第15話 初めてのダンジョン
マーサさんから訓練終了を告げられたその日の午後、俺は『マリク』の近くにあるダンジョン『試練の森』にいた。
俺の
何故このような事になったかというと、マーサさん曰く俺に足りないのは実戦だということで新人冒険者向けであるこのダンジョンに来ることになったのである。
〝ダンジョン〟とは大気中のマナ密度が濃い場所で、そこでは魔物や自然の異常発生により非常に危険な場所になっている。
その反面マナが濃い分、魔石や希少資源などが落ちているためそれらを持ち帰れば潤沢な資金を得られる。
それにダンジョン内にいる魔物の体内からも魔石は取れるので、魔物を倒せばお金になるのだ。
冒険者は世界中にいくつも存在するダンジョンに潜りそうして生計を立てている。
というわけで、実戦経験を積むことと資金を得ると言う目的で『試練の森』に入ったのである。
ルシアさんはこのダンジョンに何度も入った経験がある事からガイド役として俺たちに同行してくれている。
ダンジョンは場所によって規模は様々で巨大な所なら探索に数週間かかる場合もあるらしい。
今後冒険者を目指すならサバイバル能力も必要という事で、練習のため一週間この森で生活するようにマーサさんから指令を受けたのだ。
「一週間ここで生活するために必要な物はこの〝インベントリバッグ〟に入れてきました。このバッグには屋敷一つ分の荷物が入るので非常に便利なんですよ」
――サバイバルとは? と一瞬脳裏をよぎったが、ドヤ顔するルシアさんが可愛いのでそんなのはどうでもいい。
ルシアさんが笑顔で見せてくれたのは外見的にはショルダーバッグのような物だ。一回の冒険で大量の物資を持って帰る上級冒険者の必須アイテム。
そんな便利バッグを肩に斜め掛けしているルシアさんは〝ローブ〟に身を包んでいる。
このローブという物は特殊な繊維で編まれていて魔力を通すことで防御力が向上する魔闘士の必須装備らしい。ローブに使用されている金属も対物理魔術攻撃に強い物が使用されている。
ルシアさんは軽鎧型のローブを装備しているが、かなり身体にフィットするタイプのようで彼女の抜群なプロポーションが丸わかりだ。
おまけに防具のはずなのに背中や太腿とか所々肌が露出しているので目のやり場にも困るし防御力も不安だし色々と心配になって来る。
そんな彼女は生き生きとした表情で先頭に立って森の奥に入って行く。宿屋でも明るい雰囲気のお姉さんだったがダンジョン内でもそれは変わらないらしい。
「今回の目的はアラタさんに実戦経験を積んでもらうという事とダンジョン内での過ごし方を知ってもらうという事ですので、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。とりあえず最初は活動拠点を構えましょう。この先に丁度良い水場がありますから拠点にはもってこいです」
「ありがとうございます、ルシアさん。ダンジョンってもっとおどろおどろしい場所だと思っていたんですけど実際は全然違うんですね。水も森も綺麗で神聖な感じがします」
「ダンジョンはそれぞれ雰囲気がかなり違いますからね。中にはそれこそアラタさんの想像しているような場所もあると思いますよ。でも、ここは初心者向けですからしばらく滞在しても身も心も癒されるような素敵な場所なんです」
話を聞いているとダンジョンというよりはパワースポットのような感じがしてきた。森の中という事もあってマイナスイオンが満ちているみたいだ。
「アラタ様、止まってください。それと声を出さないように」
突然アンジェが人差し指を口元に持ってきて「お静かに」と伝えてくる。
声を出さずに頷くと、三人共姿勢を低くして気配を殺しながら茂みから前方の方に視線を向ける。
そこにいた魔物を見て俺はちょっとして恐怖と懐かしさが入り混じった不思議な気持ちになる。
――ゴブリンだ。
体長はヒューマで言うなら小学生くらいの小柄な感じで全身が緑色をしている。漫画やアニメで親の顔ほど見て来たゴブリンそのままの姿だ。
パッと見ここには三体のゴブリンがいる。事前にマーサさんから受けたレクチャーだとゴブリンは成人男性ぐらいの強さだと言う事だった。
強くはないが油断をすればひどい目に遭わされる可能性がある。特に連中の性格は凶暴かつ残忍なので新人冒険者にとって鬼門とも言える相手だ。
実戦経験の少ない俺にとって相応しい相手と言えるだろう。
「アンジェ、いけるかい?」
「私は準備オーケーです。いつでもどうぞ」
「よし、それじゃいくよ」
小声でアンジェとやり取りをすると彼女を魔剣形態にするべく手を伸ばす。
オークと戦った時にもこうして彼女の胸元に出現した紋章に触れて彼女は魔剣グランソラスへと変身した。
その時のやり取りを思い出しながらアンジェの胸元に手を伸ばす。奇襲をかける事に頭がいっぱいだったので俺の視線はゴブリンたちに釘付けになったままだ。
やがてアンジェに伸ばした右手に何やら柔らかいモノが触れた。掌に収まりきらない温かい
触っていて心地の良いそれをとりあえず揉んだりしてみると「あんっ」と小さく甘い声が聞こえた。
「――へっ?」
びっくりしてアホな声を出してしまう俺。甘い声がした方――アンジェがいる方向に顔を向けると、俺の右手が彼女の胸をまさぐっている光景が見えた。
アンジェは頬を桜色に染めつつ声が漏れないように両手で自らの口元を押さえている。
肝心の胸に関してはノーガードで俺の右手による攻撃を甘んじて受けているようだった。
あまりにも刺激的な光景に思考がフリーズするが右手だけは自我が芽生えたように勝手に動いてアンジェに追撃をしている。
「うっ、んん……お上手です、アラタ様。大胆な攻撃です」
「――!! さーせん、さーせん、アンジェリカさん、すんませんでした! ワザとじゃないんです。本当です。だから許して!!」
謝罪を述べながら左手で右腕を掴んで彼女の胸から引き剥がす。思わず大声を上げて立ち上がると、別の方向から何やら視線を感じた。
「あ……」
『ギャギャ!?』
三体のゴブリンが驚いた表情で俺を見ていた。それを見て俺も驚くというカオスな状況に突入した。
『ゴブブブギャブブブブブブブブブブ!!』
ゴブリン達が汚い声を上げながら手に持っている武器を振り上げる。武器と言っても石器のような尖った石を紐で木の棒に括り付けた簡素なものだ。
RPGでよく最初の武器になるヒノキの棒と大差ないがリアルに頭にでも当たったら危険すぎる。
「くそっ、来る!」
何故か分からないがアンジェに手を近づけても彼女は魔剣にならなかった。武器がないのでは圧倒的にこちらが不利だ。
「アラタ様、『マテリアライズ』と言わなければ私たちは武器に変身できないのです。次からは忘れないでくださいね」
余裕の無い俺に対し
というか、これ完全に確信犯の顔をしているな。
「そう言うのは事前に教えてよ! ――マテリアライズ!!」
アンジェの胸元に紅い紋章が浮かび上がり触れると彼女は黒いオーラに包まれて魔剣グランソラスへと変身した。
それを手に取るとさっきまでギャアギャア声を荒げていたゴブリン達が見るからに「ヤバい」と言った表情をしている。
『相手はハッキリ言って雑魚です。一気に決めましょう。魔力出力を上げます』
グランソラスの刀身を黒いオーラが鞘のように包み込む。そこに俺の魔力を伝わらせていくとオーラが刃の形状を取る。
この状態ならば刀身で直接敵を斬らずに済む。それに俺の魔力とイメージ次第でオーラの形状を微妙に変えて鋭い刃や模擬剣のような斬れない刃にする事も可能だ。
ここまではイメージトレーニング通りだ。後は実行あるのみ。
「いくよ、アンジェ!」
『かしこまりました、アラタ様』
ゴブリンたちはヤケクソになったのか武器を振り回しながらこっちに向かってくる。こういう手合は動きが読みづらいから警戒する事に越したことは無い。
――この一太刀で決める!
「はあっ!!」
横一列に並んでいたゴブリン三体を横薙ぎの斬撃一発で倒した。敵の上半身と下半身がおさらばして地面に倒れる。
『お見事でした』
「この間のオークに比べたら全然楽だったよ。でも、魔物とは言え生き物を手に掛けるのは心苦しいね。――けど生き残るためには勝たないと。そうだよね、アンジェ」
『はい、その通りです。それとアラタ様――』
アンジェが口ごもる。彼女から流れて来るこの感じは身に覚えがある。
「もしかして照れてる?」
『少しだけそうかもしれません。こうしてアラタ様と繋がってあなたの考えている事が何となく分かりました。――私を守りたいと、一緒に歩んで行きたいというそのお気持ち、凄く嬉しいです。でも良いのですか? それですと色々と大変だと思いますよ。考え直すのでしたら今です』
アンジェから期待、喜び、不安……それらがないまぜになった感情が流れて来る。俺の考えを知って嬉しい反面、不安も大きいのだろう。
「アンジェ……俺はもう決めたんだよ。この先どうなるかは分からない。けど俺は君の隣に立って君を守りたい。だから一緒に頑張ろう」
『――はい、分かりました。幾久しくおそばに仕えさせていただきます、マスター』
この瞬間、俺とアンジェは真の契約を交わした気がした。俺はアンジェを守り、アンジェは俺を生かす為の剣になる。
ここから異世界での戦いが始まったんだ。
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