第4話 ゆららは君の好きがわかる魔法
ゆららは君の好きがわかる魔法。
ゆらら、俺には便利な便利な魔法が使える。
ゆらら、そう唱えると、君の好きがわかる魔法。
「好きってなんだろう。」
思わず呟いてしまった。ベットから見上げる天井はなんか今日も変な模様に見える。
お母さんに転校することを聞いて3日経った。言うタイミングは俺の好きでいいと言ってくれたから、1学期の最終日にしてほしいと頼んだ。俺は自分で言うのもなんだが人気がある。最後が湿っぽくなるのは嫌だった。さっと言ってさっと消えたいと思う。
ゆらら、そう呟くと相手が俺を好きな場合、顔にハートマークが見える。好きであればあるほど、大きいハートマークになる。小さい頃からその魔法が使える俺は、正直人生イージーモードだった。だって、自分が好きな人と仲良くすればいいだけだったから。不思議なことに、俺のことが好きな人とだけ話していると、好きな人が増えていくのだ。今の教室も男も女も結構みんな俺のことが好きだ。ヒナタは「ユウトは女の子には人気ない!」というけれど、それはヒナタが俺にべったり引っ付いているせいで言わないだけだ。
なにせヒナタは小さい頃からずっと俺の側にいる。小さい頃からヒナタは俺に特大ハートマークが出ていて、まるで犬みたいについてきた。学校の行き帰りも必ず待ってるし、男同士、公園で遊んでる時も側で見てたりする。時々めんどくさいな、と思うけれど、ヒナタもヒナタで実は人気者だ。元気でまっすぐなヒナタはいつも女の子に囲まれている。そういうヒナタがなんだかんだ俺も好きだと思うんだけど、そもそも好きって何だろう。俺のことを好きな人を俺は好きだ。嫌う理由がないから。それはヒナタが俺に向けている好きと同じだろうか。ゴロン、横になる。今日もあまり眠れないかもしれない。
「リョウ、今日こそはバスケットやろうぜ。」
昼休みにリョウに声をかけた。リョウはいつも一人でいる。一人が好きなのかと思っていたが、そうじゃないことを俺は知っている。
「でも、僕みんなの足引っ張るし…。」
リョウはいつものように断ろうとするけれど、俺にはもう時間がない。みんなで少しでも楽しい思い出を作りたかった。
「リョウ、1回だけ行こう。全然楽しくなかったら、次から誘わないから。な。」
肩に手を回して半ば強引に連れていく。ゆるる、そっと呟くとやっぱりハートマークが見える。こいつ、俺のこと大好きだよな。絶対みんなで遊びたいと思ってるじゃん。
そしたら、リョウがふと振り返った。ヒナタだな。あいつ、ハートの魔法使いだかなんだか知らないけど、人を振り向かせる魔法でこうやって人を操る。しかも聞いてみるとリョウはほかに好きな子がいるみたいだし。俺が好きって気持ちがわからなくなるの半分はヒナタのこの魔法せいだから!
「ん~! 今日で十回は振り向かせたからね。サクラちゃん、待っててね。」
いつもの帰り道。ヒナタは楽しそうに報告してくる。青空に背伸びする後ろ姿はなんとなく夏みたいだな、って思った。
「お前さ、ちゃんと授業聞いてるの?」
「お前じゃないです~。ヒナタです~。」
「うざいうざい。」
「なによ、バカ。バーカバーカ。」
「バカじゃないです~。ユウトです~。」
「なにそれ。」
思わず二人して笑ってしまう。後、何回こうやって帰れるのかな。
「あのさ、リョウ、好きな子いるみたいだよ。」
「そうなんだ。」
「ヒナタの魔法も今回は効かないんじゃないの?」
そうであってほしい。
「知らない。私は振り向かせてるだけだもん。サクラちゃん、ミト君と目がよく合うようになって喜んでるからいいの。」
「でもなぜか好きになるんだろ?」
「それが不思議なんだよね。なんで何度も振り向かせると好きになるのか私もよくわからない。」
「なんか、好きって適当なんだな。」
「違うよ。恋の魔法なんだよ、きっと。」
「そんなもんなのかな~。」
俺は腕組みして歩く。そんなものなのかな。でももし、好きが「見る」回数で決まるのなら、
俺がヒナタを好きなのも、ヒナタが俺を好きなのもすごくわかる。たくさん、一緒にいたから。リョウが俺を好きなのも、バスケットしたくて見てたからなのかとか考えだしたら止まらない。やだな。好きが不思議すぎるんだ!
「ただいま。」
「ユウト、お帰り! もうそんな時間なのね。急いで夕食作らなきゃ。」
家に帰るとお母さんが慌てて台所に向かった。最近お母さんもお父さんも忙しそうだ。引っ越しの準備に色々あるらしい。引っ越し先の「福岡」はおじいちゃんの家があるところだ。お父さんがおじいちゃんの家を「継ぐ」ことにしたから、福岡に「帰る」ことになった。そう言われたけれど、俺の「帰る」はここだったから、すごくもやもやする。だけど、
「ユウト、お父さんたちのわがままで大好きな友達と別れることになってごめんな。」
お父さんにそういわれて、怒ったり泣いたりしなかった。いい子でいたいわけじゃない。まだ実感がないこともあるけれど、お父さんもお母さんも、ついでに言うとおじいちゃんもおばあちゃんもみんな俺のことが大好きなことを俺は知っているから。だからどうしようもないことなんだって、わかってるから。
だけど、好きが会う回数で変わるなら、遠く離れた後、ヒナタやリョウやほかのみんなも俺のことを好きじゃなくなっていくのかな。そう考えるとどうしようもない気分になって、俺は台所で忙しくしているお母さんを見ながら、イスの上で足をぎゅっと抱えた。
先生が朝の会で俺の転校を伝える時、俺はみんなのことが見れなかった。
みんなで俺への手紙を書く時、俺はみんなに手紙を書くことになったけど、ありがとう以外に思いつかなかった。
何人か泣き始めたから、バスケットしようって強引に外に出ることにした。このままだともらい泣きしそうだから。
蒸し暑い中なのに、みんなすごい一生懸命やってくれるのがわかった。リョウもいて、あいつ走るの苦手なのに一生懸命走ってた。今日一日、何回も胸から湧き上がってくるものがある。でもそれが出てしまったらどうしようもなくなるってわかってるから、できるだけ心が動かないようにした。
でも、最後だ。最後だってずっと頭に響いてきて苦しい。それでも笑って笑って、走って走って、全部汗にして、じゃあなって帰った。みんなすごい騒がしいから振り返ったら、夕日に照らされて一つになったみんなが、俺に一生懸命手を振ってくれていた。
最後だ、最後だ。
荷物が多くてよかった。抱えている荷物を力いっぱい抱きしめて帰った。夕陽が眩しかった。
家の前についたら、ヒナタがめちゃくちゃ泣いたままうずくまっていた。ヒナタが泣いているのをとてもとても久しぶりに見た気がする。顔ぐちゃぐちゃなのがおかしくなって、俺は冷静になった。
「こんなところにいた。」
今日、一度も俺と話さなかった。何を言えばいいのかな、って思って話していたら、ヒナタのやつ、俺に魔法を使った。ヒナタは俺にも魔法を使っていたのか! だから俺はヒナタを好きになったのか! そう思ったら許せなくて、思い切りヒナタを突き飛ばしてしまった。
それでも、この「好き」が作られたものだと思うのが許せなかった。もうどうしようもないくらい怒りでいっぱいになった。
一日経って、二日経って、お母さんが「最後にヒナタちゃんたちと遊びましょう。」って言ったけど、ヒナタのお母さんまで来て、「ヒナタずっと泣いてるの。お願いだから最後ヒナタに会ってくれないかな?」って言ってきたけど、全然許せない。大好きだから、余計に。
4日目、うちにリョウが来た。
「ユウト君がまだいるって聞いて。僕と遊んでくれないかな。」
ちょっとおどおどしているけど、リョウは俺の目を見ていってきた。しかも笑っていた。いつも下向いて、全然笑わなかったのに。俺はうれしくなって、リョウと一緒に外に出た。
夏の空が高くて青くて、すっごく暑かった。アイス買おうって言ったら「そんなことしたことない。どうするの?」なんて聞くから、俺はコンビニで一番おいしいアイスを教えた。リョウはそれだけですごく嬉しそうだった。
「おい、早く食べないと溶けるぞ。」
近くの公園の木陰でアイスを食べた。俺は3口くらいで食べてしまった。体の真ん中が冷たくなって気持ちいい。リョウはちまちま食べていて、案の定、アイスが溶け始めて、手がべちょべちょ。一生懸命アイスと手を食べているリョウが面白くて、俺は笑った。
「あっちの水飲み場で手を洗って来いよ。」
アイスの半分は地面に食べさせたリョウにそういった。リョウは小走りで手を洗いに行く。
すごい丁寧に洗うじゃん。っていうか顔まで洗ってるじゃん。何してるの?あいつ。顔も手もびっちゃびちゃにしたリョウが戻ってきて笑って言った。
「ユウト君! あのね! ありがとう! 大好きだよ! って言いたかったの。えへへ。」
手を振りながら言うから、水滴が夏の日差しにキラキラした。
「もっと一緒にバスケットやっとけばよかった。ユウト君と残念。えへへ。」
泣きそうな目を、笑顔にしていた。
「じゃあ、しようぜ、バスケ。今から!」
冷たくなったリョウの手を引いて夏の青空の中、走った。友達の家を回って、一人、二人と遊ぶ人数を増やしていった。これも初めての体験だったリョウは目を丸くしながら、足の速い俺に必死についてきた。ヒナタとも昔こんな感じのことをよくしていたなと思い出す。ヒナタの手を引いて公園まで走っていった。まぁ、ヒナタの方が体力あったけど。
みんなでまたバスケした。あの日が最後じゃなかった。なんだ、またできるじゃん。だけど、今日もヒナタがいない。公園に遊びに行くときは大体付いてきてたから。あ、これが普通になるんだな、と思ったら、一等寂しかった。ヒナタがいないのが一番寂しいと思った。
そうはいっても男は素直になれないもので。リョウのやつすごいな。俺には無理だ。泣いたらダサいし。ヒナタはずっと泣いているらしい。俺、そろそろ嫌われてたらどうしよう。そう思ったら、なおさら会えなかった。みんな魔法が使えたらいいのに。そしたら、好きって伝えなくても、わかるだろうに。そんなこと考えてたら、また好きがわからなくて、ヒナタの魔法にもイライラして、結局引っ越し当日になってしまった。
朝、荷物をトラックに入れながら、ヒナタの部屋を見上げた。そしたら、ヒナタもこっちを見ていた。慌てて目をそらしてしまった。久しぶりのヒナタだった。胸がじわじわ暖かくなる。あぁ、好きなんだなぁって思う。このままいっていいのかな。それじゃだめだよな。
「ユウト! ユウト! ユウト!!」
ヒナタの大きな声がして、そのままヒナタが俺に飛び込んできた。
「何?」
驚いて言った。
「行かないでよ! 大好き!!」
ああ、ヒナタまた顔がぐしゃぐしゃだ。
「ユウト! ユウト! 大好き!」
それは特大の
「大好き!」
だった。
「え、ヒナタ、俺に魔法かけた?」
「どんな魔法よ!」
「えっと、俺がヒナタを好きになる魔法。」
もうこんなん、めちゃくちゃ好きじゃん。俺も!
「かけてないよ! かけたくてもかけられないんだもん! 魔法はヒナタにだけはつかえないんだもん!」
「じゃあ、俺には魔法使ってないんだ?」
「使ってないよ。使えないんだもん!」
「なんだ、そっかー。」
これ、作られたものじゃなかった!これは本当の
「俺もヒナタ大好き!」
「今なんていった?」
「もう言わない。」
「噓でしょ? 大好きっていった?」
「聞こえてるじゃん。最悪。」
言ったことがめちゃくちゃ恥ずかしくてそっぽ向いたら、お父さんとお母さんがニマニマしていた。何、その顔。やめてくれ。
「・・・ユウト?」
「・・・なんだよ。」
真っ赤な顔してユウトが振り向いてくれた。
「ってかさ、魔法とか使わなくても名前呼ばれたら振り向くじゃん。」
「そっか。そうだね。」
「名前、たくさん呼ばれたら、好きになるのかも。」
ヒナタの、俺を呼ぶ声が好きだ。
「嘘! ユウトもう遠くにいっちゃうじゃん! 名前呼べないじゃん!」
多分、ずっと好きだ。
「いや、俺はその、もう好きですので」
頼む、これ以上見ないでお父さん、お母さん!
「ああ!もう、お父さん、お母さんあっち行って!!」
俺はお父さんとお母さんを車に無理やり連れて行った。
「ヒナタ!」
「はい!」
「手紙は書く! お前も書け!」
「はい!」
「・・・また会おうな。」
「うん、会おうね。絶対だよ。」
おでこ、こつんとぶつけ合った。懐かしい。ヒナタが泣いてた時によくやっていた。ヒナタの目が真っ赤だ。どれだけ泣いてくれたんだろう。そう思うと胸がきゅっとなった。
それでも離れないといけないもので。俺も乗った車は出発した。後ろを見るとヒナタが大きく手を振ってくれていた。みんなもああやって手を振ってくれていた。
ヒナタが見えなくなって、俺は、初めて泣いた。
大号泣だった。
お父さんもお母さんも何も言わず、車は夏の空を走って行った。
そうはいっても夏休みはまだまだ長いもので。
「ねぇ!ユウト聞いてるの?」
「はいはい、聞いてますって。」
今日も今日とて俺はヒナタとタブレットでビデオ通話していた。ヒナタと俺のお母さんが友達でよかったよ。手紙とかじゃなくてよかったんじゃん。リョウも今度話せるらしい。まぁバスケはできないけど。
「ねぇ、ユウト! 大好き!」
うっ。最近、ヒナタがこれをよく言うようになった。しかもすごいかわいい笑顔で。攻撃力が高くて、俺はいつもうろたえてしまう。俺も、というのもまだまだ先が長そうだ。
ゆるる、なんかより好きと言ってくれる人がいることの方が魔法。好きがわかるより、伝える方がよほどすごい。俺はもう魔法なんて使わないでいい。十分に、それがあるから。
暑い夏、涼しい部屋、母さんが入れてくれた汗をかいた冷たい麦茶。そして、今日も君が僕の隣。
ふるるは君を振り向かせる魔法 K.night @hayashi-satoru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ふるるは君を振り向かせる魔法の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
作家と私/K.night
★9 エッセイ・ノンフィクション 連載中 13話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます