1.第一話 4/雉子優良希と偽世界対策組織カリバーン
私と呱々乃さんが後部座席に乗ると、車は静かに走り出す。
「……あの、この車はどこへ?」
「『中央区』、うちの本部ビルがそこにあるから」
呱々乃さんが口にしたのは、この森浜市の中心地だった。
――《森浜市》。
私が住んでいる街は、かつては単なる一地方都市だった。
しかし10年前に始まった再開発を契機に、その様相は大きく様変わりしていくこととなる。
洗練された都市デザイン、外資系企業の参入など、世間的な注目も高まっていき、今では人口50万人が暮らす行政指定都市となっている。
森浜市内は、東西南北と中央の5つに区分けされており、再開発の象徴ともいうべきなのが『中央区』だ。
かつての街並みは完全に消え、今や完璧に整備され整えられた街並みだけが並んでいる。
「見えてきたよ、あのビルがウチの本部なんだ」
窓の外の景色を眺めながら数十分が経過した頃、中央区のさらに中心地へと近づいてきたところで、呱々乃さんがそう言った。
秘密結社の本部ビルは、『中央区』の一等地に堂々と
《カリバーン》が単なる名前だけの組織ではないということは、招かれた本部ビルから容易に察することができた。
表向きは海外の一流企業の名義になっており、セキュリティも厳重なそのビルこそが、秘密結社の本拠地であるらしい。
呱々乃さんの後ろに隠れるようにしてくっつきながら建物の中を進み、通された応接室もまた、海外ドラマなどに出てきそうな一流企業のまさにそれであり、単なる学生でしかない私は、完全に場違いに思えた。
「それじゃあ、話させてもらうね」
そうして呱々乃さんが私に語って聞かせてくれたのは、生まれてからずっと住んでいたこの街の裏で起こっていた、私が知らない出来事だった。
事の始まりは15年前。森浜市の裏側に《
そこから連綿と続く《覚醒者》たちと《
現実世界において単なる若者の行方不明として片づけられてしまう《偽世界事件》に対応すべく、《偽世界》へと渡り被害者たちを救出していく《覚醒者》たち。
さらに呱々乃さんは、《偽世界》の増大が行き着く先に発生する最悪のシナリオ『現実世界の崩壊』についても語ってくれた。
「だから私たちは今も戦っている」
――《偽世界戦争》。これは誰にも知られない戦いなのだと。
偽世界対策組織《カリバーン》は、元覚醒者たちによって結成された組織だそうだ。
《覚醒者》は一定の年齢に達すると《境界》を越えて《偽世界》へと渡る能力を失ってしまうらしい。
だからカリバーンは組織として、次の世代の《覚醒者》たちが戦える環境を整えてサポートしているとのこと。ちなみに現在の私たちが第三世代覚醒者、呱々乃さんたちエージェントは第二世代覚醒者に分類されるそうだ。
呱々乃さんの話を聞いて察することも多い。
森浜市全土を網羅する情報収集には警察などの行政機関の協力が伺えるし、《偽世界》から救出した被害者を収容する専属の病院を運営していることなどから、カリバーンはこの森浜市において、まさに秘密結社という肩書きに恥じない権力を有していることは容易に想像できる。
そんなカリバーンに登録されている第三世代覚醒者の数は、現在80名以上で、その数はさらに増加傾向にあるらしい。
パッと聞いただけでも多いと思ったが、呱々乃さんの説明ではそんなこともないそうだ。
「確かに《覚醒者》になる子は年々増えている。でもそれ以上に《偽世界事件》も増加傾向にあるの」
《偽世界》が原因で発生する若者の行方不明。
それは表向き「単なる家出」と一緒くたにされ、ネットの中で《神隠し》などと
だが実は、かなりの件数で発生しているらしい。
実際に自分が住んでいる街で起こっている奇妙な事件。
だけど本質が理解されていない故に、別の近しい出来事に分類され、大して騒がれもしない。
こうして全てを知ってしまえば「なんて
だけど同時に「十分ありえることだ」と納得も出来てしまう。
世界は不鮮明でも成立していて、何かが欠けていても問題なく巡り続けるという理不尽さを、私自身が身をもって理解しているからだ。
それが、この現実世界の正常なのだ。
「私たちは、発生し続ける《偽世界事件》によって引き起こされる全ての厄災を回避すべく戦っている。だからあなたのように《覚醒者》となって《偽世界》へ渡ることができる子たちには協力してほしいと思っているの」
私たち第三世代覚醒者の役割は、偽世界へ渡り被害者を救出すること。
それをサポートするのが《カリバーン》であり、その貢献に報いるだけの報酬も用意してくれているらしい。
カリバーンエージェントである呱々乃さんの口から、改めて第三世代覚醒者の立ち位置について説明を受けたが、それは私の想定とはだいぶ違った。
第三世代覚醒者たちは拒否権のない兵隊として使われているのかと思っていたが、そんなことはまったくなく、《覚醒者》本人たちの自主性に頼るスタンスであるとのこと。
このあたりについては、ウラが言っていた通りだった。
あくまで、どうするかの選択権はこちらにあるらしい。
それでも若い《覚醒者》に力を貸してほしいからこそ、《カリバーン》は報酬だけでなくあらゆるシステムと情報を駆使し、私たちが戦いやすい環境を整えてくれているらしい。
それらの説明を聞き、《カリバーン》の支援を受けて活動する第三世代覚醒者に対して、私が率直に思い描いたイメージはプレイヤーあるいはアルバイトだった。
一通りの説明を受けた後、最後に呱々乃さんから改めてお願いされた。
「よかったら、私たちと一緒に戦ってくれない?」
話だけでは分からないこともある。気になることもない訳ではない。
でもそれ以上に、今日
――それにまた会いたい相手もいるし。
だから私は、声を振り絞るようにして「はい」と答えた。
「ありがとう。これからよろしくね、
という訳で、私は覚醒者としての研修を受けることになった。
第三世代覚醒者たちは数人のチームを組んで《偽世界》へと渡り、調査と被害者の救出を行うのが主流であり、同じ理念や近しい発想を持ったグループが集まり出来たのが《クラン》というコミュニティだそうだ。
現在、カリバーンに公式認定された第三世代覚醒者のクランは5つあり、それぞれ森浜市内にナワバリ(担当エリア)があるとのこと。
呱々乃さんと話し合った結果、私は森浜市東区をナワバリとするクラン『
東区は、私が初めて『穴』を見つけた公園広場を含んだ地区である。
翌日から私の研修は始まった。
クラン『蒼森風夜』のメンバーはクランマスターの
そんな皆さんとともに、私は幾つかの《偽世界》へと渡り、覚醒者が生み出せる《
短い間に色んなことを体験し、私は急速に《覚醒者》になっていった。
――でもその中で、ずっと気になっていたのは、アイツのことだった。
ウラとは東区で出会った。だから東区の《覚醒者》であるはずだ。
だから『蒼森風夜』にいると思い、このクランを新人研修の場として選んだのだが、未だに顔を合わすことが出来ずにいた。
「あ、あの……ちょっとお聞きしたいんですが。浦覚倫太郎さんという方がいらっしゃると思うんですが?」
『蒼森風夜』で研修を受け初めてから一週間後。
ついに我慢できなくなった私は、恥ずかしいのを我慢して、私を指導してくれている師匠である
「……そんなヤツいたかな?」
そこから真智さんの計らいで、他の人たちにも話は広がっていったが、皆が首を傾げるばかり。もしかするとクランに所属していないソロ覚醒者の可能性があると、空海さんが主要メンバーを呼んで聞き回ってくれたが、誰にも思い当たる節がないらしい。
「……ちょっと待てよ。もしかして、それって」
そんな中、とある男性《覚醒者》さんが何かに気付いて、スマホを調べ始めた。
「……やっぱりそうだ」
その人は、なんとも言えない表情で、私にスマホの画面を見せてくれた。
結論から言うと、浦覚林太郎は『偽名』だった。
しかもその名前は18禁の鬼畜ゲー『首輪物語~鬼畜男と9人のぬぽぬぽ性奴隷~』の主人公キャラの名前だった。
どうやら私はお世話になっているクランメンバーに対して、鬼畜エロゲーの主人公はどこにいるのかと尋ねていたヤバイ女であったらしい。
それを知った瞬間、私はブチ切れた。
「あんのやろう!!!!」
私は吠えた。人見知りで、まだちゃんと話せたことのないクランメンバーばかりがいる中で、腹の底から吠えた。
腹が立った! めちゃくちゃ腹が立った! 本気で腹が立った! 生まれてこのかた、一番腹が立った!
何が腹立たしいって、私はちゃんと最後に本当の名前を明かしたのにも
「何が《俺たちは対等な関係条約》だぁぁぁぁ!」
……だけど、こうして《覚醒者》としての経験を積んでみてから改めて振り返ると、ウラの行動には不可解な点が多かった。
《覚醒者》は《偽世界》に渡る際、覚醒者専用アプリ『
それに、あの男の《偽装》についてもよく分からない。
本人曰く「《偽獣》を倒すの得意じゃない」とのことだが、そもそもそれがおかしな話だ。
《覚醒者》が《偽獣》を倒すために生み出す武器こそが《偽装》という能力なのだ。つまりあの男の言葉は論理的に
つまり嘘であった可能性が極めて高い。……まあ、あの男だったら「言わなかっただけ」とか言いそうだけど。
あの男は何者だったのか?
その正体が余計に気になった。
だから最終手段を取ることにした。
カリバーンエージェントである呱々乃さんに連絡を取り、「私を迎えに来るように言った《覚醒者》は誰だったのか」を尋ねたのだ。
しかし返ってきた答えは、私をさらに混乱させるものだった。
「それがよく分からないんだよね」
呱々乃さん曰く、当時、たまたま東区にいた呱々乃さんに本部から「新しく目覚めた《覚醒者》が見つかったので迎えに行くように」と連絡があったらしい。
現場を訪れ、私を見つけた呱々乃さんは指令に従い、私を本部へと招き、通常通りのガイダンスをしてくれたそうだ。
ただ色々と引っかかることもあったので個人的に調べてみたそうなのだが、結局、誰がどうやって《カリバーン》へ連絡を入れ、どのような経緯で呱々乃さん自身に命令が下りてきたか分からなかったそうだ。
「……」
こうして私がウラにたどり着く道は完全になくなってしまった。
いやむしろ、その存在すらあやふやになってしまった状況にゾッとしていた。
それは単なる偶然なのか? はたまた誰かの思惑が絡んだ情報操作なのか?
私が出会った浦覚倫太郎なる《覚醒者》は、本当に存在したのだろうか?
もしかした幽霊、あるいは幻だったなんてことは……
――そんなことは絶対にない!
あの男はいた! 絶対にいた! 人の心を見抜けるとかいう、不敵で怪しいあの男は絶対にいた!
そしてあの男は、ちょっと素直になった私に対して、とてつもなく恥ずかしい偽名という最悪の置き土産を残していきやがったのだ!
絶対に、絶対に、絶っっっ対に許せん!
いつか絶対に見つけ出す! そして絶対に殴る! グーだ! ぎゅーってしたグーでだ! 力いっぱい叩いてやる! 泣いて謝るまで絶対に許さん!
「お、落ち着きなって、優良希。ま、まあそういうこともあるって」
『蒼森風夜』のクランホーム(アジト)に戻ってきてまで
ちなみに「そんなことがあってたまるか!」と言い返したかったが、そこは
結局これがきっかけで、私はそれまで以上にクランの皆さんに目をかけてもらうことができた。
そして新人研修を終えた私は、クラン『蒼森風夜』に所属することになった。
皆さん、とってもいい人だった。本当に誰かの為に戦っている素敵な人たちだと思った。
――だからこそ、私はこの場所に馴染むことができなかった。
一ヶ月後、私はクラン『蒼森風夜』を辞めソロ覚醒者となり、これまでそうしてきたように、一人でいることを選んだ。
そしてあのふざけた男と偶然再会することになるのは、最初に出会ってから二ヶ月後のとある《偽世界》の中だった。
『第一話 おわり』
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