1.第一話 2/《偽世界》と《覚醒者》
ラビを叩き潰したと思っていた《
普通の人間がまともに喰らえば、確実に周囲に飛び散るミンチになっていただろう。
ただそんな一撃、まともじゃなくても受けたくなかったので、ラビを抱えた俺は《偽獣》から十分な距離を取った。
「……えっ? あれ!? なんで! なんかお姫様抱っこされてる!?」
一瞬で10メートル以上も離れた場所に移動した俺の腕の中、ラビもまた《偽獣》同様にこの状況が理解できずに混乱しているようだ。
「安全そうな場所まで移動するからしっかり捕まってろ」
「? それってどういう……!」
そのまま走り出した俺は、風を切るようにビルの合間を駆け、目に入った廃ビルに向かって高々と跳躍。
「!!!!!」
ラビが腕の中で叫びにならない叫びを上げる中、窓のない三階部分に飛び込み、床を滑るように着地する。
「とりあえず、ここまで来れば大丈夫かな」
呆けた表情のラビを床に下ろすと、ぎこちない動きでこちらを見てくる。
「……その……えっと……ありがとう?」
「いえいえ、どういたしまして」
「なんというか……ウラって運動神経いいんだね」
「場所によるけどな」
「それで……さっきの……大きなのって、なんだったの?」
「この世界にいる化け物で、俺たちは《偽獣》って呼んでいるな」
次の瞬間、ラビの瞳がキラリと光り、俺を思いっきり指差した。
「やっぱり! ウラはこの世界のこと知ってたんだ!」
「えっ、まあ、そりゃね」
「私を騙していたんだ!」
「人聞きの悪い。別に騙してなんていない。単に言わなかっただけだ」
「屁理屈!」
その声には明らかな怒気が混ざっていた。
だから謝るなんてせずに、むしろニヤリと笑ってやった。
「でもちゃんと俺のことを疑っていただろ? 悪いヤツかもしれないって警戒していた。それはとっても偉いことだ」
ラビの表情が一瞬ぽかんとなると、耳を真っ赤にして慌て始める。
「な、なんでこのタイミングで褒めるかな!」
どうやらこの手の言葉には慣れていないらしい。
「素直に感心しただけだよ。……ただな。もうちょっとスマートに確認してほしかったな」
「な、なんのこと?」
「屋上で《偽獣》を見つけた時、俺がどうするか試そうと思ったろ?」
まあその計画を実行する前に、先ほどの《偽獣》に遭遇してしまったようだが。
「……なんで、分かったの?」
「ラビの心の声が聞こえんだよ。『今から自分を囮にドッキリを仕掛けます』って」
「そんなの嘘!」
「なんで?」
「だって私、そんな素振りしなかったはずだもん! だいたい、こんな恰好だから表情とかもよく分からないはずだし!」
「まあ確かに」
「それに……人間は他人が何を考えているかなんて絶対に分からない!」
――その言葉には、これまでで一番大きく一番感情が籠っているように聞こえた。
「まあ普通はそうなんだよな」
ラビがピクリと反応する。
「……ウラは分かるの? 相手が何を考えているか?」
「さてどうだろうな」
「……」
「どうした黙り込んで? 聞きたいことがあるなら素直に聞けばいい。《俺たちは対等な関係条約》なんだから」
そう言った次の瞬間、ラビは俺の腕をがっちりと掴んだ。
「ねぇどうやったの!? それって推理!? それとも読心術!? まさか超能力とか!?」
そんな目を輝かすラビに向かって、満面の笑みを向ける。
「教えてあげなーい」
全力で殴られた。顔面じゃなくて脇腹だったし、女の子なのでそんなに痛くなかったけど、彼女は本気でしたね、間違いなく。
「もういい! ……それで? 私をこの世界に連れてきた理由は? ……ま、まさか!」
「いや、流石にそんなエロいことは考えていない」
真面目なトーンで返した途端、ラビの顔が限界まで真っ赤になった。
「べ、別にぃ! 私はぁ! 何も考えてないしぃ!」
「そうか、じゃあ俺の気のせいだ」
「そ、そうだよ! 気のせい! 気のせいだよ! 気のせいです、絶対に! ……というか、そんなありえない憶測はどうでもいいから! なんで私と一緒に来たのか明確な理由を答えてよ!」
床をバシバシ叩き誤魔化すのに必死なラビがちょっと面白かったが、これ以上、揶揄うと可哀そうだったので、質問に答える。
「別に大した理由なんてない。単に『なりたて』の女の子を見つけたから、ちょっと
「ギセカイ……このセカイのこと?」
窓の外から広がる、俺たちがいる現実世界とは別の世界に目を向ける。
「偽りの世界と書いて《偽世界》。俺たちが住んでいる現実世界に存在するモノを模写して構築された、偽りばかりの世界のことだ」
「それが、この世界……」
「今朝のラビがそうだったように、『穴』が見えるようになると、触れるだけで簡単に来られるようになるんだが、下手に一人で迷い込むとちょっと面倒だからな」
「それってさっきの……」
その時、建物が大きく揺れた。
二人して、窓に駆け寄り地上を見下ろす。
「あーあ、完全に見つかったな」
様々な姿の偽獣たちが俺たちのいる廃ビルに群がっている。
先ほど見たのと同じ虎とクマのような偽獣が建物を揺らし、別の狼のような偽獣の群れが入口から建物内に入ろうとしている。
「ど、どうするの!?」
「まあ、普通はやっつけるな」
「やっつけられるの!? あんな化け物!」
「俺たち《覚醒者》ならそれくらい問題ない」
「覚醒者?」
「俺やラビみたいに『穴』が見えて、こうして《偽世界》にやって来られるヤツのことだよ」
この状況に動じていない俺の姿にラビが表情を引き締める。
「……なにか戦う方法があるんだね?」
「覚醒者は《
ラビの目の前に翳した黒いグローブをハメた俺の手の中に、突如として拳銃が現れる。
「なにそれ凄い! 魔法みたい!」
嬉しそうに瞳を輝かせるラビ。それに手品じゃなくて魔法という辺り、ラビの好みが分かる気がする。
「まあこんな感じで、覚醒者は偽世界の中で自身がイメージした武器を具現化できるんだ。ついでに身体能力も、さっきの俺みたいに現実世界じゃありえないくらい向上する」
「最強じゃん、ソレ!」
「個人的な見解も入るけど、《偽装》を扱えるようになった普通の覚醒者が、そこら辺の偽獣相手に負けることはないだろうな」
「じゃあウラなら楽勝ってことだね!」
「いや、そうでもない」
「? なんで?」
近くの壁に向かって銃口を向け、引き金を引く。
ぴゅー。
銃口から水が出た。
ポカンとするラビにニヤリと笑ってみせる。
「普通の覚醒者と違って、偽獣を相手にするのがあんまり得意じゃないんだ、俺」
次の瞬間、狼の偽獣たちが、俺たちのいる部屋に雪崩れ込んできた。
「ど、ど、どうするの!」
「決まってるだろ――逃げるんだよ」
手に持った水鉄砲は、放り捨てると空中であっさりと消えてなくなった。
そして自由になった両手で再びラビをお姫様抱っこで抱きかかえると、別の窓に向かって全力で駆け出す。
「えっ? えぇ!? ま、まさか!」
そんなラビのご期待通り、そのまま窓から飛び出し、空中を
「きゃああああああぁぁぁぁぁ!」
そのまま滑るようにして地面に着地。俺に異常はなく、腕の中のラビもしっかり抱き着いているので問題はなさそうだ。
廃ビルの周りにうろついてた別の偽獣たちがこちらに気付き向かってくる。
「という訳で本日の偽世界ツアーはおしまいにして帰ろうと思うけど、なにかやり残したことあるかね、ラビ研究員?」
「いま、そういうのいいから! 早く逃げて! 逃げて!」
「じゃあそうするか」
再び駆け出し、俺たちが入ってきた『穴』がある方角へと向かう。
「ウラ! 追ってきてる! 追ってきてる!」
腕の中で背後の様子を見ていたラビが騒ぐ。
「大丈夫大丈夫。ほら、現実世界に戻る出口が見えてきたぞ」
俺の言葉に振り返ったラビは、視界に捉えた『穴』を見て「ほっ」とする。
しかしすぐに緊張した面持ちになる。
「……ねぇ、ちょっとまずくない!?」
「何が?」
「このままだとアイツらも現実世界に付いてきちゃわない?」
「そうなったら大惨事だ。公園広場は血の海だな。あはは」
「笑いごとじゃない!」
「ほらっ、しっかり掴まれ。このまま一気に走るからな」
走る速度を上げ、ラビが俺にしがみつく。
そして俺たちは、現実世界と《偽世界》を繋ぐ『穴』を抜けた。
《偽世界》を抜け出し現実世界に飛び出したことで、《覚醒者》としての能力が切れ、ラビの重さが一気に両腕にのしかかる。
だがこちとら健全な男子高校生なので、女の子一人くらいは問題ない。
――という訳で、そのまま夜の公園広場の出口に向かって駆け足。
なにせ公共の場で女の子を抱きかかえているという行為は非常に目立つので。
「そういえば、言い忘れていたけど《偽獣》は現実世界に出てこれないから」
「っっっっ!」
これが二人きりの《偽世界》だったら大声で散々文句を言ってきただろう。
でも現実世界では周囲から向けられる奇異の視線を少しでも避けるように、ラビは俺の肩に顔を埋めて一言も喋らなかった。
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