第3話

「ƕƟ ᘘᗹᎼᏈᏋℬЏ!」

 突如耳に飛び込んできた大声の方へ振り向くと。白っぽい髪の女が木々の合間から近づき、こちらに向かって何やら喚いていた。

 

 青いカチューシャで留めた少し金色がかった髪は、プラチナブロンド? であっているだろうか。 白い髪の毛なんてのはうちのばあさんで見慣れているが、いわゆる白髪とは違う気がする。

 山を登ってきたにしては汗1つかいていない肌はやけに白く、何より印象的なのは青みがかった深い藍色の瞳。


「ᎩᏙᎸᎫᏝ!」

 それに格好がこれまた異様で一言で言えば騎士? 全身を覆おおう物ではなく、動きやすいように要所を守るプレートと、鈍い藍色の衣服は片田舎の山で絶賛遭難中の身には酷く場違いに見える。

 メノみたいにもっとオタク文化の素養があれば、あのコスプレ衣装の感想も違ったかもしれない。


 ピ――――!


 物思いに耽っていた意識が突如響き渡った甲高い笛の音に引き戻される。どうやらコスプレ外国人が鳴らしたらしいが、熊避けのホイッスルか何かか?


 「ᏊᎺᎺᎼ?ᏈᎦᎦᎨᎩ」

「あー、Can you speak English?」

  相変わらず聞き取れない言葉へ重ねるようにつたないい英語で尋ねると、険けわしかった相手の表情が驚きに変わった。どうやらようやく言葉が通じないことに気がついたらしい。まあ、一言も喋らず考え事をしていた俺が悪いのだが。


「ᏆѪ ᏊᏝᎽᏗᏦ」

 向こうも困り果てたように眉尻を下げ、さっきまでの凛々しい面持ちとは違い以外と可愛らしく小首をかしげた。ひとまず英語が使えないことを見て取りこちらも考えを改める。

 

 まずどこの言語かすら分からないが、発音の雰囲気は英語に似ている。その為リスニングは厳しいが文章にして貰おうと思い至る。スマホのメモアプリを開き、入力をアルファベットにした画面を指し示す。

 

「悪いけどこれに書いて貰えます? 翻訳アプリも入っちゃいるけどまず国が分からないことには――」

「ᎽᎭᎮ!」

 ぱっと視界から白い髪が消えたと思った次の瞬間、鋭く光る蒼を最後に思考は途切れた。


 

    *



 _背中がごつごつする。

 そういえばキャンプ場に泊まったんだっけ? 後頭部の痛みとあまりの寝心地の悪さに目を開けば_じろり、とこちらを覗き込む無精髭のおっさんと目が合った。


「ᎾᏐ! ᏡᏄᏔᏆᏅᎶ!」


 顔や体、声までデカイ男の迫力に圧倒されようやっと意識が覚醒する。

 周囲を見渡せばコスプレ女に似た服装で派手な髪色の男女数人に囲まれており、チラホラと動物の耳を模したカチューシャまで付けている。

 確認するにどうやら、俺の体は地べたに直接横たえられていたようだ。


 どうりで背中がごつごつするはずだ、などと愚痴りつつ起き上がろうとするも腕が動かない。手元を見れば黒い木でできたかせをはめられている。

「勘弁してくれ……」

 このありさまで寝苦しさに思考を割いていた己に少々嫌気が差す。


「ᎤᏥᎷᏙᎦᏄᎶ」

 俺のぼやきを聞きつけたかのように、今度は先程の白髪が声をかけてくる。


 「だから何言ってんのか分かんねぇし、いきなりのしてふんじばるとかおふざけにしちゃ悪質すぎないか?」

 伝わらないと理解していても抗議するくらいはいいだろう。俺を無視して白髪と髭面は話し合っていたが、なにやら結論が出たらしくこちらに向き直った。


「ᎽᏈᏜᏍᏍᎼ」_恐らく動くなという意味だろうってのは、肩を押さえつけてきた髭の動きから想像がつく。

 そして髪と同じく陶磁器とうじきで作られた様な真っ白な手が頭の方に近づいてきた。


 ここまでしていきなり殺されることもないだろうし、極力使いたくは無かったがお互い意識が覚醒していれば、触れただけでテレパスによる会話はできる。

 あまり深くまで覗いてしまわないように気を引き締めていると、頭の中で声が響いた。


[聞こえますか?]

 ああ聞こえるよと、素直に答えそうになって慌てて白髪の顔を見た。


 何故?相・手・の・方・か・ら・語りかけてくる?


[聞こえますか?と聞いています、普通は支離滅裂な声が聞こえてくるのに。……もしかして目を開けたまま眠っているとか?]

[………聴こえてる]

 _そう、聴こえてはいる。ただありえないと思っていた状況に、頭が真っ白になってしまっただけで。


[ならば続けますが、これはわたしのディフベイトの能力です。慣れるまでは思考がそのまま垂れ流されるのでゆっくり、一言ひとこと話して下さい]

[……あぁ]


 言われるまでもなく分かっている、ただその説明内容を俺以外の人間から聞かされるとは思ってもみなかった。世界のどこかに自分と同じ力を持った人間がいるのではと、想像したことならもちろんある。

 しかしわざわざ探しはしてこなかったし、分かってくれる人間なら一番身近にメノが居た。


 放心する俺に気づかず……いや、本当の理由に気づかず彼女は続ける。


[妙にはっきりと話していますが、他国で同じ力を見たことでもあるのですか? あるいは小揺ぎもしないよう努めている、という線もありますけど]

[……何を疑っているのか知らないが、俺はあんたみたいな奴にあったことはない]

[そうですか。ならば改めて、私はイアムル王国騎士団所属のリエル=ジンバー。討伐任務の帰還中ベアヒト山上空で異常な現象を視認した為緊急で調査に来ました]


 はっ、絞しぼり出すような笑いと同時に無性に髪を掻き毟りたくなる。騎士団に討伐任務ときたもんだ、こいつらの頭がオカシイんじゃなければ_こちら側が狂ったのだろう。そうでなければ、気絶して目覚めたところまで含め夢なのか。


[ここは霊峰れいほうとされ一般人の立ち入りは禁止されています。見たところ目的は狩猟しゅりょうや採取ではなさそうですし、服装やその他の器具も我が国の物ではありませんね]

 もうそのくそったれな情報量の多さに脳みそが考えるのを放棄し始めたが、ただただその目が正気であることに怖気おぞけが走る。


 パニックを起こしかける俺の脳みそを無視して白髪は話し続ける。


[今から質問をしますが嘘を言ってもすべて分かります。またそれでも真実を語らない場合、わたしの能力であなたの記憶を覗くことになりますので悪しからず。では出身国と所属または職業、ここに来た――]


 あくまで毅然きぜんと説明する彼女に、反論する気力がとっくに消えうせた俺は淡々と口を動かす。

[日本の長野産まれで大学一年、名前は幸道倫人19歳、目的は…………キャンプ場を目指してる途中で遭難した]


[すみません……風変わりな名前はともかく国名が上手く認識できませんでした。他にも、嘘はみられないのにどうして――]


 とっさに離れようとする彼女の手に頭を押し付け、対話し続ける。

 ふと、どこからか甘い香りが漂ってきた。香水でも付けてるのかなんて、どうでもいい思考が頭をかすめるのは、今を認めたくないが故の現実逃避だろう。

 ただの答え合わせだがここで腐っていても仕方ない。


[理由は簡単だろ。俺があんたの知らない国と土地の生まれで、つけ加えるなら俺もあんたの王国や騎士団とやらの名前はついぞ聞いたことがない――つまり可能性は3つ]


[……可能性とは?]

 興味を示したのか引きかけた腕を下ろす白髪の、その動揺どうようを押し隠した声に応え切り出す。


[1つ目、二人とも自国以外の地理に滅法めっぽう弱い。――2つ目、二人とも頭がどうかしてしまった――そして3つ目ここは俺の知ってる世界じゃないだ]


 ここで何故か息が苦しいことに気づく。どうやら、吸ってばかりで空気を吐けていなかったらしい。

 一拍呼吸を入れ話を繋げる。

[1つ質問させてくれ。ここいらの土地はなんて名前だ?]


 少し青ざめた顔をした彼女は、一瞬白く光る川面をまぶしそうに眺めたのち。それでも真直ぐに俺の目を見て答えてくれた。


[ここは始まりの女神が舞い降りし場所、女神の名をかんし『アレスリエ』と呼ばれています]

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いつかの魔法と超能力者 定森 善衛 @sadamori_yoshie

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