第31話 フィオナへの誘い②
「……こっ……これまではなかなか外に出る勇気がなく。このようにお待たせして申し訳ございません」
罪悪感に押しつぶされそうになりながら何とか挨拶を終えて席についた私は、呼吸を整えて予定通りの言葉を口にする。
はきはき話すことは難しくても、ゆっくり話せば噛むことはない。それに、レイナルド殿下がそれを咎める人ではないと知っている。
お兄様との打ち合わせでは、『フィオナ』はレイナルド殿下からの会いたいという要請を知りつつ、ずっと断ってきたことにする予定だった。
そうした方がレイナルド殿下が縁談を進めることを諦めてくれる確率が高いからで。いわば、今日は『最後に会ってきっぱり断る』という意思表示の場なのだ。
それなのに、レイナルド殿下はまっさらでキラキラした笑顔を向けてくる。
「どうかお気になさらず。こうしてあなたとともに座っているだけで夢のようです」
「ゆ、夢だなんてそんな。私は今後、親戚筋を頼って王都を離れることになります……ですから、」
最後に王宮に来られてうれしい、と続けようとしたのに、レイナルド殿下は私を遮って微笑んだ。
「フィオナ嬢とはあまりお話しする機会がなく寂しく思っていたのですが……こうして向き合って話すのが初めてとは思えませんね」
「!」
だってそれはもう毎日話していますから……! 助けを求めてレイナルド様の背後にいるクライド様を見ると、ものすごく目が泳いでいらっしゃった。ううん、もしかして笑いを堪えているのでは?
「あなたのご親戚にあたる方がこの王宮に勤めていらっしゃいまして。そのせいなのかもしれません」
「そ……それは」
どうしようもう帰りたい。
私が言葉に詰まると、レイナルド殿下はまた微笑んでお茶の入ったカップに口をつけた。貴族令嬢のくせにまともに会話もできない私に、彼は怒ることなく穏やかで。
そして、私たちの間にある共通の話題といえば、王立アカデミーのことぐらいなのに。レイナルド様は絶対にそのことに触れてこない。
こんなに優しい人を騙しているなんて。でも、もう乗り掛かった船からは降りられない。
だって、私はレイナルド様が『フィオナ』に贈られた刺繍入りハンカチを大切にしているのを見てしまったし、彼女への想いも少しずつ聞いてしまった。
薬草園のメイドとして平穏に生きたい、という気持ちはもちろん強い。けれど、それ以上にこの人を傷つけたくない、そして大切な友人を失いたくない、という気持ちがじくじくと根を張る。
「あ……あの。レイナルド殿下、王立アカデミーで私が倒れたあの日、助けてくださり本当にありがとうございました」
「いいえ。当然のことをしたまでです」
「その……医務室まで運んでくださったのを、先日兄に聞いたばかりで。きちんとお礼をお伝えしていなかったこと、お詫び申し上げます」
私が頭を下げるのを見たレイナルド様は意外そうにしている。
「……あなたの兄上がそこまでお話しになるとは。驚きました。フィオナ嬢のことを相当大切にされているようでしたので」
「あの場にいた人々が誰かに操られていたことも知ったばかりで。何も知らず、兄にだけ頭を下げさせて自分では誰にもお礼を言わず、ただ傷つくことを避けていたのが恥ずかしいです」
「……ご友人とはお会いになっていませんか」
少し躊躇いがちに告げられた言葉に、私は俯いた。
「……はい……」
実は、あの場で魅了の効果を持つハーブが使われたということを知ったときから、私はジュリア様とドロシー様のことが気になっていた。
「もしよろしければ、お手伝いしましょうか」
「……え?」
「お二人にお会いになりたいという気持ちがあるのなら、行き違いを訂正する手助けを」
「い……いえ、そんな」
私の顔に浮かんだ一瞬の迷いを、レイナルド殿下は見逃さない。
「フィオナ嬢と彼女たちだけで会うのは難易度が高いでしょう。しかし、この王宮で、私という第三者が立ち会えばハードルは下がるのでは」
「あの、そんな」
「遠慮することはない。常日頃から、あなたのためにできることはないか考えていました。ぜひ、ここは私におまかせを」
いえいえいえいえいえどう考えてもそちらの方が難易度は上です……!
けれど、レイナルド殿下はクライド様を隣に呼びつけるとすぐに予定の確認をさせた。クライド様は私をそんな同情の視線で見るなら助けてほしい。
こんなに強引なレイナルド殿下を私は知らない。これはもう、素のレイナルド様に近い気がする。私から研究ノートを取り上げて、楽しい場所に連れ出してくれようとするあの。
……というわけで、私はレイナルド殿下と二回目のお茶の約束をしてしまった。
お兄様に、なんて報告しよう……。
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