第62話 謎の依頼と魔力空気清浄機④
レイナルド様をなんとかいいくるめて小瓶の山を回収してもらうことに成功した私は、フラスコにリーゼル、ユキソウ、フェンネルの葉を入れ魔力を注ぐ。
「本当にシンプルな生成だね」
「はい。流通を考えたとき……魔石の生成は私がするとしても、加工からは外部にお願いしたいので。複雑化しそうな素材は使いません」
「その通りだ。質を保ちつつ量産するためにはそれがいい」
レイナルド様に褒められてほっとした。ずっと引きこもって研究ばかりしてきた私はそういったことに疎いから。
安心した私は、視線を手もとに戻す。魔力は気配こそわかるけれど、目には見えない。だから、魔法が消えたと言われているこの世界では錬金術を使って生成をしている時が『魔力を見られる』唯一の時間。
もちろん、魔力自体が見えるのではなくて、手元できらきらと形作られるポーションや魔石や魔法道具が幻想的だという意味なのだけれど。
いま、私の手もとのフラスコの中には雲母のように細かい光の粒で埋め尽くされていた。目を刺すような激しい光ではなくて、柔らかく鈍い穏やかな輝き。その真ん中の石が、透き通ってみるみるうちにどんどん色を濃くしていく。
「すごい。キレイな翡翠だ。さすが」
レイナルド様の感嘆の声を聞きながら、さらに魔力を込める。当然のことながら魔力は全然なくならないし、心配性のレイナルド様が大量に準備してくださった高級なポーションの出番は全くなさそうだ。
光が消えると、フラスコの中にはごく細かい輝きを帯びた翡翠色の石が転がっていた。私はそれを取り出すと、レイナルド様にお渡しする。
「鑑定を……お願いいたします」
「ああ」
レイナルド様はできたばかりの魔石を指でつまみ、見つめている。成功しているのは感覚でわかるけれど、質はどうなのかが気になるところで。
「うん。これもまた純度が……100、か」
「! よかったです……! これなら日に数十個単位での生成が可能です。それをベースに、量産できるよう、」
はたと気がつく。レイナルド様は、私と魔石をまじまじと見比べていた。な、な、ななな何でしょうか……?
「……不思議すぎる。フィーネが作る魔石はどうしてこんなに完璧になるんだろう」
「……」
魔石の生成に成功したことに安堵していた私は、予想外の展開にひゅっと息を呑む。
「あ、あの……魔力量が人より多いからでは……?」
「フィーネは『ちょっと珍しいこと』ぐらいに考えてるかもしれない。でも、宮廷錬金術師を名乗る人々も魔力量が相当多いだろう? 彼らでも100はない。よくて90%台ってとこだよ。数値にしたら大した差に思えないかもしれないけど、誤作動の可能性や加工のしやすさを考えてもこれは異常と言っていいほどの質だ」
「れ、錬金術の基礎知識では、そ、その人が生まれ持った資質が大きく関係するのが常識ですし……」
スウィントン魔法伯家の遠縁だから、というのも納得してもらうにはいい理由に思えるものの、それではレイナルド様が『フィオナ』のことを思い出してしまいそうでやめておく。別に思い出してもいいのだけれど、何となく。
魔石は石と素材を魔力で反応させてできるもの。風の魔石は植物を素材として使い、水の魔石は海や湖の水を素材とし、火の魔石は燃え盛る炎や火山の熱を素材とし、土の魔石は岩や宝石・土を素材とする。
初めは教科書に載っているレシピを使ってお手本通りに魔石を生成するのが普通だ。経験を積んだらいろいろな組み合わせを試して、自分の思い通りの効果を持つ魔石を作ることができる。
もちろん、そこまで辿り着けるのは一握りの錬金術師だけ。何よりも勉強が必要なので、錬金術が相当に好きでないと自分のレシピを持つことは難しい。
けれど、レイナルド様は私が自分で魔石のレシピを考えることに初めから驚いたりはしなかった。私と同じ方向を向いている人なんだな、と思うとうれしくなってしまう。……もっとも、今は口下手な私にとってピンチでしかないのだけれど。
話を戻そうと思う。そうやって出来上がった魔石に動力を溜めたりさらに別の効果を付与したりするのが「加工」だ。
生成も加工も、錬金術師の知識や技量が試される。教科書のレシピ通りのものなら比較的簡単にできるけれど、使い方や道具の質に合わせて最適なものを作るとなると途端に難易度は上がる。
私とレイナルド様がしようとしているのは、まさにそういうことだった。
「フィーネが作る魔石が純度100になるのも、難しい加工ができるのも、生まれ持った性質によるもの、ってことかな、やっぱり」
「ま……まぁ……あの、そういうものなのでしょうか」
逡巡するうちに、レイナルド様はそれっぽい結論に辿り着いてくださったようでほっとした。
ちなみに、この疑問については十年ほど前、お兄様と一緒に仮説を立てたことがある。『魔法を発動させる精霊がわずかにフィオナの魔力に反応するから反応がよくなる』というそのままの答えだったけれど。
「……」
レイナルド様は私の問いに対し、何も言わずに頷いた後、奥の棚から砂の入った袋を持ってきた。魔法道具を作る際に設計図と一緒に使う、云わば「魔法の砂」だ。
「とにかく、今日はこれを試作品として仕上げられるように頑張ろうか」
「……はい」
ここからは、レイナルド様の得意分野になる。レイナルド様は事前に書いておいてくださった設計図に砂を振りかけ、魔力を込めていく。
すると、砂がざぁっと舞い上がる。設計図に描かれた図と文字も浮かび上がり、ぐるぐると回って光る。いつ見ても幻想的で綺麗……!
そうして、作業机の上にコトンと音を立てて鎮座したのは、辞書のような大きさの箱だった。予想外のデザインに私はゆっくりと瞬いた。
「レイナルド様……これ、随分と小さい気がするのですが……!」
「うん。フィーネの作る魔石なら、入れ物が小さくても十分に効果を発揮するかなと思って。これぐらいの大きさなら、一つしかなくてもいろいろな部屋に持っていけるしね」
「な、なるほど……!」
私は、上部に作られたスライド式の蓋を開けて、布張りのポケットにさっき生成したばかりの魔石を入れてみる。確かに、外側が小さい分動力が節約できそうだった。
「加工で魔石にどんな効果を追加しようかな……。薬草を反応させる働きがなくなった代わりに外側にフィルターがついているけれど、それだけではきっと効果が不十分。でも、加工で追加するものが多すぎると量産するのが難しくなるし、やっぱり定期的に魔石を入れ替えるのがいいのかしら」
「……フィーネ」
「……!?」
真剣に考えていた私は、あっと息を呑んだ。目の前に、レイナルド様のお顔がある。アクアマリンみたいな透き通った空色の瞳と、青みを帯びた黒髪にどきりとする。
な、何でしょうか……!
驚きで言葉が出ない私に、レイナルド様は楽しそうに告げてくる。
「フィーネは何か食べたいもの、ある?」
「えっと、あの……?」
私はまたパチパチと目を瞬く。王宮の厨房から持ってきてくださる朝食か夕食のメニューの相談……? と思っていると。
「試作品の効果が確認できたら、今度、商業ギルドに行って商品登録しよう。この前みたいに、一緒に出掛けよう?」
「!」
「クライドも来ると思うけど、アイツのことは気にしなくていいから」
「え……え、えっと、あの……!?」
レイナルド様の口調は、デートのお誘いさながら……だった。
もちろん、私はそんなのは物語の世界でしか知らないけれど。
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