1.第一話 3/《神隠し》と声をかけてくれた理由
「もう信じられない! 死ぬかと思った!」
公園広場から離れて人気のない路地に入り、抱えていたラビを下ろした途端、彼女がカンカンに怒り出した。
「それだけ元気なら大丈夫だな」
スマホを取り出し操作する俺がそう言うと、ラビがキッと睨んでくる。
「あと、すっごく恥ずかしかった! いっぱい見られて嫌だった!」
先ほどまで一言も喋らず大人しかったのに、周囲に誰もいなくなったら感情爆発といった感じで、次から次へと文句が出てくる。
「ここであんまりガミガミ叫んでも人が寄ってくると思うけどな」
ニヤリと笑いながらそう指摘してやると、ラビは「むぐっ」と口を閉ざした。
なんとか落ち着いたらしいラビは、先ほどまでいた公園広場の方角に視線を向ける。
「ねぇ、ウラ。《
ラビの真剣な表情からの質問に対し、スマホ操作の片手間に口を開く。
「少し不思議な話になるが、『俺たちが住んでいる《森浜市》の裏側に実は特別な空間があります』って言ったら信じる?」
「これだけありえないことを立て続けに体験したんだから疑ってもしょうがないし、とりあえず信じるけど……。じゃあつまり、《偽世界》があるのは、どこか別の場所とかじゃなくて、この街の裏側にある特別な空間の中ってこと?」
「さすがラビ研究員。バッチリな推測だ。そして俺たち《覚醒者》にしか見えない『穴』が何かというと、それは本来決して交わることのない表と裏の境界にできた『穴』って訳だ」
俺の説明に「ふむふむ」と聞き入るラビに、俺は続ける。
「森浜市の裏側にある空間は《虚無》と呼ばれている。そこには本来何も存在せず、無数の悪しき概念だけが漂っているだけだそうだ。その悪しき概念を《
「それって確か《偽世界》にいた化け物だよね?」
俺は頷く。
「《偽獣》たちはある特別な材料を使うことで、本来何も存在しえない《虚無》の中に限定的な世界を作り出すことに成功した」
「それが、あの《偽世界》ってことか」
「あっち側でも少し話したが、《偽世界》は俺たちのいる表側にある様々なモノを模写して構築されている。《偽獣》たちもまた、奴らが作り出した《偽世界》の中にいるからこそ、ああして姿形を手に入れられている」
「あの狂暴そうな化け物の姿のことだね」
どうやら《偽世界》で自分に襲い掛かってきた《偽獣》のことを思い出しているらしい。
「でもそうなってくると、気になるのは《偽獣》たちが《偽世界》を作るのに必要になってくる特別な材料だよね」
「おっ、いい質問だ。ラビ研究員は聞き上手だな」
「そういうお世辞はいいから。その材料ってなんなの?」
「――人間」
目を見開くラビに対し、淡々と続ける。
「正確には俺たちくらいの若いヤツだ。それ一人だけであの規模の《偽世界》がまるまる一個出来ちまう」
「材料って……具体的にはどうするの? 殺して
「そこだけは良心的というべきかな。ずっと眠らせて繋ぎ止め、《偽世界》を構築維持する人柱として扱っているみたいだ」
「じゃあ、さっき私たちがいた《偽世界》のどこかにも、《偽獣》たちに囚われている子がいたってこと?」
「そういうこと」
と、ここで、ラビが腕を組んで思考を巡らせ始める。
「……もしかして《偽世界》ってさっきのアレ一つじゃないってこと?」
「察しがいいな。実は森浜市にはああいう『穴』が色んな場所にボコボコ開いていて、放っておけば増える一方だ」
そこまで話を聞いたラビは、「そうか」と手を叩く。
「つまりこれって《神隠し》だ」
いきなりラビの口から出てきた単語に、思わず
なぜならそれは確信を突く単語だったからだ。ここまでくると、流石すぎて苦笑しか出てこない。
「聞かせてくれよ」
「時々SNSとかでも見かけるけど、この森浜市って前から変な都市伝説があるんだよね。それが《神隠し》。若い子がある日ふらりといなくなって、数日したら発見される。でもその間に起こったことを覚えてはいない」
「若者が家出する体のいい理由、って説もあるけどな」
「でも違うんでしょ? いなくなった子たちは《偽世界》を作る材料にされている。それが真実」
「まあその通りだな」
「ずっと不思議だったんだよね。なんで森浜市だけそんな与太話が
一人「うんうん」と頷くラビ。だがそこで納得は終わらなかったようだ。
「でもさ、そうなると……続きがあるよね?」
「続き?」
「神隠しの特徴はいなくなるけど見つかる、だもの。この2つで1セット。いなくなるのは《偽獣》の仕業だけど見つかるのは誰の仕業なんだろうね?」
探るような視線だが、もうラビの中で答えは出ているんだろう。
「お察しの通り、俺たちみたいな《覚醒者》だよ」
一通り操作を終えたスマホを下ろし、人通りのある方に目を向ける。
「ラビも見ただろうけど、『穴』は普通の人間には見えもしないし触れもしない……いや、認知できていないといった方が正しいか。だから《神隠し》を解決できるとしたら、それを認知し、対応できる力を持った俺たち《覚醒者》しかいない」
「私がお昼に見た4人組の覚醒者たちは捕まった子を探しに行っていたって訳か。……でもあの様子だと、《覚醒者》の人たちって、割と組織的に動いている気がするんだよね。なんかそういうのってあったりするの?」
なるほど、この子は本物だ。
そこまで言い当てられたら、もはや言うべき言葉が出てこない。
「森浜市には、ラビや俺みたいにある日、突然《覚醒者》となったってヤツがそれなりにいる。そんな《覚醒者》たちが、いったいどんな環境でどんなことをしているのかっていうのは、直接《カリバーン》から聞いてもらった方がいいだろうな」
「? カリバーンって誰?」
「人じゃない組織。まあ、有り体に言えば『秘密結社』だな」
「秘密結社!」
「この森浜市で人知れず発生する《偽世界事件》に対応すべく密かに結成された組織で……って聞いている?」
聞いてなかった。
ラビは俯き、なんだからプルプルと体を震わせている。
「……あの、ラビさん?」
「秘密結社! そんなのがあるの!?」
「うおっ! びっくりした!」
まるでばね人形のような勢いで顔を近づけてきたラビ。その目は夢見る少女のようにキラキラと輝いていた。
「えっ? ここ日本だよ? 日本の地方都市だよ? 海外じゃないよ? 欧米とかじゃないんだよ? 自分が住んでいる街だよ? 私たちが住んでる街だよ!」
ラビのテンションが今日一でぶち上がっていた、こっちがちょっと引くくらいに。
「まあ、そのね……実はあったんですわ。キミが知らないだけで、僕たちが住んでいる、この街に」
「マジか!」
「信じるも信じないもあなた次第」
「そりゃあ信じるけどさ! ……えっ? 嘘! どうすればいいの! どうすれば接触できるの!? この街に隠された秘密の暗号を見つけて、解いていく感じ!?」
「……盛り上がっているところ悪いけど、そんなことをしなくても、もうすぐカリバーンのエージェントがラビをスカウトしにここにやってくるから」
「おお! エージェントってカッコイイ響き! ……じゃなくて、スカウト? えっ! なんでここに来るの! もしかして私、《覚醒者》になってから監視されていたとか!?」
素早く近くの物陰に隠れたラビは、キョロキョロと周囲を警戒し始める。
「……いや、そんな面白い動きしなくても、別に監視カメラとかないから」
「じゃあなんで!? もしかして《覚醒者》になる人間はすでに予言されていたとか!?」
そんなワクワクと目を輝かせるラビに、俺は満面の笑みを浮かべる。
「俺がさっきスマホで通報したから」
「キサマ! 私を売りやがったな!」
ラビに思いっきり胸倉を掴まれた。
「うん、そのノリと勢いだけで
「私を置いて逃げるつもりか! こんちくしょう!」
「やめてくれ。そういう面白い反応で俺の心をかき乱さないでくれ。……そうじゃなくて、実を言うと、俺は大事な用事をすっぽかしてここいるんだ。だから約束相手がとてもお怒りでな。そろそろ行かないと本気でヤバい」
何を隠そう、先ほどから通知を切っていなければバイブレーションだけでスマホの充電が吹っ飛びそうな勢いで催促が飛んできている。
そう告げた途端、ラビは急に大人しくなった。
「……そう、だったんだ」
先ほどまでのハイテンションの嘘のようだ。
そんなラビをジッと見て、感じ取れたのは動揺と後悔、あとは後ろめたさ、といったところ。
複数の要素を組み合わせ、目の前の彼女がどんなことを思い、考えているのかを察する。
これまでの態度や行動とは、どこか反したようなその感情を目の当たりにしても、特に戸惑いはない。
ただ、そんなちぐはぐなのが、この子らしい、と思った。
「というわけで、俺はここまでだ。もうすぐカリバーンのお迎えが来るから」
「えっ! ……ああうん。……分かった」
一瞬何か言いかけて、すぐに聞き分けの良い子のように頷くラビ。なんというか、最初にあった時の距離感に戻ってしまったように感じる。
「最後に覚醒者の先輩に聞いておきたいこととかあるか? アドバイスくらいはしてやれると思うけど?」
「……えっと、あっと……」
「ほらほら、時間ないぞ」
「か、カリバーンの人たちって怖い!?」
さっきまで見せていた際立つ頭キレが嘘のような、ものすっごく幼稚な質問が飛んできた。
「……いや、怖くない。エージェントの人たちは一部を除いて良心的な人ばかりだから安心していい」
「ホント? 嘘じゃない?」
いや、そんな泣きそうなくらい不安そうな表情をせんでもいいだろう。
「あと《覚醒者》になったからって、何かを強要されることもない。まずは話を聞いて、それからどうするかはラビが決めればいい」
そう先輩らしいアドバイスしたら、ラビはチラリと俺の顔を見て、小さく呟く。
「……うん、分かった」
「じゃあ、そろそろ行くわ」
というわけで、ここでお別れ。
軽く手を振り、
「あっ、待って! ゴメン! さっきの嘘! 本当に聞きたいことは別にある!」
「?」
そして彼女は、恥ずかしいの我慢するように口を開いた。
「その……ウラはなんで私に声をかけてくれたの? 大事な用事をサボってまで」
俯きながらも、頑張って尋ねてくるその姿は、素直に可愛いと思った。
だから最後くらいに正直に答えることにする。
「公園広場で見かけたラビの背中が『誰か私と一緒に行ってくれないかな?』って言ってたからかな」
そう答えると、ラビが顔を上げる。
「なんで……分かったの?」
「さて、なんでだろうな」
「……やっぱりさ、ウラって本当に人の心が読めるんじゃないの?」
「どうだかな?」
「それも《覚醒者》の能力なの? 《偽世界》で見せたみたいな特別な」
「《覚醒者》が特別な能力を発揮できるのとしたら、それは《偽装》の真価が発揮できる《偽世界》の中だけだ。現実世界じゃ、せいぜい見えないものが見えるようになっただけの普通の人間でしかない」
「じゃあ、どうやったの?」
そんな疑問には当然、こう返す。
「内緒」
そのままはぐらかして、さっさとこの場を立ち去ろうとする。
「
「? なにが?」
「その……私の名前」
耳まで真っ赤にし、
「いいのか? ラビ的に言えば、俺はまだ嘘を
「それは、そうだけど……でもまあ、ウラだし別にいいかなって……ああ、もう全部、嘘!」
そして雉子優良希は叫んだ。
「本当は私のことを覚えていて欲しかったから!」
帽子の
「いい名前じゃん。覚えておくよ」
「……また会えるよね?」
「さあ、どうだろうな」
「もう、イジワル!」
彼女に向って軽く手を振り、その場を立ち去る。
路地を出て、スマホを手に取り、お怒りであろう相手に電話を掛ける。
この時、心の中にあったのは「もう彼女と会うこともないだろう」という冷めた思いだった。
それが、俺こと
***
ウラが去って一人になった路地で、私は冷静に佇んでいた。
「……私、なんか変なこと言ってなかった?」
そして先ほどのことを思い出し、恥ずかしくなった私は、頭を抱えてその場に蹲った。
ああっ、なんであんなこと言ったかな! さっきの私!
「あれじゃまるで……うがーっ!」
なんであんなことを言ったのか!? あんなことを言ってしまったのか!? あんなことが言えたのか!? 理由が分からない! さっぱり分からない! これが後先考えないということなのか! 勢いというのは恐ろしい! ああっ恥ずかしい記憶を今すぐ消したい!
「いや……でも……」
……同時にやっぱり忘れたくない。
さっきまでの出来事を。アイツと一緒にいた時間を。
カツ、カツ、カツ。
――そんな頭が茹で上がりそうになっていた私の耳は、近づいてくる足音に気が付いた。
そちらに目を向けると誰かがやってくるのが見えた。
「こんばんは、お嬢さん。おひとり、かな?」
現れたのは、一人のスーツ姿のお姉さんが立っていた。
ボディラインが分かるようなパンツスーツに、丸い形のサングラスと、どこか只ならぬ印象を受ける。
「……」
一方で、慌てて立ち上がった私は、初対面の相手に声が出てこず萎縮してしまう。
そんな私を見て、お姉さんはスマホを取り出し、画面に目を落とす。
「もうすぐ高校生の女の子。帽子にマスク、あとかなりの人見知り……うん、特徴は一致するね」
そう納得したお姉さんは、私の前に立つと、もう片方の手をポケットに入れながら、こう尋ねてきた。
「ちょっと聞きたいんだけど、コレ何に見える?」
お姉さんがポケットから摘まみだしたのは紐付きの小さなマスコット人形だった。
紐の先でゆらゆらと揺れていたのは小さなヒヨコが、
「……か、可愛いヒヨコ?」
「おっ、意外と好感触。気に入ってくれたなら、どうぞ」
笑顔で差し出されたマスコット人形に、私は手のひらを出す。
そしてお姉さんが、私の手の上で、摘まんでいた紐から指を放した瞬間――
――可愛いヒヨコは、空中でフッと消えてなくなった。
「!」
思わず目を見開く。
手品? ……いや、違う! これってウラ出した《
それはほんの少し前に見た現象。《偽世界》でウラが水鉄砲を放り捨てたのと酷似しているように見えた。
「何に見えるかはどうでもよくって、あれが見えていたってことが重要なんだ。ごめんね、試すようなことをして。でも《覚醒者》かそうじゃないかを見抜くのには、これが一番手っ取り早くてさ」
どうやら《偽装》というのは現実世界でも出せるらしい。だけど、お姉さんの話から察するに、それは公園広場にあった『穴』同様に、《覚醒者》にしか見えないようだ。
そんな《偽装》を出してみせたこのお姉さんが何者なのか、もちろん予想はできている。
「私の名前は
なんとも愛らしい笑顔を浮かべる呱々乃さんは、秘密結社のエージェントというには、なんだか可愛らしい人だ、と思った。
「ああ、ちなみにエージェントナンバーは『Ⅸ』ね」
「!」
前言撤回。やっぱりカッコイイかもしれない。
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