマンドが舌打ちした一瞬の隙に、次々と肩を叩いては別の場所へと移してゆく魔術師。戦争狂のヘビーマシンガンが焼け野原よろしく、
「ここは戦場だ。俺らの任務は死ぬ事にある……違う、何を言ってるんだ! 俺たちは代理戦争の犠牲者だろう! ……嘘をつけ。志願したのはお前自身じゃないか」
強烈な痛みがコマンドを襲う。噴き上がる血と絶叫。その地獄絵図が彼に最後の選択を与えた。病んだ目は大きく見開かれ狂気そのものとなっている。
「一緒に死んでくれるか? 死神」
彼がその巨体に巻き付けていたのは無数の爆弾であった。周囲一帯を消し飛ばしてしまう程の
破滅願望の
「こういった事は、美しいレディとしたいのですが」
◆
建築途中の無人高層ビル。その上層階付近で、キングと
プロペラがガラス窓ギリギリを攻めては
顔面を修復する過程でキングはある事に気づいていた。彼が持つチェーンには
死神の武器を素通りしない。そして、死神の力をもってしても破壊が厳しい。
おそらく、そんな武器がごまんと存在しているのだろう。
そしてそれは、魔術師が共闘を持ち掛けてきた理由のひとつでもあった。今の
僕を狙うのも
キングが再びヘリコプターを急旋回させる。反動でついにビルへ激突した
「あの方ならこんなヘマはしないぞ、死神! 俺を見くびったりなんてしない。やはりお前は見てくれだけの偽物だ!」
さっきから、この男は僕の顔に
父親は誰なんだ。
その瞬間だった。ヘリコプターが大きく
鍛え上げられてはいるが細身の
身体にチェーンを巻き付けた
「キヒッ」
確信を得た
意識を取り戻したキングは、素早く飛び跳ねると大鎌と自分を入れ替えた。一瞬でも判断が遅れていたら、チェーンを巻き付けた大鎌が自らの首を跳ねていたであろう。入れ替わり時に大鎌で切った頬を血が
キングの首にチェーンを絡めた
「そんなに俺を喜ばせないでくれよ、死神。ああそれにしても、本当にあのお方とそっくりだ。首だけよこせ。飾っておきたい」
「僕の兄だろう、
「ハァ? 何言ってんだお前。あのお方はこの世にただ一人だ。弟などいない。そんなもの、存在してはならないんだよ!本当はあの女だって……」
重たいチェーンがミシミシと音を立てながらキングの首に食い込んでゆく。苦痛の表情を浮かべた彼の頬を、恍惚とした顔の
鈍い音と共にバランスを崩した
どうにも、殺したはずの父親と面影が重なる。
吐き気を
「いやあ、お待たせしました。おや、そちらにもお連れ様が? 初めまして。私、魔術師と申します」
シルクハットに手をやった魔術師が
魔術師の身体には爆弾を体中に巻き付けたコマンドがしがみついていた。ブツブツと訳の分からない独り言を呟いている。
「ああ、ちょうど良かった。そこの紳士。こちらとキングさんを交換していただけませんか」
淡々とうそぶいた魔術師は、コマンドの巨体をつまみ上げると思い切りブン投げた。
はたしてその
ブン投げた本人は、手についた
実際には魔術師が突出して強いだけの事であった。いたずらに自らの力をひけらかさない。それが彼の美学だ。
魔術師は指をパチンと鳴らすと今度はキングを抱き寄せた。
「同じ同性でも、私は友人との
手をかざして、ヘリコプターの乗員を地上の安全な場所へと移す。
二人が遠ざかった次の瞬間、目も
魔術師に抱きかかえられていたキングが、眼球を口に含んで手をかざした。爆破物の落下速度がスローモーションの世界になってゆく。羽の如き軽さでふわりと舞い落ちてゆく爆破物。
見下ろすと州兵たちが避難誘導を行っている最中であった。州警察もホワイト&ブラックが中心となって、アダムの子の保護に乗り出している。フランツ・デューラーの言葉がキングの脳裏を
『本当に
その逆もまた然りという事。州警察の全てがおかしい訳じゃないんだ。爆発したのが無人のビルで本当に良かった。
雨がいつの間にか止んで、雲の切れ間から光が覗いている。
「ありがとう、魔術師。助かったよ」
「何を仰いますか、貴方らしくもない。死神とは嘘つきな生き物です。こんな程度で信用されては困りますな」
依然、真意が謎の魔術師。彼は
ーつづくー
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