第一話 金井秀人
「俺の手駒になってくれない?」
平日の昼下がり。窓からは、晴天の日差しが入ってきている。
軽いお使いでも頼むような口調で、
広域指定暴力団当間会。その傘下である檜山組。彼等の、複数ある事務所の一つ。
事務所内は、任侠映画に出てくるような造りではなかった。大きなソファーもなければ、立派な机もない。もちろん、組長の肖像画も当間会の会長の肖像画もない。まるで、一般的な会社のオフィスのようだった。秀人が、もしかして襲撃する場所を間違えたか、などと考えてしまうほどだ。そもそも、このビル自体が普通のオフィスビルに過ぎない。ここは、その一室。
しかし、秀人の情報に間違いはない。つい先日、嬲り殺しにした檜山組の組員が吐いた情報なのだから。
今の時代の暴力団は、昔のように、その存在だけで幅を利かせることはできない。法律や条例による取り締まりが厳しくなり、暴力によって得られる物が以前に比べて遙かに少なくなった。結果的に、通常の会社と変わらない経営手腕が必要となってきた。たとえ有力な組織の傘下であったとしても。その組自体が大きくなければ、特に。
この事務所は、そんな時代背景を物語っていた。
秀人は暴力団員ではない。世間的に見れば、ただの一般人。
どこにでもいる一般人と違うところと言えば、ひとつは、その容姿だった。
まるで人形のような美青年。そんな表現がこれ以上ないというほど当てはまる。大きく整った形の目に、平行に添う二重瞼。涼しげな口元。通った鼻筋。小柄で細身な体型も相まって、美女のようにも見える。
もうひとつ、一般人と違うのは──
「えっと……よく聞こえなかったんだけど、ご要件は?」
事務所にいた一人が、やや感情を抑えた声で聞いてきた。ゆっくりと近付いてくる。坊主頭にがっしりとした体型。一目で堅気の人間ではないと分かる。
事務所の奥──窓際にあるデスクには、目の前の男と同様に坊主頭でいかつい体型の男がいた。あの男が、この事務所を任されている岡田だろう。そう、秀人は判断した。
面倒だから、まずは一人、殺して見せるか。
胸中で呟いた秀人は、近付いてきた男に自分の指を向けた。銃を模倣するように人差し指と中指を彼に突き出す。
「とりあえず死んで」
言うが早いか、秀人の目の前で、男の額に穴が空いた。頭蓋骨を貫通し、昼下がりの日差しに似つかわしくない血を撒き散らす。
秀人は男に触れていない。ただ、その指先から使っただけだ。
超能力を。
超能力は、今から四十年ほど前に科学的に存在が明かされた。特殊な脳を持つ者が、一定の施術を受けることで使用できるようになる能力。その能力は、警察や自衛隊などで防犯防衛のために使われている。
秀人は警察官でも自衛隊員でもない。もちろん、施術も受けていない。
それでも超能力を使えた。それも、施術と訓練を受けた警察官や自衛隊員よりも遙かに高度なレベルで。
ひとり殺されて、このテナントにいる組員達の顔色が変わった。人数は、岡田を入れて十人。その全員の目付きが鋭くなった。机や懐から、各々、銃や刃物を取り出す。
しかし、組員達は、武装したものの襲いかかって来なかった。不可解だからだろう。秀人がどうやって組員を殺したのか、分からない。未知のものに対する警戒心。
「もう一度言うけどさ──」
秀人の顔色は、まったく変わらない。人を一人殺しても。
人の命など、軽いものだ。父と母の命がそうだった。警察に冤罪をかけられ、結果として自殺という選択をした父。父が逮捕され有罪判決を受けたことにより周囲に悪意を向けられ、天井から照る照る坊主のようにぶら下がった母。
冤罪が証明されても──その冤罪のせいで母が自殺したことを知りながらも、謝罪一つしなかった警察機関。
人の命は軽い。だから、弄ぶ。警察は、正義の味方の仮面を被った犯罪者集団。だから、オモチャにする。
この襲撃は、秀人にとって、そんな目的のための第一歩だった。ここがスタート地点。
「──俺の手駒になってよ」
事務所に入った直後に言った言葉を、再度、秀人は口にした。軽い頼み事のように。家族に言うような気軽さで。
秀人の言葉が合図となったように、銃を持った組員達が発砲してきた。サイレンサーが組み込まれた銃のようで、発砲音はあまり大きくない。
銃を持った組員は六人。立て続けに発砲された銃弾は27発。そのうちの22発が秀人に当たった。
正確に言うなら、秀人が自分の体の周囲一センチほどに張り巡らせた超能力の膜に当たった。膜は防弾チョッキよりも弾力性や耐久力に優れている。ダメージはまったくない。
秀人は右手を前方に差し出すと、頭の中にイメージを組み立てた。手の平からロープ状に伸びた超能力が、組員の一人の体を縛り上げる。
超能力の源泉は脳だ。だからこそ、その能力は精神状態に大きく影響される。例を挙げるなら、殺意を持てない人間には人を殺せるほどの超能力は使えない。
そういった意味でも、秀人は超能力の天才と言えた。人を殺すのに、何の躊躇いもない。
秀人の超能力に巻き取られた組員は、ロープで縛られたように体を固定されていた。身動きが取れずにいる。
秀人は少しずつ、組員の体を縛る超能力を強めてゆく。縛り上げたロープを、締めつけるように。
腹部のあたりを超能力に拘束された組員は、締め上げる強さが増すにつれて、顔色を変えていった。鬱血し、紫色に変色してゆく。
組員の口から、声にならない声が漏れていた。バキッという音とゴリッという音が混じったような、骨が折れる音。口から血が吐き出される。
秀人が超能力を強めると、その圧力に負けた組員の体は二つに分かれた。上半身部分が床に落ち、立ったままの下半身からピューピューと血が吹き出ている。
ここまで器用に超能力を使いこなせる人間は、警察機関にも自衛隊にもいない。少なくとも、秀人の知る限りでは。
組員の体を真っ二つにしたロープ状の超能力を、秀人は薄く鋭く絞り上げた。パン生地を伸ばすようなイメージ。薄く、刃物のように鋭く、平らにする。長い刃物のように鋭くなったそれを、銃を持っている組員の首に向かって横凪に振った。
組員の首だけが、秀人の超能力の上に乗った。胴体と泣き別れになって。長く伸ばした超能力を縮め、秀人は、胴体を失った組員の頭を自分の目の前まで持ってきた。
薄く平らな超能力の上に乗った、組員の生首。彼と目が合った。
首だけになってから数秒だけ、組員は意識があったらしい。あれ?──とでも言いたそうな顔を秀人に向けたまま、絶命した。自分が死んだことにも気付けなかっただろう。
自分の身を守る超能力のみ残し、秀人は、武器に使った超能力を解除した。組員の生首を右手に持って。
その生首を、部屋の奥で呆然としている岡田に向かって放り投げた。
人の頭は、生きているときの姿からは想像もできないほど重い。約六~八キログラムほどもある。その重量感のある生首がゴトンッという音を立てて自分の机の上に落ちてきても、岡田は呆然としたままだった。
「ねえ、岡田さん」
三人殺した。ほんの数分で。秀人自身に、そんな雰囲気はまったくなかった。涼しげな、綺麗な顔。
秀人に名前を呼ばれて、岡田がパクパクと口を動かした。凶悪そうな強面。その顔に似つかわしくない冷や汗が、額にビッシリと浮かんでいる。
「なんで俺の名前を知ってるんだ?──とか、そんな質問はいらないから。調べただけだし」
岡田が言いたそうなことを代弁し、秀人は続けた。
「もう一回だけ言うよ。俺の手駒になって。まあ、手駒って言っても、別に搾取するだけじゃないから。俺だって見返りは渡すよ。殺して欲しい奴がいるなら、殺してあげるし」
秀人の表情は穏やかだ。笑みさえ浮かべている。それだけに、組員達が感じた恐怖は尋常ではなかっただろう。一人、失禁している者もいた。
「ちなみに、回答はYESしか認めないから。その回答が出るまで、五秒ごとに一人ずつ殺す。ここにいるのは八人だから、岡田さんを入れてリミットは四十秒だね」
失禁した組員が我に返ったのか、銃口を向けてきた。
「はい、いーち、にー……」
失禁した組員が発砲する。そのすべてが、秀人の超能力によって防がれている。
「……ごー。はい、一人目」
失禁した組員の頭を、秀人の超能力が打ち抜いた。
「じゃあ、次。いーち、にー……」
──結局、岡田が白旗を上げて秀人の要求を飲んだのは、さらに二人の組員が殺されてからだった。
それは、秀人が本格的に行動を開始した日の出来事。
二四歳のときの、ある日の出来事。
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