2

ユズナは、ガブッと男の手に噛みついた。

男の手に、ユズナの歯形が付いた。

「あっ、いて、痛てててて。」

男は顔をしかめ、ユズナを押さえている手の力を緩めた。

その隙に、ユズナは男から逃れると、走り出した。


「あっ、待て、このガキ。」

そう言うと男は、近くあった機械の部品を掴むと、それをユズナ目掛けて、思いっきり投げつけた。

「キャッ。」

それはユズナの頭に当たった。

ユズナは短い悲鳴を上げると、その場に倒れ込んだ。


ユズナの頭から、赤い血が流れ、床に広がった。

そして、ピクリとも動かなかった。

「えっ・・・?

おっ、おい。。。」

男はそれを見て、恐る恐る、ユズナの体を揺すった。

しかし、ユズナは何の反応も示さなかった。

「俺は何も・・・、

そんなつもりじゃ・・・、

うわぁーーーーっ。」

男は怖くなり、真っ青な顔で、走り出すと、慌てて倉庫から出て行った。


(わたし、死んじゃうの?)

ユズナは薄れゆく意識の中で、逃げ去る男の後ろ姿を見ながら思った。

天井から、ポタリ、ポタリ、と白い液体のような物が、ユズナの体の上に落ちて来た。

ボタ、ボタボタボタ・・・。

それは急に、大量にユズナの体上に落ちてくると、ユズナの体を覆いつくした。


ユズナは夢を見た。

夢の中で、ユズナより少し大きな男の子が、目の前に立って居た。

「あなた、だれ?」

ユズナが男の子に聞いた。

「オ・・ニ・イ・・チ・ャ・・ン」

男の子は、ゆっくりと言った。

それが言葉であったかどうか、ユズナにはハッキリと解らなかった。

ただ、『お兄ちゃん』と言ったような気がした。

「お兄ちゃん?」

ユズナがそう聞くと、男の子は黙って頷き、ギュっとユズナを抱きしめた。


男はアパートの自分の部屋へ逃げ帰ると、急いでドアにカギを掛け、窓のカーテンを全て閉じた。

そして、ベッドの上に座ると、布団を頭から被り、ガタガタと震えていた。

(ああ、どうしよう。

やっちまった、やっちまったよ。

あの女の子を殺した。)

男がそう思った瞬間、部屋の中から、ユズナの「止めて」という声が聞こえて来た。

「ひぃーーーっ。」

男は、小さな悲鳴を上げると、両手で耳を塞いだ。

「くるなー、俺じゃない。

おっ、俺は、何も悪く無いぞ。

お前が・・・、俺の言う事を聞かなかった、お前が悪いんだ。」

男はそう言うと、布団の中でうずくまった。


それから半年が過ぎた。

男が、ユズナを殺したと、恐れいていたのは、最初の1ヵ月だけだった。

1ヵ月の間、男はビクビクしながら過ごしていた。

いつ警察が部屋に来て逮捕されるか、不安に駆られていた。

しかし、TVやネットのニュースで、女の子が死んだという記事は無く、また、女の子が行方不明になっているといった記事も無かった。

そして、何も無い日々が流れ、いつしか、男は自分が行った事が、夢だったのでは無いかと思うようになっていた。

(クソ、あの時は慌てて失敗した。

だが、次は上手くヤッてやる。)

1ヵ月が過ぎた頃には、そう思うようになり、まったく反省していなかった。


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