第22話 シンデレラのお出かけ③

「あ、あの……あの。ハロルド様、は……遠縁、の方で」

「遠縁? フィーネは……スウィントン魔法伯家とかかわりがあったんだっけ?」

「はっ……はい、あの、あるというか……あるというか」

「……フィーネ?」


 さらに挙動不審になった私を、レイナルド様は訝し気に見つめてくる。


 どうしよう。私は嘘が得意ではない。下手に取り繕おうとしては間違いなく失敗すると思う。


「わ……わわ私がお世話になっているコートネイ子爵家は……スウィントン魔法伯家の遠縁にあたりまして……ハロルド様とはその関係で……」


 ここまで話して気づく。これではあの日お兄様の腕を掴んでいたことに説明がつかない。どうしたらいいの。


 私が言葉に詰まったところで、話題の向きを変えたのはクライド様だった。


「フィーネちゃんさあ、フィオナ・アナスタシア・スウィントン嬢は知ってる? 少なくとも遠縁なら子どもの頃に会ったことがあるんじゃない?」

「!」


 助かったと思ったのは束の間。あまりのピンチに、握っていたフォークの先からミートボールが転がり落ちる。


 このお二人と一緒にいると、どうしても『フィオナ』の話題になってしまうらしい。


「フィーネ、クライドには答えなくていいよ。ごめん、うるさくて。……クライド。黙れと、あれほど」


「だってさぁ。こんなチャンスないじゃん。もし仲良しだったら『お兄様』に取次をお願いするよりずっとスムーズかもよ? 女の子って頑なに拒否してても友達の意見でコロッと変わったりするじゃん?」


 きっと、これは『フィオナ』とレイナルド様のお話で。どうしよう、と思っていたところで大きな声が聞こえてきた。


「~~~~!」

「~~~~~~!!」


 女の人と男の人が言い争う気配。お店の喧騒に隠されているけれど、穏やかではない。クライド様が顔を顰める。


「ぇえ~? せっかく楽しく食事してたのに、痴話げんかってまじ空気読んでほしいんだけど」

「……しかし、出た方が良さそうだ。……大丈夫、フィーネ?」


 レイナルド様の優しい声で、私は手が震えていたことに気がつく。あの婚約破棄以来、私は男の人と女の人が言い争うシーンが苦手なのだ。


「は……はい。大丈夫です。い、いい行きましょう、お店の外に」


 そう言って立ち上がった瞬間、さらに大きい声が聞こえてきた。


「君との婚約なんて家同士が決めた結婚にすぎなかったんだ! もういい。婚約を白紙に戻そう」

「な……何を言うの!」


「君は口うるさすぎるんだよ! 私はケイティと結婚する。ずっと言わなかったけど、君と結婚してもケイティのことは妾として迎えるつもりだった」


 ……え。これって。


「ひえ~。こんなとこでよくやるね」


 これは婚約破棄だ、そう思った瞬間。私の脳裏に王立アカデミーの光景がフラッシュバックする。


 アカデミーのカフェテリア。勝ち誇った表情のエイベル様、なぜか泣きそうなミア様、私のほうを全く見ようとしないジュリア様とドロシー様。それを取り囲む生徒たち。


 ――あ。これはだめ……


 いやだ、倒れたくない。気弱な自分をやめたいのに、どうしてこんなことで。


「フィーネ!?」


 レイナルド様が驚いた気配がする。大丈夫です、今の私はちゃんと立てます。引きこもるのはやめて、きちんと自立するのだから。


 思いとは正反対に、頭から血の気が一気に引いて手足が動かなくなる。真っ白な視界がぐるぐる回って、私の意識は遠のいた。


 ◆


 王立アカデミーの学友――主に令嬢たちの黄色い悲鳴の中、私は抱き上げられていた。


 わずかな光の先に、空色の美しい瞳が見える。とてもきれい。そう思った瞬間に、その人の表情は酷く怒っていることに気がつく。


 エイベル様が何かを弁解する声、ミア様の涙声。


 それを、レイナルド殿下の厳しい声色がかき消していく。でも、何と言っているのかはわからない。


 どうして、こんなに怒ってらっしゃるのだろう。


 聞きたいけれど、聞こえない。


 というか、私ごときをレイナルド様が助けて運んでくださるなんて。これは……夢?


 ――そっか、夢。


 ◆


 目を開けると、そっけない木の天井が見えた。


 低い天井に、ここは寮の自分の部屋ではないのだと悟る。……え、どこ!?


 私はあのまま気絶してしまったらしい。


 情けなくて気落ちするのと同時に、部屋の隅からレイナルド様とクライド様がお話ししているのが聞こえてきた。

 

「フィーネちゃんってかわいすぎない? あれだけで気を失うとか。ほんと新鮮。なんか、レイナルドが気にしちゃうのわかるわー」

「ほっとけ」

「だから言い方」


「……フィーネはクライドが適当に遊んできたご令嬢方とは違うから」

「なんだよそれ。ていうか、レイナルドももう少し遊べばいいじゃん? いつまでも一人だけを想ってるなんてやばすぎるでしょ?」

「本気で言ってる? それ」


 お二人は、だいぶ問題のある会話をされていらっしゃる。


 目を覚ましたことをどのタイミングで告げたらいいのかわからなくて、私はぼーっとしたままただひたすら固まる。すると、レイナルド様が気付いてくださった。


「あ。フィーネ、気分はどう?」

「も……申し訳ございません……わ、私」


「いいんだよ。怖かったね。気を失ってしまったから、休憩室を借りて休ませてもらったんだ。あのままでは馬車に乗れないから」

「ご……ごめんなさい、お二人にご迷惑を」


 次第に状況を思い出してきた。そうだ。私はレストランで気を失い、倒れたのだった。


 倒れた私にレイナルド様とクライド様は付き合ってくださっている。何という失態なの……情けなくて、穴があったら入りたい。


「フィーネ。もう遅いから帰りたいんだけど動ける? 明日は薬草園を休んでもいい。俺が手を回すから」

「……時間」


 レイナルド様の言葉にハッとした。


 恐る恐る、手首の時計に目をやる。


(ど……どうしたらいいの! あと、20分しかないわ)


 認識阻害ポーションの効き目が切れるまではあと20分ほど。


 ――効き目が切れると、私はフィーネではなくフィオナに戻ってしまう。

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