第63話 商業ギルドデート

 次の休日。


 いつもより早起きをした私は、寮の自室で認識阻害ポーションを大量に生成していた。


 自分の分と、レイナルド様にお願いされた分……一応、小瓶で5本分つくってみた。


「レイナルド様はつくらなくていいと仰っていたけれど……やはり必要としている人がいるのだし、あったほうがいい、よね……」


 魔力を注ぎ終えたフラスコの中身が冷めるまでの間に、外出用のワンピースに着替える。


 念のため、私のクローゼットには『フィオナ』の服は入っていない。デザインも『フィオナ』が着そうな淡い色や小花柄生地のフェミニンなものは極力避けてある。


 今日は、紺の生地に同系色のレースの襟がついたワンピースを選んだ。色は目立たないものだけれど、ふんわりと膨らんだ袖や腰の下に向かって柔らかく広がるスカートのデザインがとてもかわいい。これは『フィーネ』のお気に入り。


「レイナルド様とのお出かけは夕方からだから……その前にアトリエに寄って試作品の効果を再確認したいわ。そのついでにこのポーションも置いてこよう……!」


 ちなみに、以前、私が作る認識阻害ポーションの効き目は半日程度だった。けれど、毎日生成していたら、いつのまにか継続する時間が少しだけ伸びていた。術者の熟練の度合いで生成物のレベルや効果が変わる錬金術って、やっぱり奥が深いなぁと思う。


 そんなことを考えながら、私は紙袋にポーションを詰めた小瓶を入れ、冬用のコートを羽織って寮の部屋を出たのだった。





 薬草園に向かう回廊を歩いていたときだった。


 庭に面したテラスに置かれた白いベンチに誰かが座っている。柱の陰に隠れて見えないけれど、日の光でわずかに青く輝く黒髪が目に留まった。


 ……あれ。もしかして、レイナルド様では……?


 ぴたり、と足を止めた私に、レイナルド様も気がついたようだった。私と目を合わせてから、一瞬ためらったようにして軽く微笑んでくれるのが見える。


 ちょうどいい。約束は夕方からだけれど、今のうちにこのポーションをお渡ししよう……! そう思った私は、ポーションの入った紙袋を軽く掲げた。


「レ……レイナルド様、ご依頼のポーション、お持ちしました……!」


 その瞬間、レイナルド様が座っているベンチのちょうど向かいの位置――柱になっていて見えなかった場所から、艶やかな黒髪の女性が現れて私に向き直る。


「あら、レイナルドのお友達? ……ってあら、あなた」


「……!?」


 それが誰なのかを瞬時に把握した私は固まってしまった。挨拶をしなければ、と思うのに動けない。だって、何の心の準備もなしにに遭遇するなんて、元引きこもりの私にはハードルが高すぎる。


 数秒のフリーズの後、私は何とか淑女の礼をすることができた。


「は、初めてお目にかかります」

「初めて? ……あっ、そうよね! そう、はじめましてだわ。お名前を伺ってもいいかしら」

「……フィーネ・アナ・コートネイと申します、

「あらあら」


 私の挨拶に優しく目を細めてくださったのは、レイナルド様と同じ空色の瞳に艶やかな黒髪をきれいにまとめた女性。


 ――王妃陛下、だった。


 ……どうしよう。私は、なんて状況のところに声をおかけしてしまったのだろう。王妃陛下の背後にいらっしゃるレイナルド様のお顔も心なしか引き攣って見える。


 そっか。もしかして、さっきの微笑みは話しかけないでね、の微笑みだったのかもしれない……!


 自分の軽率すぎる振る舞いを悔いても、もう遅かった。

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