第2話 ホムンクルスと錬金術師②
錬金術師は、僕の知能を図っているようで何度も何度も僕に質問を投げかけた。
「君は自身が何者か、わかるか?」
「僕は、ホムンクルス」
「そうだ、君はホムンクルス。君は、ホムンクルスについては何を知っている?」
「ホムンクルスは、錬金術師が創った人造人間。…僕はあなたに創られた」
「ああ、俺が君を創った。それじゃあ、錬金術については何を知っている?」
僕は答えた。
「錬金術は主に卑金属を貴金属に変える技術およびその知識。様々な物質や精神を錬成しようとする試み」
錬金術師は満足そうにうなずくと、テーブルの上に無造作に積みあげられた書類の山から一冊の本を目の前に差し出しこう言った。
「これが何か、君にわかるか?」
「本。情報を文字や絵で書き連ねた文書をまとめたもの」
「なんの本だ?」
僕は受け取った本をしばらくペラペラとめくってみたけれど、先程までのようにすぐには答えることが出来なかった。
「読んでみろ」
錬金術師はニッコリと笑った。
『読む』、それはわかる。この本に書かれていることを読み上げればいい。だけど僕にはそれが出来なかった。僕はこの本書かれている『文字』を知らない。
僕が黙っていると、錬金術師は「まずは読み書きができるようにならなければいけないな」といった。
錬金術師は僕が答えなかったことをさして気にしたようでもなかったけれど、僕は『文字』を読めないということで自分が劣っているように感じて、顔に熱が集まるのを感じていた。
「…どうして僕を創ったの?」
どうして僕は文字を学ばければならない? どうして僕は錬金術師に創られた?
培養液の中にいる時はさして気にならなかった。創られた。それが全てで、たいした出来事ではないと思っていた。たいした理由では無いと思った。
だけど今は、そうでは困る。僕は、僕の創造主たるこの錬金術師にいつ必要ないと切り捨てられるかわからないのだ。
「なぜって、君には手伝ってほしいことがあるんだ」
錬金術師は手伝ってほしいことがなんなのかを教えてはくれなかった。
それよりもまずは基礎的な読み書きらしい。
僕は読み書きが出来なくても困らないし、役に立てるはずなのに、と思った。これは僕の錬金術師に対する反抗の気持ちだったのかもしれないし、ただ読み書きが出来ないということで知識があるという僕の尊厳を脅かすことを恐れる意地だったのかもしれないけれど、僕はたしかにそう思った。
そう思った僕の心が伝わってしまったのだろうか、錬金術師は少し考えるような素振りを見せると口を開いた。
「不服そうだな。じゃあ、錬金術による錬成…はおそらく無理だろうから、そうだ、掃除をしてみてはくれないか?」
錬金術師は話している途中の視界の端に写ったのだろう毛ばたきを見つけると、
「これを使うといい」といって差し出した。
僕は黙っていた。
どうやって?とはどうしても言いたくなかった。先程までの自信がそうさせてしまっていた。錬金術師の言いたいことが今なら少しはわかる。
ほらな、錬金術師は肩をすくめると、「君は知識はあるようだが理解がないようだな。それはなにも知らないのと同じことだ」と言った。
「まずは何事も経験だ」
そう言う錬金術師の口調は穏やかな物だったけれど、僕は今度こそ素直に『恥ずかしい』と思った。
それから僕は文字を習った。錬金術師がどうして僕を創ったのかは結局教えてもらえなくて、僕は不貞腐れていたけれど、単純にできることが増えるという読み書きは思いの外、楽しいものだった。
ペンの持ち方から簡単な読み書きを習って、僕がしばらく文字を書く練習をしていると、錬金術師はふと思い出したように「そうだ、君は、自身の名前がわかるか?」といった。
僕は書き連ねていた手を止めて、錬金術師の顔を見上げる。
『名前』? ホムンクルスも事物を区別するための名前だけど、錬金術師が言っているのはそういう意味ではないだろう。ホムンクルスという種別の僕という個体を指し示す、『固有名詞』のことを指しているのだ。そう思うと僕は心がはずむのを感じた。
「僕に、名前があるの?」
今度は聞いた。わからなかったから聞いた。文字を知らなかったこと、錬金術や掃除を出来なかった時に感じた恥ずかしさは露ほども感じられなかった。
「アル。君の名前は、アルヴィトルだ」
僕は口元がゆるみ、顔がほころぶ。それから顔を思いっきり歪ませた。もしかしてこれが俗に言う『ダジャレ』?
僕は名前をもらえたことを嬉しいとは思ったけれど、もしこれがダジャレなのだとしたら、僕はちっとも『面白い』などとは思えなかった。
錬金術師は僕の不満げな顔の理由に首をかしげていたようだったけど、特に理由などは聞きもせず読んでいた本を閉じ、立ち上がるとこう続けた。
「アル、今日の勉強はこれくらいにして買い物に出かけるぞ」
「買い物?外に出かけるの?」
僕は現金なもので、早々に不機嫌から立ち直ると僕の意識は外の世界へと向いていた。
「おまえの服など必要な物を買いに行かなければいけないからな」
そう言って扉の方へと手招きする錬金術師の方へと、僕は全力で駆けていった。
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