第61話 謎の依頼と魔力空気清浄機③

「わぁ! 雪だわ……!」


 窓の外を降りるふわふわとした白いものに、私は目を輝かせた。


「フィーネは雪が好きなんだ?」

「あの……冬の匂いが好きで。雪が降ると、さらに濃くなる感じがして、」

「それ、わかるな」


 私とレイナルド様は二人で窓辺に立ち外を眺める。


 休日の朝、暖炉の火でぽかぽかに暖まったアトリエ。私と視線を合わせて微笑んだレイナルド様は、そのまま奥のキッチンへと向かう。


「あっ……私が!」

「いいよ。フィーネは魔石の続きをしていて? それに、今日はコーヒーじゃないものにしようと思うんだ」


 今日こそはお手伝いを……! と思ったのにまた断られてしまった。けれど、コーヒーでもホットワインでもないものって何なのかな。気になった私はキッチンを覗き込んでみる。


「あ、これは……?」

「ホットミルク、好きだよね? 冬の匂いが消えないように今朝はこっちにしようかなって」

「ありがとう……ございます……」


 レイナルド様にとっては何気ないことなのかもしれないけれど、私が好きなものをひとつひとつ大切にしてくださる姿は、神様のように優しく思えてしまう。


 レイナルド様は小さなお鍋でふつふつと温まったミルクをカップに注ぐと、はちみつをのせてから私に渡してくれた。


「熱いから気をつけてね」

「ありがとうございます。……わぁ、優しい香り……」


 カップから伝わる熱と、ミルクとはちみつのほんのり甘い香り。キッチンを背にして、レイナルド様と二人また窓の外を見る。少しだけ曇った窓の先に見える庭の景色は、雪化粧に染まり始めていた。


 のんびりあったかい空気になじんだレイナルド様が聞いてくる。


「フィーネは……ここでの毎日をどう思う?」

「!? ええと……あの、とても楽しくて幸せです。大好きなものに囲まれて大好きな研究ができますしわからないことがあればいつだって調べられるしレイナルド様が相談にのってくださいます。薬草園の仕事も充実していて……ネイトさんも親切ですし本当にありがたく、」

「フィーネは好きなものの話になると急に饒舌になるね」

「! も、申し訳……」


 くつくつと笑い始めたレイナルド様を見て、私はまた喋りすぎていたことに気がつく。けれどそんな私のことを気に留める風もなく、レイナルド様は穏やかで柔らかい視線をくださった。


「かわいい、って言ったら失礼かな。大人の女性に」

「!」


 びっくりして固まってしまった私に、レイナルド様は優しく微笑んで続ける。


「まぁ、かわいいは失礼かもしれないからやめておくけど。でもフィーネが好きなものを楽しそうに話しているのを見ると、ここに誘ってよかったって思うよ」

「レイナルド様……私こそ、ありがとうございます」


「ついでに言うけど……何か不安なことがあったらいつでも言うんだよ? フィーネがここで笑っていてくれるのが、俺の最近の生きがい。フィーネがそうやって楽しそうに好きなことを話してくれる毎日を守りたいんだ」

「は……い」


 生きがいで守りたい、なんてあまりに大それた言葉ではないのだろうか。聞き間違いではと思ったけれどそれを口に出すことすらできなくて、目をゆっくりと瞬いた私はただホットミルクを口に運んだ。


「あ。フィーネ、きちんと美しい礼は封印している?」

「ふ、封印でしょうか……?」

「そう。面倒ごとから逃れたかったら封印して」

「ふふふっ。承知いたしました」


 まるで必殺技のような呼び方をするレイナルド様に、固くなっていた私も思わず笑みがこぼれる。


 最近仲良くなった友人――リズさん、の前では淑女の礼が必要な気持ちになってしまうけれど、なんとなくそれは言わないでおいた。


「ホットミルクを飲み終わったら、魔石の生成の続きをしようか?」

「はい。素材もきちんと準備してあります……!」


 先日、私たちは魔力空気清浄機に適した魔石を生成しようとした。けれど、素材が足りなくてまた日を改めることになってしまったのだ。


「基礎になる石はいつも通りでいいけど、動力としてシンプルな風の魔力を湛えた魔石にするために、素材を最上級のものにしたいってことだったよね」

「はい。大量に流通させるため生成を外部発注することを考えても、魔石は加工しやすいシンプルなものにするべきです。少ない労力で最大の効果を発揮するには素材の質を上げるのが一番の近道かと」


 私の言葉に、レイナルド様は真剣に考え込んでいる。


「それだと……生成のレシピを外部に漏らすことになるね。フィーネはそれでもいいの?」

「私が考えたものをたくさんの人が使っているところを考えるだけで楽しいです」

「……そっか」


 一般的に錬金術で作った道具やポーションを流通させる場合、商品自体を作って販売する・そのレシピ自体を販売する、の二パターンが考えられる。


 それぞれで一長一短はあるものの、魔力空気清浄機という道具の性質から見て、後者のほうが人のためになると思う。


「ネイトさんに相談したら、風の魔力を帯びた魔石を生成するのに必要な薬草は温室のものを好きに使っていいということでした。もちろん、季節的に不足する可能性があるものはだめですが」


 そう言いながら私は布袋から薬草を順番に取り出してテーブルの上に置いていく。葉っぱが丸いものと、とんがったものと、茎だけの棒のような薬草の三種類。


 一方、レイナルド様も紙袋から何やら小瓶を取り出し、私の前にコトンコトンと並べていく。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ……おそろしいことに、まだまだ出てくる。えっこれは何でしょうか?


「フィーネが魔石を生成するのを見るのは久しぶりだね。楽しみだな」

「あ……の……? レ、レイナルド様、これは……?」

「魔力を回復するポーションだよ」


 予想通りの返答に私は顔を引き攣らせる。


 この前、私がこっそり光魔法を使って倒れたのを、レイナルド様は魔力切れだと勘違いされているらしい。ううん、魔法を使ったことを知られるよりはいいのだけれど……でも、こんなに高級なポーションはいらないのに!


「不要だとお話ししたはずです……あの、どうしてこんなに……!」

「うん。フィーネが笑っているのを見るのが生きがいだからね、最近の俺は」

「……れ、レイナルド様……」


 色や瓶の形から見て……私の薬草園メイドの年収よりも高いと思われるポーションたちが並び、私は卒倒しそうになったのだった。

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