第13話 本当にどうしよう?

 海溝の底、光が届かず真っ暗な世界。

 僕らは人間が来ないであろう海溝の淵に横穴を掘って過ごしてみた。数日間過ごしてみて分かったが、やはり暗闇だと気が滅入ってしまう。ずっと真っ暗な海の底にはいられない。


 かといって火山島は危険過ぎて、ダメだった。

 いつもいた棲家も人間に見つかるかもしれないと心配で、以前のようには落ち着けない。


 やはり明るい世界で安心して暮らすには、人間との関係を改善するしかないと思う。何か方法はないものだろうか。


---------------人間にエスパー少女とかテレパシーを使える双子とかいない?


《会ったことありませんね》


---------------やけに察しの良い子供とかは?


《そんな子供はいませんよ》


---------------じゃあ勾玉とかのアイテムで意識が繋がるとかは?


《ないですね》


 こちらの考えを都合よく読み取ってくれる人間でもいないかなと思ったが、ダメなようだ。楽はできない。


---------------ニノは何か思いつかない?


《……難しいです》


 やはりこれを考えるのは僕の役目だ。

 ニノに頼ってばかりではいられない。





 そうだ! ニノも最初に『こんにちは』と言ってきた。

 コミュニケーションの基本といえば挨拶だ。


 人間に会ったら挨拶をしてみるのはどうだろうか。

 まずは『こんにちは』から始めてみよう。


 そういえば巨大生物になってから一度も声を発したことがない。しゃべる相手も機会もなかったし、当然なのだが。

 というか、そもそも発声することが出来るのだろうか。


---------------発声は出来るのかな?


《もちろん出来ますよ》


 良かった。出来るのか。

 もしかしてニノなら人間の言葉が分かったりはしないだろうか。


---------------人間の言葉はわかる?


《聞いたことがないのでわかりません》


 さすがに分かるわけはないか。言葉が分かれば手っ取り早いと思ったのだが。

 まあ見つかると攻撃されるのに言葉が分かるなんて無理がある。しかし、ニノなら言葉を聞けば覚えられる可能性はありそうだ。もし覚えられればコミュニケーションが楽になるだろう。





 まずは発声してみよう。

 海中ではどうしようもないので、海上に顔を出して『こんにちは』と言ってみることにする。

 初めて自分の声を聞く。どんな感じなんだろう。

 よし、言うぞ。


『ゴガオオオン!!!』


 なんて?! 『こんにちは』と言ったつもりなのだが、こうなるのか。

 全く『こんにちは』と発声することが出来ていない。声帯とか違うだろうし、当たり前か。


 しかし、これは想定内。

 人間の言葉がペラペラしゃべれるとは思ってはいない。そもそも『こんにちは』は日本語だ。正しく発声が出来たとしても伝わらないだろう。


 まずは発声できたということだけでヨシとしよう。


 ただ自分で言っておいてなんなのだが、さすがに怖すぎる。とても友好的な挨拶とは思えない。むしろ威嚇でもしているかのようだ。

 元気に言ったつもりだったが、それがダメだったのか。

 もう少し優しく友好的な雰囲気を出せるように発声の練習をしてみよう。


『ゴガオオォン!!』


 少し変わった気がする。これならどうだ。


---------------ニノ、どうだろう?


《あんまり変わりませんね。発声は難しいですね》


 少しマシになったかと思ったが、ニノの判定は厳しかった。

 もう少し頑張って、ニノと共に発声練習を続けてみる。


『ゴガオオーーン!!』

『ゴガウオオン!!』

『グガオオオオン!!』

『ゴガブウッホオンッッ!!! ゴブォッッ!!!』


 むせた。根本的におしゃべりな生物ではないようだ。既に何だか息苦しい。

 これでは長い会話など絶対にできない。世界に一人だから普段はしゃべる必要ないので当然のことなのかもしれない。

 息も絶え絶え発声練習を続けていく。





『ゴガォォン!』


 これはなかなか良いのではないか。最初より優しくなった気がする。

 キリがないし、これを『こんにちは』ということにしよう。


---------------これでヨシとするよ。


《そうですね。しっかり覚えておきます》


 人間に会ったらまずはこれ。


『ゴガォォン!』


 何度も繰り返せば、賢い人間ならきっと理解してくれるはず。

 その辺りは他力本願だ。





 続いて、感謝の気持ち『ありがとう』

 感謝の気持ちは大事だからね。

 よし、言ってみよう。


『ピギャアアアン!』


 うん?! 『ありがとう』はこうなるのか。

 何だか苦しんでるみたいな鳴き声で、感謝の気持ちではないような気がする。もう少し練習してみよう。


『ピヤアアアン!』


 かなり良くなったのではないだろうか。これでいこう。

 人間が親切にしてくれた時にはこれ。


『ピヤアアアン!』


 もっとも親切にされることなどあるのだろうか。





 あともう一つ。

 攻撃された時には『やめなさい』

 これは絶対に言いたいと思う。どうしても遺憾の意を伝えたい。

 さて、どんな感じの発声になるのだろうか。


『グルグガガアアン!』


 なるほど、こうなるのか。これはこれでヨシとしよう。

 攻撃された時なんて落ち着いて発声してられないし。とっさに出るだろうから、最初に発声したこれが良い。

 攻撃された時は遺憾の意『やめなさい』


『グルグガガアアン!』


 こればかり使うことになる気がするな。





 単語はこの3つだけにしよう。どうせ細かいことまで伝わらないだろうし。


 まず挨拶『ゴガォォン!』(こんにちは)

 感謝の気持ち『ピヤアアアン!』(ありがとう)

 遺憾の意『グルグガガアアン!』(やめなさい)


 遺憾の意には、尻尾を上下に叩きつけるアクションを付け加えよう。帰る時には手を振るイメージで左右に尻尾を振るアクションを付けてみる。

 人間に対してこれだけを繰り返し伝えてみよう。


 前回の攻撃では頭ばかりを狙われた。

 弱点がわかっていたということは、僕らのことを調べているはずだ。同じ行動を何度も繰り返していれば、いつか何かを感じてくれるかもしれない。それに期待するぐらいしか今は思いつかない。


---------------ニノ、頑張ろうね。


《はい。頑張りましょう》


 明日から“こんにちは作戦”を開始する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る