2.第一話 2/クランマスター真鏡焔から指令
「思ったんだが、お前たちって典型的な家族構成しているよな」
ソファにふんぞり返る
「なんですか、家族構成って?」
「そのままの意味だよ。お前たちを見てたら、よく映画とかでありそうな家族配役に当てはめられると思ってな」
なんとなく顔を見合わせる俺たち4人。
そんな中、
「ちなみに焔さん。もしそうなった場合、いったい誰が母親役になるのでしょうか? 具体的には誰が父親役の配偶者に見えるのかが、私としてはとても気になるのですが」
「……
朗らかな笑顔で焔さんに詰め寄る献の目は血走っていて、若干鼻息が荒い。
「まあ確かにちょっと気になるかも」
「なんとなく想像は付くけどな」
「母親役は決まっている」
そして焔さんは、俺たちの中の1人を指差した。
「
「「「「はい?」」」」
献と雉子と真白だけでなく、予想外に指差された俺も変な声を出してしまった。
「えっ? 俺が……母親役なんすか?」
「ちなみに
そんな配役を聞き、なんとなく2人の姿を想像してみる。
台所に立つ母親(俺)が、リビングのソファでスマホを弄っている長女(真白)に注意するが、返事は「うるせぇ」しか返ってこない。そしてまだ幼い次女(雉子)は「ねぇお母さん、聞いて聞いて」ときゃっきゃしながら足に引っ付いてくる。
「……ぴったりだな」
「ぴったりじゃねぇよ!」「ぴったりじゃないもん!」
思わず声が漏れた俺に対して、2人が掴みかかる勢いで迫ってくる。
「誰が反抗期の長女だ!」
「わ、私、幼稚園児じゃないもん!」
「俺に文句を言うな。言い出したのは焔さんだ」
「でも!」
「だって!」
「ほらそういう、とりあえず灰空にワガママ言うところとか。それがなんだか家で母親に構ってほしい娘のそれに見えるんだよな」
焔さんの指摘に2人が押し黙り、悔しそうにやっぱり俺を睨んでくる。
そんな中、ひとり蚊帳の外にされ、呆然と佇んでいた献が、ここでようやく口を開いた。
「つまり、私が父親ということですね!」
献はやや興奮した面持ちで焔さんに食いつく。
「ま、まあ、そうだな。その、アレだ。とりあえず家で家族のことをニコニコしながら見ているだけの人畜無害というか、何の役にも立っていない父親な」
想像してみる。
いつも俺たち(母親と娘2人)のやり取りを、ニコニコしながら眺めているだけで一切口を挟んでこない父親(献)。
……それって普段、俺と雉子や真白のやり取りをニコニコしながら見ている献となんら変わらないのではないだろうか?
「マジか! バッチリ合ってやがる!」
思いのほか的確な配役に、思わず驚愕してしまう。
こうして俺たちチーム
「最高ですね、皆さん」
「納得できねぇ!」「異議アリ!」
目を輝かす父親(献)に、食って掛かる娘たち2人(真白・雉子)。
「だいたいおコマ! お前父親だぞ! 性別逆にされて、しかもオッサンにされてんだぞ! 悔しくないのかよ、女子高生として!」
思春期女子の正論パンチを繰り出す、真白の一撃。
「
だがそんな一撃を顔面に食らっても微動だにしない中年オッサン役の女子高生。
「配偶者って……そうかもしれないが男にされてオッサンだぞ!」
「おしべとめしべが逆になっただけじゃないですか。私にとって性別なんて所詮は記号でしかありません。瑠宇クンの隣にいられるなら私はまったく気にしませんよ」
微笑む献に、たじろぐ真白。
というかなんだか献が人として大きく見える。
何を言われようと自分の価値観を曲げず、人の繋がり・愛の形について説いてみせるその姿からは貫禄すら感じる。
なんだか不思議。献のことがちょっとカッコよく見えてきたんだけど?
……まあそういった感想を持てるとしたら、それはあくまで俺自身が関係なかったからの話だけどね。勝手に性別変えられて、しかも何をやってもストーカーから逃げられないという事実を突きつけられている身の上としては正直勘弁してほしいです。
「それに私は情けない父親ですが、それはあくまでも普段の話です」
自分の胸に手を置き、そう語る献はなんだか配役になりきっている。
「いざって時は頼りになる父親だって言いたいのか?」
そんな俺の質問に、献は愛らしく微笑む。
「普段は頼りない夫ですが、ベッドの上では亭主関白でいこうと思います」
「……」
なんだかエグイ追加設定を言い出した。
「普段は奥さんの尻に敷かれていますが、ベッドの上では奥さんの尻を叩いています」
「さらに生々しい描写をぶち込んできやがった」
「ぶっちゃけ、女体化した瑠宇クンを想像してちょっと興奮しています」
献の暴走が止まらない。どうやら疑似家族設定がとんでもない怪物を生み出してしまったようだ。
これには娘たちもドン引きだ。
「おコマ、正直キモい」
「献先輩の言うことって、時々難しくてよく分からないです」
マジで引いている真白と、ちょっとよく分かっていない感じの雉子。
2人の反応がそれぞれの配役にあたる、年頃の娘のリアクションと年端も行かない幼女のリアクションとも合致している
そんなカオスな状況に、俺は冷静に告げた。
「……とりあえず、献。そういうこと言うのはやめろ」
「恥ずかしがるなよ、母さん!」
リアクションまで中年オッサンのそれと化した変態メガネ女の口を、俺は強制的に塞ぐことにしたのだった。
閑話休題。
「それで焔さん。俺たちを呼び出すんじゃなくて、こうして出向いてもらったのは、別に楽しいお喋りをしにきたってわけじゃないですよね?」
献の口元に『喋るの禁止』と書かれたマスクを強引に付けて黙らせた俺は、改めてチームAshのルームにやってきたクランマスターに理由を尋ねた。
すると焔さんは、俺の目を見て、こう言った。
「『
「お断りします」
俺は即答した。
「詳細をまとめた資料については、後で
「だからお断りします」
「今回の|偽世界事件が発覚したのは3日前……」
ダメだ。このクランマスターは俺の意見聞く気が全然ねぇ。
そんな俺の服をクイクイ引っ張ったのは、次女の幼稚園児……じゃなくて雉子。
「ねぇねぇ、瑠宇。なんでそんなに嫌がってんの?」
「焔さんの今の話の入り方を聞いただろ? 『新しい偽世界事件をやれ』じゃなくて『引き継げ』って言ったんだ」
「……ああ確かにそうだったかも」
「これがどういう意味だか分かるか? つまり他のチームが降参した何かメンドクサイ偽世界事件ってことだ」
「あー、なるほど」
「しかも焔さんがわざわざ出向いてきたんだ。絶対に面倒事に……」
そこで「バン!!」とテーブルが思いっきり叩かれた。
「人が説明している時にくっ
ウチのクランマスターの本気の睨みに、俺は背筋を伸ばして押し黙り、雉子は人の背中に隠れてカタカタし始めた。
「すみません、焔さん。もう一度お願いします」
そうして改めて概要を説明してくれた焔さんの話を要約するとこうだ。
3日前、『B.E.』のナワバリである森浜市北区内で新たな『穴』を発見、偽世界事件の発生が確認された。
クランマスターである焔さんは、他の偽世界事件同様にクラン所属チームの中から担当チームを決定。
事件の担当になったのはチームTの
新人研修を終え、そのまま『B.E.』に残ることになった
そして調査の結果、とある問題が発生したのだそうだ。
「なんですか、問題って?」
「被害者がいないんだそうだ」
焔さんが口にした問題点に俺たちは顔を見合わせる。
森浜市の裏側に存在する《虚無》と呼ばれる空間。
その中に《偽世界》が生まれる仕組みは至ってシンプルだ。
《
その際、被害者は『繭』と呼ばれる安置装置の中で眠り続け、文字通り《偽世界》を維持するための人柱として守られる。
つまりどの《偽世界》にも必ず1人、『繭』に囚われた被害者がいる。
1人の被害者によって生み出されるのは1つの《偽世界》。だからこそ、俺たちが被害者を助け出せば、中核を失った《偽世界》はおのずと崩壊することになる。
つまり《偽世界》である以上、被害者が存在しないなんてことはありえない。
と、そこまで考えたところで、ようやく気付く。
「焔さん、今の発言は語弊があるんじゃないんですか? それって要は被害者がいないんじゃなくて、どれだけ探しても被害者が囚われている『繭』が見つからないってことじゃないんですか?」
俺の指摘に、焔さんが楽しそうに嗤う。
「たしかにそうとも言うな」
「まぎらわしい言い方しないでください」
「やる気の出ない連中にやる気を出させようと、ちょっと外連味を盛っただけだ」
「それで誰がやる気になるんですか」
「……なんだ、つまんないの」
背中の方からそんな声が聞こえてきた。どうやらしっかり興味を惹かれた子(幼稚園児)がいたらしい。
そんな俺たちに向かって焔さんは続ける。
「当然、田中たちもやることはやったそうだ。チームTの4人で2日かけて《偽世界》を隅から隅までじっくり探した。それでも繭がどこにも見当たらない。だから今日になって臨時でソロ覚醒者を雇って大々的な調査までしたそうだ。だがやはり発見できなかった。この状況に、事態を重く見た田中からさっき相談を受けてな。この偽世界事件をチームTから引き取ることにした」
「それでお鉢が回ってきたのがウチってことですか」
経緯は分かった。
と、ここで「キュッキュ」と音が聞こえてきた。
何かと思ったら、マスクをされて喋らないようにしてる献がホワイトボードに何か書いていた。
『奇妙! 被害者のいない偽世界事件は実在した!』
妙な煽り文句を書き始めた献。どうやら盛り上げようとしているらしい。
いや、そんなので盛り上がるヤツなんて……。
「いいですね、献先輩! なんだかとってもワクワクしてきました!」
いや、いたね。そういうのに目を輝かせる子がウチのチームに。
『チームAsh、出動! 謎に迫る!』
出会った当初も秘密結社って言葉で興奮していた雉子は、どうにもこの手の話が好きなようで、嬉々としてペンを手にしてホワイトボードに書き始めた。
そんなホワイトボードに落書きを始めた2人を無視して、焔さんに質問する。
「焔さんの意見としても見落としはないと?」
「ないだろうな。何せ田中だからな」
「そうですよね、田中ですもんね」
見た目はどこにでもいそうな平凡な高校生。しかして中身は誠実さと真面目が取柄な好青年、その名も田中。
そんな田中の仕事に見落としはないだろう。
「つまり、この偽世界事件は特殊偽世界事件ってことですか」
「私はそう考えている」
そんな俺たちの話を聞いていた雉子が、一緒に落書きしている献に尋ねる。
「献先輩。特殊偽世界事件っていうのはなんでしょうか?」
雉子の質問に、献が雉子の耳元で「こしょこしょ」と何かを伝えている。
「ふむふむ、通常の事件と比較して何かしら特殊な事象が含まれる偽世界事件のことなんですね」
頷く雉子に少し補足しておく。
「事例は様々だが、分かりやすいところで言えば、強力な偽獣が出現したケース。《偽世界》の環境が非常に悪く、滞在時間が極端に制限されたケース。そういったイレギュラーが絡んでいる偽世界事件の総称だな」
「なるほど、そのまんまだね。もっとカッコイイ名前つければいいのに」
「だそうですよ、焔さん」
焔さんが雉子をギロリと見る。そして雉子が献の背中に隠れてカタカタ震え出す。
「ご、ご、ごめんなさい。ま、ま、
「いや、私が付けたわけじゃねぇし。というか、なんで私に振るんだよ、灰空」
「そういう名称は元々あったものだからな。もし気に入らなくて変えたいなら、クランマスター通してカリバーンやら他のクラン全てとのすり合わせが必要だ。だから今後そういうクレームについては、全て焔さんに直接言うように」
「な、ないない! ないないです! 今のままでいいです!」
献の背中から必死に訴えかける雉子の姿に、釈然としない表情を浮かべる焔さん。
「……何もしてないのにあれだけビビられるのも心外なんだが?」
「雉子はああいう生物だと思ってください」
そんな人見知り園児だが、好奇心だけは人一倍のようで、献の背中からこっそり顔を出して俺に聞いてくる。
「それでさ、瑠宇。その特殊偽世界事件ってやっぱり難しいの?」
「一概には言えないが、ざっくり喩えるなら、普通の偽世界事件の難易度が★1なら特殊偽世界事件は★3ってところかな?」
「なるほど」と納得した様子の雉子は、ホワイトボードに★マークを並べ始めた。
そしていつの間にか完成したホワイトボードを眺めて満足そうな笑みを浮かべる。
「面白そうな偽世界事件だね!」
「面白くない。めんどくさいんだよ」
そんな俺たちのやり取りを見て、これ以上話すこともないと思ったのだろう。
焔さんがソファから腰を上げた。
「じゃあ、そういうことで頼んだぞ」
「焔さん。拒否したいんですけど」
最後までそう訴え続ける俺に対して、焔さんがイジワルそうな笑みを浮かべる。
「なんだ灰空。クラン『B.E.』の唯一のルールを忘れたのか?」
そう尋ねられたら、こう答えるしかない。
「クランマスターの命令は絶対です」
「他に質問は?」
「ありません」
俺の返事に満足したらしい焔さんは、そのまま俺たちのチームルームから出ていった。
「あーもう、さっき担当してた偽世界事件が終わったばかりなのに、また面倒そうなのが回ってきたな」
「でもさ、クランのトップから直々の特別任務って、なんだか燃えるシチュエーションだよね!」
頭を抱えたい気分の俺とは真逆に、なんとも楽しそうに笑う、雉子。
「……まあ、こうなった以上やるしかないな。……しかも今回は時間もかけられそうにないし、明日からさっそく取り掛かるぞ」
そう他の3人を見回した直後だった。
「あー、そのことなんだけど……」
「? なんだよ、真白」
「用事があって……私はしばらく参加できない」
珍しく神妙な面持ちの真白の申告に、雉子が驚いた表情をする。
「えっ、そうなの?」
どうにも気まずそうに目を逸らす真白。
そんな真白をジッと見て、俺は頷いた。
「分かった。こっちは適当にやっておくから気にするな」
「その……なんというか悪い」
まさかの謝罪を口にした真白に、雉子と献が驚いた表情を浮かべる。
だからこそ、俺は思いっきり口角を吊り上げた。
「おやおや? 真白さんでも悪いと思うことなんてあるんですな。こりゃ明日は季節外れの大雪かな?」
「べ、別に悪いなんて思ってない! ただ最低限の筋くらいは通した方がいいと思ったから言っただけだ!」
そんな真白に言ってやる。
「折角筋を通してもらったところ悪いが、いつも遅刻ばっかりで来るか来ないか分からないヤツのことなんて、いちいち勘定に入れてないから安心しろ」
そんな俺の挑発染みた言葉を聞いた真白は口をへの字に曲げて怒りを爆発させる。
「ふん! 私がいなくて後悔するなよ! 瑠宇助のアホ!」
真白お嬢様らしからぬ、なんとも幼稚な捨て台詞を残し、部屋を出ていってしまった。
そうして静かになったチームルームの中で、雉子がポツリと呟く。
「……なんだか今日の真白ちゃん、やっぱりちょっと変だった気がする」
「そうか? いつもあんなものだろ?」
「学校で何かあったのかな?」
「さあな」
気のない返事をしながら、自分も帰り支度を始める。
「私さ、真白ちゃんのことをほとんど知らないんだけど、瑠宇たちは知ってるの?」
「別に。あんまり興味ないし」
俺が口にした言葉に同意するように、献も「そうですね」と頷く。
「同じチームなのに?」
「《覚醒者》として同じチームだからなんなんだ?」
そう俺が尋ね返したら、雉子が口を閉じた。
「俺たちは《覚醒者》という『非日常』でたまたま同じチームになっただけ。それ以上でもそれ以下でもない。相手が『日常』でどういう生き方をしているかなんてことを知って、お前は態度を変えるのか?」
そう尋ねたら、雉子は何も言い返してこなかった。
「……そうだよね。その通りだ」
ただどこか達観したような面持ちで、そう納得していた。
何を考えているかなんてジッと見なくても分かる。
結局のところ、これまで他人との距離感で一番痛い目に遭ってきたのは、誰でもない雉子本人なのだから。
「きゅきゅ」と音が聞こえてきたので、そちらを見た。
見るとマスクを付けた献がホワイトボードに『真白さんは不参加』と書き込んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます