第13話 アンジェとルシア
◇
アラタとマーサが食堂で話をしていた頃、アンジェとルシアは宿のお風呂に入っていた。
二人並んで湯船に浸かり、その心地よさにうっとりとしている。
「ふぅ~、いいお風呂ですね。生き返ります」
「そうでしょう。この近くには温泉が湧いていて『マリク』の各宿屋は温泉を完備しているの。今は従業員用の時間だからゆっくりお風呂を堪能できるのよ」
それから二人はしばらく無言のまま温泉を堪能していたが、アンジェが先に口を開く。
「それにしても驚きました。千年前一緒に戦っていたあなたとこのような平和な地で再会するなんて。アルムスの中でも誉れ高い聖剣のうちの一つであるあなたなら、どこかの城にでも保管されていると思ったのですが」
「私も驚いちゃった。まさかアンジェちゃんが新しいマスターと一緒に宿泊に来るなんて。……でも、そうだね。千年前の魔人大戦が終わって封印された後、私は今の『アストライア王国』のお城に保管されていたの。封印から目覚めたのは十年前くらい前だったかな」
「十年前……確か魔人の発生が増え始めた頃ですね。それなら王国お抱えの〝勇者〟と契約したのですか?」
アンジェの問いに対してルシアは首を横に振う。その表情は暗く悲しそうなものであった。
「アンジェちゃんも知ってると思うけど、勇者は世間的には人格、能力に優れ国が課した試練を通過した者とされているでしょ? でも実際に勇者に選ばれているのは貴族階級の人たちばかりで、魔物や魔人によって苦しんでいる人たちを真剣に助けようとする者はほとんどいなかった。勇者たちは自分の名声のためだけに聖剣である私を欲して仲間内で争いをしたの。だから私は――」
「城を出たのですね。そしてここまで逃げのびてきたということですか」
ルシアは頷き浴室の天井を仰ぐ。だがその目は天井を見てはおらず当時の記憶を見つめ返していた。
「城を出て目的地も無く彷徨っていた時に、冒険者を辞めて宿屋を開こうとしていたマーサさん達に出逢ったの。そしてそれからは一緒に宿屋で働かせてもらって気が付けば十年近くが経過していた。本来であれば私は聖剣として魔人と戦わなければならないのに、その役目を放棄してここで生活している。いつまでもこうしているわけにはいかないとは思ってるの。でも、私の存在は周囲の人を狂わせてしまうんじゃないか……そう思ってしまって」
「別にあなたが魔人と戦う必要はないでしょう。実際私もそんな気はありませんし。そういうことは普段偉そうにしている勇者の方々にお任せするのが一番だと思います。こういう時のための彼等なのですから」
アンジェの意外な返答にルシアは驚き目をぱちくりさせている。以前のアンジェであれば、今の自分の行動を咎められるものとばかり思っていたからだ。
だが実際にアンジェの口から出てきたのは予想とは真逆の意見だったのだ。
「驚いちゃった。私はてっきり自覚が足りないって怒られるものとばかり思ってた」
「確かにあの頃の私であればそう言っていたかもしれません。――魔人戦争が終わって封印される時、前のマスターに言われたんです。封印が解かれた時は、今度こそ自分の為に生きろと。きっとあの人はこういう事態になると分かっていたのでしょうね。再び魔人が現れれば、また私たちは自分の意思に関係なく戦場に駆り出されると」
「アンジェちゃん……」
「だから私は今自分のやりたいことをやって生きています。そして今は新しいマスターであるアラタ様の意志を尊重したいと思っています」
アンジェの迷いない言動と表情を目の当たりにしてルシアは少し驚くと同時に羨ましそうな顔で彼女を見ていた。
「アンジェちゃんはそうしようって決めたんだね。アンジェちゃんがそこまで信頼を寄せるなんて、新しいマスターさん――アラタさんだったよね。あの人はきっと良い人なんだね」
「そうですね。良い人過ぎて心配になってしまいます。でも自分でも気づいていないかもしれませんが、アラタ様は芯の強い方です。もしかしたら前のマスターを超える逸材かもしれません。――だからこそこれ以上巻き込みたくないのです」
「そっか……。アンジェちゃんも悩んでるんだね」
それからアンジェとルシアは口をつぐんでしまい時間だけが過ぎていく。元々肌が白い二人であったが、温泉を堪能しすぎてしまい今や肌はピンク色に染まっていた。
このままではのぼせてしまうと考えたアンジェは桃色の肢体を湯船から出す。露わになったメリハリボディを隠すことなく浴槽の縁に座って熱を冷ます。
その隣には同じように座るルシアの姿があった。彼女もアンジェに負けず実にナイスバディだ。
少しずつ身体の熱が引いて行く心地よさを感じながらアンジェはルシアにある提案をする。
「私とアラタ様の相性はかなりいいのであなたとの相性もいいと思いますよ。きっとアラタ様なら快くあなたを受け入れてくれると思うのですが……どうですか?」
突然の申し出に驚くルシアは笑顔を見せながらも残念そうな表情をしていた。
「確かにアラタさんは優しそうな人だったし、あの人がマスターだったら素敵だと思う。でも、優れた魔闘士でも魔剣クラスのアルムスとは一人までしか契約できない。複数の魔剣や聖剣と契約できる規格外の人物は魔人戦争でも稀だったし。――ありがとう、アンジェちゃん。その言葉だけで嬉しいわ」
それから浴室を出た二人はそれぞれの部屋へと戻って行った。アンジェは親友が悩んでいる事に胸を痛め自分に何が出来るか考えるのであった。
しかし、部屋に戻った際にアラタからしばらくマーサのもとで修業したいという話を持ち出されたことで彼女自身も余裕がない状態に陥るのであった。
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