#10 アネモカの1Dayルーティーン

 目が覚めるが、頭が重い。寝返りをうつ。スマホを見る。朝7時半。ずっとベッドにいればそのまま時間は過ぎていって、平穏に死を迎えられるんじゃないかとさえ思う。

「朝って一番しんどい」

 ため息をはく。でも、

「やるぞ、やるぞ」不器用につぶやく。

「やるぞ、やるぞ、やるぞ」

 指を朝日にかざし、指輪の輝きをたしかめる。

 今日一日のだるさは見えなくなっていた。あとは立ち上がるだけ。

「やるぞやるぞやるぞ!」

 言葉に引っ張られて、立ち上がっていた。そんな子ども騙しのようなおまじないで。

 ニルの顔が浮かぶからだった。

『朝がつらいなら、「やるぞやるぞやるぞ」って呟くの。そうすればなぜか立てちゃう』

 ニルは恥ずかしそうに笑った。

『言葉だけで足りないなら、私の顔でも思い浮かべてみなよ』

 そんなことも、あった。


 ずるずると動きながら、学校へ向かう。街ゆく人たちの後ろについて歩き、電車に揺られて、ニルの歌をイヤホンで聴いて、昨日のニルと話したことを振り返りながら。いつのまにか最寄り駅だ。

 授業が始まる。一応真面目に受ける。時々ニルのことを考える。いつの間にか終わる。

「××、一つだけ願いが叶うとしたら?」

「宝くじ一等! 将来働きたくない!」

 友人関係も、悪くないと思いはじめていた。くだらなくても、人とふれあうことは授業の疲れを癒やしてくれる。

『だけどね、私はニルがいればそれでいいんだ』

『ふふ、うれしい』

 ニル以外の人から得たものはニルと話すときに話題にできる。外の話をするとニルは喜んでくれるから。

「××、一緒に帰る?」

「ごめん、また今度!」

 学校から解放されるが、私には行く先がある。


 用事は終わった。夕日が頬にさしかかって、一日の終わり――否、始まりを実感する。だって、ニルと会えるのは今からだ。

 赤い自動販売機にスマホをかざし、数字が減った代わりにアルミ缶が吐き出された。私の大好物、たしかアネモカのモカの由来だったカフェオレ。手に掴んで、誰にも邪魔されない家に入る。親は朝も昼も真夜中も外から帰ってこない。

「ニル」

 私の部屋は洒落たカフェになっていた。

 ニルの姿を堪能したのち、一日のご褒美にしているカフェオレのプルタブを起こした。また堪能する。

「ほんと、好きだね」

 ニルに見守られながら、口の中を泥っぽい液体で満たす。苦さが感じられなくなって、人工甘味料特有の甘さいっぱいになって、これが幸せだろうかと思った。

「カフェインのとりすぎには注意しようね」

「はいはい」


 一日の疲れから、寝転んでいる。

「毛布って、生き物みたい」

「ニルって、生き物みたい」

 安心して、私は眠りに就く。

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