第14話 訓練開始そして即終了


 宿屋『聖剣の鞘』に宿泊した翌朝、アンジェは怒っていた。

 昨晩部屋に戻って来たアンジェに訓練することを伝えると、彼女は俺にそんなことをしなくていいと食い下がった。

 それでちょっとした口論となり昨晩はそのまま就寝。

 朝になってもアンジェは納得がいかないと言う感じで口数少なめ、それに応じていつものからかい言動も少なめである。

 そのため朝食は実に静かに粛々と進んでいった。

 気まずさの余りアンジェから視線をずらしていると朝から頑張って働くルシアさんの姿が目に入って来た。

 清純派の美人なお姉さんという感じで見ていて癒される。

 さっき挨拶を交わした時も花が咲いたような笑顔で、俺の殺伐としていた心を癒してくれた。アンジェはルシアさんに対して笑顔で接していたがやはり俺にはややそっけない感じだ。

 朝食を終えると俺はマーサさんの指示通りに宿屋の裏にある空き地へと向かう。アンジェも何だかんだで気になるのか一緒に付いてくる。


「ちゃんと朝飯は食べたかい? それじゃ早速やろうかね」


 そう言いながらマーサさんが投げて寄こしたのは木製の両刃の剣だった。木刀みたいな練習用の剣といったところか。

 模擬剣を手に取って構えるとアンジェがマーサさんの方へと歩いて行く。その表情は少々険しい感じだ。


「マーサ様、少しよろしいでしょうか」


「なんだい? これからアラタに稽古をつけるんでね、手短に頼むよ」


「何故アラタ様を戦わせようとしているのか、その真意を問いたいのです」


 アンジェとマーサさんが睨み合うようにして険悪なムードを漂わせている。これはヤバいかもしれない。

 俺が仲裁に入ろうとするとマーサさんは「ふふっ」と言いながら笑い出した。こんな笑えない状況でのその行動にアンジェは呆気に取られた感じだ。


「ったく、あんた等は似た者同士だね。お互いがお互いを大切に思ってる。けどね、大切にし過ぎてかごの中に押し込めるのは筋違いじゃないかい?」


「――っ!?」


 マーサさんの一言でアンジェは目を見開くと俯いてしまう。そんな彼女の肩に手を掛けるとマーサさんは耳元で何かを言っていた。

 するとアンジェはハッとしたような顔を見せる。

 俺は少し離れた所にいたのでマーサさんが何て言ったのかは分からなかった。でもそれ以降、アンジェは俺の訓練に関して何も言ってくることはなかった。


「さてと、それじゃ始めるよ。その模擬剣で私に打ち込んできな。こっちは防御のみで反撃はしない。あんたの剣技を見せてもらうよ!」


「分かりました。それじゃよろしくお願いします」


 お互いに剣を構えて一定距離を保ったまま動かない。マーサさんは元冒険者というだけあって隙の無い構えだ。

 これが真剣勝負だったら、無暗に突っ込めばすぐに反撃にあうだろう。

 今まで俺に剣を教えてくれた親父と先日戦ったオーク以外に剣を振ったことは無いが、今の俺の力がどの程度通じるのか試してみたい。


 その場から踏み出し正面からマーサさんに向かって行く。上段から模擬剣を振り下ろし思い切り叩きつけるとマーサさんは刀身で受ける。

 まるで巨大な岩に当てたかのようにビクともしない。バックステップして一旦距離を取ると、今度はサイドに回り込み横薙ぎに剣を振う。

 予想通りに剣で防がれると、ここから連続で斬り込んでいく。マーサさんはその全てを捌いていき、数分間この攻防戦が続いた。

 

「……なるほどね。それじゃ攻守交替だ。今度は私が攻撃するからあんたは防御に徹しな。――いくよっ!」


 いきなり攻守が変わりマーサさんの鋭い斬撃が襲ってきた。それを刀身で受け凌いでいく。

 ここで俺は違和感を覚えた。確かにマーサさんの斬撃は鋭く重く速い。――けど、俺の親父の方がもっと凶悪だった。

 初めての訓練だから手を抜いてくれているんだろうが、それでもこれぐらいなら余裕で立ち回れる。

 相手の目線、筋肉や身体全体の動きなどから攻撃を予測する。そして攻撃の際に発する殺気を読み取る。

 これらは子供の頃から親父に叩き込まれてきた事なので身体に染みついた技術だ。日本での平和な日常生活では必要のないスキルなので親父以外の人間に初めて使う。

 この攻防戦も数分間続き俺は一撃ももらうことなく終わった。


「はあ……はあ……ふぅ……ありがとうございました」


 こんなに身体を動かしたのは久しぶりだったので結構息が上がった。毎日のように剣の稽古をしていた頃ならもっと余裕があっただろう。

 マーサさんは呼吸を整えると難しい顔で俺に質問してきた。


「アラタ……あんた、その剣術や体術をどこで習った? 我流ではなさそうだけど」


「父親から習いました。子供の頃から割と毎日稽古をやっていたんですけど親元から離れてからは素振りだけだったんで、こういう斬り合いは約一年ぶりぐらいです」


「そうか……なるほどね。申し訳ないけど私からあんたに教えることは何も無さそうだ。これにて稽古は終了!」


 これから異世界での剣術を教えてもらえると思った矢先、いきなり訓練終了のお知らせをもらう。

 気合いを入れて臨んでいた分、拍子抜けしてしまった。


「ちょ、何でですかマーサさん。俺のどこがいけなかったんですか? そんなに素質ありませんでしたか?」


 必死に食い下がっているとマーサさんが俺を睨んで近づいてくる。


「バカも休み休み言いなっ! 素質が無いどころかその真逆だよ。さっきの打ち合いだけど、私はね後半は全力であんたに剣を打ち込んでいたんだ。それをあんたは余裕で捌いた。それに途中何度もカウンターをする挙動も見られた。防御に徹していた時、何回それをやろうとしていたんだい?」


「えっと……十回ぐらい?」


「つまり私は最低十回あんたに斬られたことになる。自分よりも実力のある人間に剣を教えるなんてバカな話があると思うかい?」


 それってつまり俺の方がマーサさんより強いということなのだろうか? 

 既に引退したとはいえ魔物相手に戦っていたマーサさんより、日本で一般人として暮らしていた俺の方が?

 どうしてそんなことになるんだ。


「私が思うにあんたに剣を教えた父親って言うのがハンパじゃなかったんだろうね。どこぞの上級騎士か相当な手練れの冒険者か……そうでなければ説明が付かないよ」


「そういうんじゃないと思いますけど……」


 だって俺の父親は普通のサラリーマンのはず。魔物とかが出て来る世界の住人じゃないし。

 でも、思い出してみると日々の鍛錬を欠かさない変態な父親だったかもしれない。

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