第3話 きららは君を笑顔にする魔法。

きらら。私には素敵な素敵な魔法が使える。


きらら。そう唱えると誰もが笑顔になる魔法。




きらら。サクラは今日もこっそり魔法を使うの。


「もう、サクラちゃんに言われると笑っちゃうんだよね。」


「じゃあ、受けてくれるの?」


「仕方ないなあ。」


「やったあ! ヒナタちゃん、ありがとう!」


ヒナタちゃんは人の恋を叶える魔法使い。リョウ君との恋の応援を頼んだら、「今たくさんお願い事されてるの。」と困った顔をされたけど、魔法で笑顔にしたら受けてくれちゃった。


笑顔ってすごい。サクラは本当に素敵な魔法をもらったと思う。笑うと人は優しくなる。そして笑顔を見ると、サクラもなぜか笑顔になるの。サクラの周りはいつも笑顔が咲いてる。だからサクラはいつも笑顔のサクラなの。


しかもヒナタちゃんにお願いしたら、早速リョウ君と目が合うことが増えた!うれしくていつもよりニコニコしちゃう。図書室が好きで、あまり笑わないリョウ君だけど、サクラね、知っちゃったんだ。魔法で笑顔にしたら、誰よりも超かっこよかったの。あまり目が合わないリョウ君だからみんな知らないんだろうな。リョウ君がすごくかっこいいこと。これはね、サクラだけの秘密なのだ。


「ただいまー!」


「おかえり、サクラ。」


「ウメちゃんも、ただいま。」


ウメちゃんが顔だけこちらを見てくれた。ウメちゃんはサクラのお姉ちゃんで、かわいい三毛猫さん。でも最近は涼しいリビングのいつものクッションの上にしかいない。もうすぐ二十歳のおばあちゃんなんだって。ウメちゃんはお姉ちゃんなのに。


「ウメちゃん、どう? 今日はサクラと遊んでくれる?」


そっと頭をなでてみるけど、ウメちゃんは手に頭をすりよせてくれるだけで、動く気配はない。


「無理だよ、お姉ちゃん。さっき、おやつあげようとしても無理だったから。」


そういったのは弟のカエデだった。そういうカエデこそ、おやつ食べてない?


「ママ!ずるい!サクラもおやつ!」


「もう少しで夕飯の時間だから。」


「まだカエデも食べてるじゃん!」


「僕は今日もランニングしてきたからお腹減ってるの。お姉ちゃんはスポーツしないんだから、おやつ食べたら太るよ?」


「一個くらいいいもん!」


そういって、カエデが残していたバームクーヘンをぱくりと食べた。


「あー! お姉ちゃんひどい!」


「サクラが帰ってくるまでに食べ終わってないのがいけないんですー。」


そしたらカエデ、すごい顔してにらんでくるから「きらら。」ってつぶやいた。そしたら笑顔になって「まあいっか。お姉ちゃん食べてないし。」だって。かわいいなぁ。






「え? ミト君今なんて言った?」


「サクラちゃん、好きだよって。」


リョウ君に告白されたのはそれから数日たった後だった。うれしくてすぐヒナタちゃんにも報告した。これからリョウ君と二人の時間がたくさんできて、たくさんリョウ君の笑顔が見られると思っていたのに、付き合ったとたんリョウ君はなんかよそよそしくなってしまった。理由を聞きたいけど、なんかちょっと怖い。


その日、サクラは一人で眠るのがなぜかさみしくて、リビングにいるウメちゃんを迎えにいった。ウメちゃんは少し前まではサクラとずっと一緒に寝てくれていたのだ。ママより、ウメちゃんと一緒に寝た日が多分多い。


夜遅いのでリビングの扉をそっと開けると、ママが悲しそうな顔でウメちゃんをそっとなでていた。あまり見たことない顔で、なんかちょっとビクッとなった。


「サクラ、どうしたの?」


「…ウメちゃんと一緒に寝ようと思って。」


「ああ、そうよね。サクラも一緒に寝たいよね。ここにお布団持ってきてママと一緒に寝ようか。」


いつもならとてもうれしいはずなのに、なんか今日はちょっと嫌だ。そしたら、ウメちゃんがフルリと起き上がって、ゆっくりとサクラのところに来て、小さく「にゃん」といった。


「ウメちゃん!ウメちゃん!そうだよね、ウメちゃんはサクラと一緒に寝たいよね!」


かわいい!うれしい!ウメちゃん!!ぎゅっと抱き上げてみれば前よりも細くなってしまったけれど、いつものきれいなお日様の目がサクラの笑顔を写してくれている。


「サクラ、ウメちゃんと二人で寝るー!」


笑顔で言ったのに、ママってば困った顔をするから「きらら。」ってこっそりいった。そしたら笑顔になって、「わかった。」といった。ホッとした。


その日は、久しぶりのウメちゃんのぬくもりを感じながら寝た。大好きなウメちゃんの匂いに包まれて、サクラは久しぶりに笑顔で眠った。





リョウ君が笑顔になるように、たくさん考えてお手紙を書いた終業式の日、ユウト君が転校することがわかった。みんなもサクラも驚いた。ヒナタちゃんなんて、真っ青になっていた。みんな悲しそうで、サクラみんなを笑顔にしなきゃと思ったけど、なんか全然そんな雰囲気じゃなかった。


サクラはあまりユウト君とお話ししていないから、実はそんなに寂しくなかった。だからみんなで書いたお手紙には「元気でね!」とスマイルマークを書いた。リョウ君へのお手紙にも書いたスマイルマーク。サクラのマーク。そうだ、サクラは笑顔の魔法使いなんだから。笑ってお別れした方が絶対にいい。「きらら」ってそっとみんなに言って回った。


そしたら、ユウト君が最後「みんなでバスケットしよう!」って男子全員外にいっちゃった。だからサクラは、リョウ君のお手紙をリョウ君のランドセルに入れた。女の子たちが何人か固まって「寂しいね。」とか「夏休み遊ぼね。」とかいろいろ言い合ってる中、いつもみんなに囲まれているヒナタちゃんが、静かに教室から出ていった。そういえばヒナタちゃんに魔法かけていない。あんなにショックな顔していたのに。慌てて後を追いかけた。


笑顔で、笑顔で。


「ヒナタちゃん!」


そう元気よく声をかけた。ヒナタちゃんは少し振り向いたけれど、そのまま走って行ってしまった。


ヒナタちゃんは泣いていた。





「ウメちゃん、サクラは笑顔の魔法使い失格です。」


相変わらずリビングで涼んでいるウメちゃんに、顔をうずめてサクラは言った。ママはカエデのサッカーの練習について行った。フクフク、フクフク。かすかに揺れるウメちゃんの体を感じるとサクラの元気が少しずつ復活していった。


「ありがとう、ウメちゃん。」


そういってなでると少し気持ちよさそうに目を閉じるから「大好き!」って言って、またウメちゃんの体に顔をうずめた。サクラ、やっぱり笑顔が好き。うれしいのが好き。だから、サクラはやっぱり笑顔の魔法使いを頑張るよ。ねえ、ウメちゃん。




そしたらゴロゴロとのどを鳴らしてくれたウメちゃんは、3日後に死んでしまった。




「サクラ、サクラ、起きて。」


そう起こしてくれたママは目が真っ赤だった。ママに導かれてリビングに行くと、ウメちゃんがいた。


「ウメちゃん?」


ウメちゃんの体にそっと手を伸ばすと、冷たかった。どんなに痩せても、暖かくて柔らかかかったウメちゃんが、違うものになっていた。慌てて手を引っ込める。心臓がバクバクいっている。これ、ウメちゃんのかな。これがウメちゃん? 顔を見てみたら、ウメちゃんだけどウメちゃんじゃないように見えた。


「ほら、サクラ、最後になでてあげて。ウメちゃん、頑張ったから。たくさんたくさん頑張ったから。褒めてあげよう。」


そういって、ママがサクラの手でウメちゃんをなでる。冷たい、冷たい。え、これなあに?

ウメちゃん、もしかして、死んじゃったの? だって痩せても、ずっと生きてたよ? サクラ、昨日もウメちゃんの側にいたんだから。

「ウメ。ありがとう。ちゃんとみんなでお別れするからね。みんな、ウメが大好きだから。」


最後の方がよく聞こえなかった。ママが大声で泣きだしたから。こんなママ見たことない。ママはいつも笑顔で、優しくて。どうしていいかわからなくてカエデと目を合わせた。でもカエデは全然動かないから、サクラがそっとママの背中をなでた。どうすればいいかわからないから、ただなでた。サクラはなんで泣いてないんだろう。ママは少し落ち着いて、涙を拭きながら「大丈夫、ごめんね。」といった。


そうだ。こういう時こそ笑顔にしなきゃ。サクラは笑顔の魔法使いで、みんなを笑顔で幸せにするんだ。だからサクラは泣かないの。そうだよね?


きらら、その言葉が喉に張り付いて言えなかった。でも振り返ったママは笑顔だった。涙を流しながら、笑顔だった。それはとてもきれいで、なぜだかとても悲しかった。





なんだか家でじっとしていられなくて、お外に散歩に出た。心の中が空っぽだった。夏の外は熱くて、帽子かぶってきたらよかったな、なんてぼんやり思っていたら、空の向こうが黒かった。それはあっという間にこっちに来て、すごい勢いであたりを濡らし始めた。慌てて近くの公園の遊具の穴に入った。雨がこれでもかってくらい隙間なく降っている。雲がゴロゴロ言い始めた。どうしよう。ピカっと光ったかを思えば、すぐに大きい音がした。


「サクラちゃん!」


怖い!今絶対に近くに落ちた。どうしよう。そっと目を開けると穴の外で黄色いレインコートを着たリョウ君が私を心配そうにのぞき込んでいた。また雷の音がする。


「きゃあ!」


「サクラちゃん、大丈夫。僕だよ。」


「リョウ、君?」


「よかった。やっぱりここにいた。」


そういってリョウ君も穴の中に入ってくると、はい、とタオルを渡してくれた。ふかふかのタオルだった。


「リョウ君? なんでここにサクラがいるってわかったの?」


「僕、魔法使いだから。」


「リョウ君も魔法使いなの? あ、もしかしてだからサクラリョウ君といるといつも笑顔になれるの?」


「うん? どういうこと?」


そこからサクラたちは穴の中でたくさんお話しした。どういう魔法が使えるのかとか、最近どんなことがあったのかとか、今朝の、話とか。泣いちゃダメ、とサクラは思いながら話してたから下を向いて。しばらくリョウ君が何もないわなくなった。おそるおそる顔を上げると、なぜかリョウ君が泣いていた。


「ごめんね、サクラちゃん。僕、サクラちゃんいつも笑顔だから悲しいとか寂しいとか思ったことないと思ってた。ごめんね。」


「なんで? リョウ君が謝ること何もないよ?」


サクラがリョウ君の頭をなでると、リョウ君、ウメちゃんみたいにサクラの手に頭をすりっとなでつけた。


「きっと、ウメちゃんも魔法使いだったんだね。サクラちゃんを笑顔にする魔法使い。」


そう優しく言うから、サクラ、とうとう泣いちゃった。サクラ、ずっと泣かないようにしていたのに。泣いたって、どうしようもなかったから。


サクラね、寂しかったの。カエデが生まれてからずっと、ママもパパも取られたみたいで。特にカエデがサッカーをし始めてから、土日になると3人で練習を見に行っちゃうの。それが悲しいって言えなかった。


だって、サクラお姉ちゃんだもん。ウメちゃんと同じ、お姉ちゃんだもん。寂しかったけど、うれしかったよ。ウメちゃんがずっとサクラの側にいてくれたから。でもウメちゃんいなくなちゃった。冷たくなっちゃった。なんで?もういないの?



何を言ってるかサクラよくわからなくなったけど、リョウ君は全部聞いてくれた。


「いいんだよ。寂しいっていっていいんだよ、悲しいって言っていいんだよ。サクラちゃんのママはさくらちゃんが大好きなんだから。」


そう言ってくれた。ひとしきり泣いて落ち着いた後、外が明るくなった。リョウ君が穴から顔を出して「サクラちゃん!」と手招きした。リョウ君に手を引かれて、外に出ると、リョウ君が空を指さして


「にーじー!!」


って言った。空に大きな大きな虹が出ていた。リョウ君が笑顔で


「キレイだねー!」


っていうから、サクラも思わず笑顔で


「うん!」


って言った。リョウ君の手がウメちゃんみたいに暖かくて優しかった。



きらら、よりリョウ君の方が魔法。サクラを泣かせて、笑わせてくれた。魔法を使って笑顔にするより、笑顔にできる存在になる方がずっと素敵な魔法。


ねえ、ウメちゃん、ウメちゃんもサクラの魔法だったよ。大好きだよ。たくさん、たくさん側にいて、笑顔にしてくれてありがとう。サクラ、帰ってからまた泣くと思うし、今度はママやカエデに怒ったりするかもしれないけど、きっと笑顔に戻れるよね。たくさん泣いたら、笑顔だよね。だって、あの虹の奥で、ウメちゃんが「にゃん」って笑ってくれた気がするから。






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