2.第一話 1/灰空瑠宇と手のかかる3人のチームメンバー
《
思うがままに行動し、好き勝手に暴れまわる。
他人の言うことには耳を貸さず、自分のやりたいようにしか行動しない。
──それが《覚醒者》という『非日常』における妃泉真白の姿である。
「それで? なんだよ、偽世界事件を片付けた後に、わざわざアジトに連れてきてまで話があるっていうのは?」
不遜な態度でこちらを睨んでくるのは、黒髪をなびかせた見目麗しい美少女。
その所作一つ一つにはどことなく気品すら感じるも、今は椅子に寄りかかるようにしてふんぞり返り、こちらに見下すような瞳を向けてくる。
「今日の遊びは終わったんだ。私はさっさと帰りたいんだよ」
これほどまでの美少女に不機嫌さを向けられたら、気の弱い人間なら萎縮して言いなりになるか、心が折れて押し黙ってしまっても仕方はないだろう。
だが残念ながら、俺はそんな繊細な心は持ち合わせていない。
「それでもこうして付いてきたってことは、俺が言いたいことが分かっているんじゃないのか?」
「もったいぶった言い方するなよ、
今日の真白はいつにも増して高圧的で、誰の目から見ても不機嫌なのがよく分かる。
場所は、覚醒者クラン『
『B.E.』のアジトは、
高い塀で囲まれ、入口の鉄柵には「立入禁止」の文字。夕日の中で不気味に映え、カラスの鳴き声が似合う怪しい建物だが、中に入れば、そこは整理整頓された快適空間。
そんなアジトの一室が、俺たちチーム
備え付けの備品として、テーブルとイス、壁際にロッカー、ホワイトボードがあり、最近購入されたソファも1つ置いてある。
「流石に今日のはやり過ぎだ。少しは自重しろ」
「知らねぇな。最初から言っているだろ。私は好き勝手にやるってな」
そんなチームルームにて現在行われているのは、チームリーダーである俺こと
先ほどウチのチーム4人で対応した偽世界事件は、《偽世界》から意識を失った被害者を
被害者を材料に作られた《偽世界》は、そこに通じる『穴』と共に消失したのを確認した。
救い出した被害者もカリバーンエージェントであるピエロなオッサンに引き渡したことで、見事完遂することができた。
ただその最中、襲い来る《偽獣》相手に暴れる手が止まらなくなった真白は、いつまで経っても戦いを止めようとしなかった。
最終的には、文字通り首根っこを掴んで引き摺って帰ってきたくらいだ。
「今日の真白ちゃん。絶好調だったからな〜」
「いつも以上に荒々しかったですね」
近くの椅子に腰かけ、俺たちのやり取りを見ながら話をしているのは、残りのチームメンバーである
2人は俺たちのやり取りを横目にペチャクチャ喋っている。
「それにしても瑠宇って、真白ちゃんに説教したりするんですね。なんだか新鮮に見えるんですけど、こういうことって結構あるんですか、献先輩?」
帽子とマスクが特徴的な雉子優良希は、最近チームに入った新参者。
覚醒者歴は3ヶ月ほどの新人ではあるが、《覚醒者》の重要な能力である《偽装》において『魔法』再現という、これまで誰もできなかった偉業を達成してみせた、俗にいう天才だ(ただ本人はそう評価されることをとにかく嫌っている)。
ついでに極度の人見知り。あとおそらく不登校児(今年の春から高校1年生のはずだが、学校に行っている気配を感じられない)。
最近は、チームメンバーである献と真白とも徐々に打ち解け、普通に話せるようになってきており、年上の真白のことを「真白ちゃん」呼ばわりし始めるなど、謎の積極性も見受けられる。
そんな雉子に「献先輩」と呼ばれた、一見すればゆるふわな眼鏡女子が首を傾げる。
「ここまでのものは、私もあまり見たことがありませんね。基本的に瑠宇クンは真白さんのことは放任していますし、指示を出すより自分が合わせた方が手っ取り早いと思っている節がありますから」
「ならこの説教の意味は?」
「たぶん何かしらのパフォーマンスではないでしょうか?」
「パフォーマンス、ですか?」
「瑠宇クンは普段から周囲に対してぶっきらぼうな態度を取っているように見えて、実は他人の心境の変化にかなり敏感です。きっと私たちには分からない真白さんの何かが見えていて、それをどうにかするつもりなのだと思いますよ」
「流石は献先輩。瑠宇の解説をさせたら右に出る者はいませんね!」
「伊達にストーカーしてませんから」
自らそう自白する(というかむしろ宣言している)犯罪者予備軍というか歴とした犯罪者の名前が、狛芽献。
そんな献と俺は、《覚醒者》という『非日常』においてはこうして同じチームを組む仲間であるだけでなく、『日常』においても同じ高校に通う高校2年生の同級生でもある。
覚醒者歴も1年と俺に次いで長い。
そんな献に対して俺は、ストーカーであることを差し引いても、若干の苦手意識を持っている。献が俺のことを事あるごとに分析してくるからだ。しかもそれがあながち間違っていないから始末が悪い。
ちなみにそんな話をしている2人の会話は、俺に聞こえているくらいなので、当然目の前に座っている真白にも筒抜けだ。
「それでどうなんだよ、瑠宇助? こんな私に何か言いたいことでもあるのかよ」
真白は妙に警戒心が強くなっていた。明かにそこにいる2人のせいだ。正直やり辛いというか、コイツら、超邪魔なんですけど。
そんな不機嫌そうな真白を前にして、思わずため息を吐く俺は、首の右側に手を当てる。
「別に深い意味はない。単に真白にはもうちょっと協力してほしいんだよ」
「どういう風の吹き回しだよ? 今までそんなこと、口にしたこともなかったじゃねぇか」
「いや、言ったことあるけど? それなりの回数」
「知らない、覚えてないから」
真顔で指摘する俺に、真白がそっぽを向いた。
「とにかくだ。これまでは俺と献、真白の3人でやってきて、その辺はなあなあでもやれていた。だけど新しいチームメンバーも加わったことだし、そろそろチームとしてのまとまりが欲しいと思ってるんだよ」
「知ったことかよ。私はやりたいようにしかやるつもりはない」
「そこを頼むよ」
「絶対に嫌だ」
意固地な態度を崩す気配がない。そんな予想通りの相手の反応に、俺は表情を伏せる。
「……正直さ、このチームのリーダーやっててしんどいんだわ」
いきなり凹み出した俺に、真白はちょっと慌て始めた。
「な、なんだよ、瑠宇助。急に重たい空気出しやがって」
「まず唯一の前衛アタッカーである真白、お前の遅刻癖がヒドイ。担当になった偽世界事件にいざ対応しようと思っても、真白が来るか来ないか分からないから計画を立てようがない。来たら来たでこっちの言うことを聞かないから常に行き当たりばったり。せめてそれくらいは改善してほしいんだが?」
そんな俺の真摯な物言いに、真白は先程までのオラついた姿勢を正すと俺の目を見てこう言った。
「瑠宇助。そもそも前提条件が間違っている。私はこれまで遅刻したことはない」
真白は真顔で真っ直ぐな瞳で言い切った。
「だからお前はどうして毎回毎回そう言い張るんだよ! 明らかに嘘じゃねぇか!」
キレ気味に吠える俺の前で、真白は態度を崩さない。
「私は嘘も吐いたことがない」
「だからなんなんだよ、その変な言いがかりみたいなのは! なんのこだわり!? だいたい今日だって集合時間から1時間以上遅刻して、俺たちが偽世界探索を終えて被害者を『繭』から引っ張り出す直前にやってきたじゃねぇか! 明らかに遅刻だろうが!」
「大事な場面に間に合ったから遅刻してない」
「その理屈がおかしんだよ!」
「アレだよ、アレ。こう……なんていうか……あっ、そうそう、ピンチを見計らって登場みたいな演出みたいな?」
「『あっ、そうそう』って言っちゃってんじゃねぇか、あと『みたいな、みたいな?』じゃねぇから!」
「とにかくだ、瑠宇助。私が好き勝手やっていることは認めるが、改善するつもりはない。そして遅刻はしていない」
「だからなんでそれを真顔で堂々と宣言できるんだよ! なんでブレないんだよ! しょうもないこだわり見せやがって! そういう部分をどうにかしない限り、お前はウチのチームの問題児1号なんだよ!」
「ああそうだな。私は問題児だな。だからなんだ?」
「ホントね! 指を差されようが、問題児呼ばわりされようがまったく動じないし! ホントたくましいですよね、真白さん!」
「まあ……それが私のいいところみたいな」
「なに恥ずかしがって照れてんだよ! 褒めてねぇから! モジモジすんな!」
見てくれがいいからそういう仕草無駄に可愛いんだよ、お前は!
「とにかくだ! 真白、お前は自他共に認める問題児だ。……だがな、ウチのチームの問題児は真白だけじゃないんだよ。……ウチのチームには献がいる」
そんな絞り出すような俺の声に、真白がなんとなく視線を逸らす。
「まあ、おコマに関しては、その……頑張れ」
同情された。素直に同情された。
「献先輩、あんなこと言われてますよ」
「それだけ瑠宇クンが私のことを気にしてくれているということですね。嬉しい限りです」
にこやかに笑う献。
ホントね。どうやったらこの
「とにかく俺はそんな2人相手に頑張ってきた。自分で自分を褒めてやりたいくらいだ」
「瑠宇助、自意識過剰」
「瑠宇クン、もうちょっと自己分析した方がいいと思いますよ」
エグイんですよ。ホントこの2人エグイんですよ。
「……まあ俺のことはいったん措いておくとして、そんな俺たちチームAshに新たなメンバーが加わったわけだ」
「なんだ? 雉子のこともボロクソに言うつもりか?」
ニヤニヤ笑う真白の言葉を聞き、チラリとそちらと見たら、献と一緒にこちらを観戦している雉子と目が合った。
すると突如身構え、「やるのかコンチクショウ」と目で訴えかけてくる。
「雉子は期待の新人だ」
俺と目が合う雉子が「へっ?」と変な声で鳴いた。
「直向きに努力する姿は素直に称賛に値する。興味を持ったことに取り組む姿勢は見習うべきことも多い。その結果、雉子が手にした『魔法』という力は素晴らしいの一言だ」
言葉を並べる俺の視線の先で、雉子が恥ずかしそうにあたふたしている。
「よかったですね、優良希さん。瑠宇クンに褒められて」
「そ、そんなことないですよ。えへ、えへへへ」
そして俺は再び真白に目を向ける。
「そんな不登校児魔法使いのお守りまで加わって、俺はもう一杯いっぱいだ」
途端に雉子の変な笑みが固まった。そして無言で立ち上がった。
「とにかくこんなお前たちと一緒に行動するのはしんどい……」
げし、げしげし。
「その負担を減らすためには、もうちょっと協力を……」
げし、げし、げし。
「だからつまり……」
げしげしげし。
「あーもう、今こっちで話してんだから、無言で近づいてきて、人の足に蹴り入れ続けるのやめろ!」
「だって瑠宇がイジワルしたんだもん! さっきのわざとでしょ! わざと上げて落としたでしょ!」
「ぷんすか」とむくれる雉子が、わざわざ人の傍までやってきて無言で蹴りを入れ続けながら、俺を睨む。
「真実だろ! 違うっていうなら反論してみろ!」
「むーっ」
頬を膨らまして不機嫌そうな雉子に、俺は頬をひく付かせる。
「そういうところだよ、そういうところ。そうやって不機嫌な顔したら、俺がお前の心を盗み見て、なんでも察してくれるって思ってるだろ? そういう横着しようとすんな」
「そ、そんなこと思ってないもん!」
「目を逸らすな! ごまかしも下手か!」
「瑠宇のイジワル!」
「はいはい、優良希さん。瑠宇クンは今大事な話をしてるので、あちらに行きましょうね」
そうして献に優しく引っ張られていく雉子から、改めて真白に視線を戻す。
「とにかく俺はこんな労働環境を改善したいんだよ。だからもうちょっと協力してくれ」
そんな俺の真摯な頼みを聞いて真白は大きく頷いた。
「絶対に嫌だ」
胸を張って堂々と拒否された。
「こんなに俺が困っているっていうのに! 助けてくれないとはお前は鬼か! 悪魔か!」
「むしろそんな瑠宇助を見るのは超楽しい。『いえーい、ざまーぁ』と思っている」
「テメェ、覚えていろよ!」
「忘れたー、もう忘れたー」
歯をむき出しにして怒る俺とゲラゲラと笑う真白。
その様子を見ていた雉子が何かに気付く。
「献先輩。なんだか真白ちゃんの機嫌、良くなってませんか?」
「しっ、ですよ。雉子さん。それは内緒」
微かに聞こえてきた話し声は、どうやら「ゲラゲラ」と笑っている性悪お嬢様には聞こえなかったようだ。
「せいぜい頑張ってくれよ、リーダー」
「もういい。真白には頼まねぇよ」
「まあまあそう言うなって。私も鬼でも悪魔でもないからな。瑠宇助の誠意次第じゃ聞いてやるかもしれねぇぞ」
席を立って、わざわざこちらまでやってきた真白が俺の肩に手をのせる。
「とりあえずのどが渇いたから飲み物買ってこい、瑠宇助。いつものヤツな」
「人をパシリに使おうとしやがって! ……ったく、分かったよ! 買ってくればいんだろ! 買ってくれば!」
仕方なく席から立ち上がった俺は、そのまま部屋を出てアジトの廊下を歩く。
向かった先はアジトの玄関ホールにある自販機コーナー。
目的の飲み物を探していると、誰かが近づいてくる気配があった。
「流石といったところですね」
聞き慣れた声にそちらを見ると献が立っていた。
「何しにきた?」
「あっ、私はそのお茶で。あと優良希さんはオレンジジュースだそうです」
「
「荷物持ちのお手伝いにきただけです」
「……そういうことにしておいてやる」
ボタンを押してスマホを翳すを4回繰り返し、人数分の飲み物を購入。
自分のコーヒー以外は献に押し付け歩き出す。
「ところで、さっきのアレにはどういう意味があるんですか?」
隣を歩く献が尋ねてくる。
「アレって?」
「真白さんの機嫌を良くした理由が知りたいなと思いまして」
「チームの空気を改善しようとする、俺の偉い行動だ」
「それはそうですが、今やる意味が分からなくて」
「……」
「これが事前準備なら、まだ分かります。事に当たる前にチームの士気を高めて任務に挑む。でも私たちは、つい先ほど担当していた偽世界事件を終えたばかりです」
「アフターケアってことでいいんじゃないか?」
「確かに今日の真白さんは私や優良希さんから見ても明らかに機嫌が悪かったです。でもそれは別に今日の偽世界事件で何かがあったからではなく、最初から不機嫌でした」
「要は俺の行いについては、アフターケアという言葉は不適切であり該当しないと言いたいわけか」
「真白さんの機嫌は、放っておいたって一晩寝れば治っているかもしれません。現にこれまでだって真白さんが機嫌悪そうにしていることは何度もありました」
「つまり何が言いたいんだ?」
「なんで今回に限って瑠宇クンはそんなことをしたのでしょうか? ……いえ、今回だけではないかもしれませんね。今回、私がたまたま気付いた、瑠宇クンの真白さんに対するケアの真意はどこにあるのかなと」
そう自分の意見を並べた献に向かって俺はそっけなく答える。
「単なる気まぐれだ」
「そうですか、秘密ですか」
どことなく楽しそうに口元を緩める献が、俺の顔をジッと見てくる。
「……なんだよ?」
「いえ、瑠宇クンには一体何が見えているのかなと思いまして」
そう口にした献は、視線を前に戻しながら続ける。
「私たち《覚醒者》は普通の人には見えない偽世界事件と戦っています。それはきっと私たちにしか気付けなくて、私たちにしかどうにかできないことだからです」
「……」
「だったらそんな私たち《覚醒者》にも見えない、他人の心を盗み見ることができる瑠宇クンには、いったい何が見えて、どんなことをしているんでしょうね?」
そんな献の言う通り、俺は普通の人間より、他人のことが良く見える。
理由はほんの3年前に殺されかけて死にきれなかった結果、奇妙な後遺症が残ってしまったためだ。
その結果、俺は他人の心を盗み見ることができるようになった。
「そんなに俺が何をやっているのか知りたいか?」
自身のストーカーに尋ねると、当のストーカーが「うふふ」と笑う。
「知りたいですけど、教えてほしいわけではありません。ああでも、もし瑠宇クンが私に聞いてほしいというなら話は別です」
そうして献が俺の耳元で囁く。
「もしそうしたくなったら、私と瑠宇クンの2人きり、誰もいない場所で、私にだけこっそり教えてください」
くすぐったくなるような言葉を囁く献に向かって、肩をすくめてこう返す。
「忘れなかったら覚えておくよ」
「そうしてください。……というわけで、私はこれまでと変わらず、こっそり暴くことを心掛けます」
「なんで、こっそりなんだ?」
「瑠宇クンの秘密を知るのは私だけで十分ですから。それに暴いたことを瑠宇クンにすら悟らせず、ひとり満足するのも乙なモノだと思いませんか?」
献が口にしたシチュエーションを想像してみて、思うことはただ1つ。
「……分かっていたけど、献。お前ってなかなかにヤバいヤツだよな」
「瑠宇クンと並び立つために日夜努力していますから」
いや、俺なんてとっくのとうに抜き去って独走状態だと思うんですけど。
そんなやり取りをしながらチームルームに戻った俺と献は、意外な来客に目を見開いた。
「よう」
どこか緊張した面持ちの真白と、そんな真白の背中に隠れる雉子と対峙していたのは、俺たちが所属する『B.E.』のクランマスター・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます