第21話 シンデレラのお出かけ②

 クライド様が案内してくださったのは、大通りに面した雰囲気の良いレストランだった。テラス席なんかもあって、確かに王都の若者に人気というのに頷ける。


 けれど、私には落ち着かないどうしよう……と思っていたら、クライド様が店員さんに何やら話して端のソファ席に案内された。


 護衛上の理由もあるのだろうけれど、クライド様はとても遊びなれているように見える。


 賑やかな店内を照らすオレンジ色の光と、この空間に満ちるおいしそうな食べ物の匂い。そこに、少しだけ甘ったるい香りが混ざっていることに気がついて私は固まった。


 ――この甘さ、知ってる。


「……ここの店はあまりよくないな」

「そう? 俺には全然わかんないし。さすが鑑定スキル持ち」


「この店が若者に流行る理由はわかったが、もうここを使うのはやめたほうがいい」

「ぇえ~そこまで?」


 レイナルド様とクライド様の会話を見守っていると、レイナルド様は小さな四角い箱を取り出した。


「これを使おうか」

「……あ」


 それに見覚えのあった私は、思わず声をあげてしまった。


「さすが、フィーネ。知ってるんだ?」

「は、はははい。あの……携帯式の浄化装置、です……」


「そう。魔石をエネルギー源とし、水晶の粉やクローブなんかの浄化作用がある素材を使って周囲を正常に保つ」

「お……王都でもまだ十に満たない数しか流通していない高級品、ですね……」


 実は、この浄化装置の開発には私も関わっている。


 エネルギー源とする魔石の加工が難しかったらしく、錬金術師ギルドからスウィントン伯爵家の秘密ルートを回りに回って依頼があったのだ。


 商品として流通させると聞いていたのだけれど、まさかこんなところで出会うなんて。


 私の言葉に微笑みだけで答えたレイナルド様は、カチッとスイッチを入れて浄化装置を起動させる。すると、装置内部で魔石が魔力を増幅させていく気配がする。


「この店は魅了の類の効果を持つハーブを焚いているようだな。だからこうして若者が集まる」

「うっわまじ? ごめん。それなら出たほうがよくない?」

「いや。この浄化装置があれば問題ない。鑑定しても、この装置の効果は確かだ」


 二人の会話を聞きながら、私が開発に関わった魔法道具を褒められてうれしくなる。


 アトリエに引きこもっていた頃は、自分が関わったものが誰にどんな風に使われているかを見る機会がなかった。それが、こんな風に役立てられている場面を見られるなんて。


 そしてレイナルド様が仰る通り、このお店は不思議なハーブを焚いているみたいだった。お店の中に充満する甘ったるい香りは独特のものだ。


「こ……これは、数種類を混ぜて効果を最大限に高めたものですね。ほ、法律で許されている範囲を超えている気が……」


「うん。俺もそう思う。しかもただこの店に通いたくなるだけならまだしも、暴力的な言動をしやすくなる副作用もあるな」


「ここここの魔石には、動力源としてだけではなくこの場で薬草と魔力を反応させて浄化ができるような加工がしてありますが、使用者……レイナルド様の魔力を込めるとさらに強力な効果を発揮しそうです」


「へえ。フィーネは見ただけで構造や仕組みまでわかるんだ。すごいね」


 もちろん、開発に私が関わったとは告げない。私が加工した魔石をレイナルド様が見ない限り、知られることはない。


「……フィーネちゃんって、薬草のことだけじゃなくて錬金術にも詳しいんだね?」

「!」


 クライド様の言葉にハッとする。


 そうだった。つい、レイナルド様と二人でお話しているような気分になってしまっていたけれど、今日はクライド様も一緒なのだった。


 私が錬金術を得意としているのは、レイナルド様と二人だけの秘密のはずなのに。蒼くなった私にはお構いなしでクライド様は続ける。


「だからフィーネちゃんってレイナルドと仲がいいんだ。納得したわー。薬草園勤務って言うだけで仲良くなったのがほんと不思議だったんだよね。レイナルドって元々あれじゃん? 女の子に興味なくてすかしてるくせに王立アカデミーで好きな子には声をかけられずに終わるとかほんと」


「もういい、クライドいい加減にしろ」


 クライド様の言葉をレイナルド様が遮る。その後「ごめん、フィーネにわからない話をして」とフォローしてくれたけれど、全てにおいてどうしたらいいかわからない。


 そのうちに、頼んだ料理が運ばれてきて救われた。


 テーブルの上にサーモンのミルクスープとチーズがたっぷりかかったミートボールが並ぶ。その隣にはてんこ盛りのザワークラウトと揚げたポテトの山。


 私が引きこもる前は、街でこんな食事をしたことがあった気もする。もちろん、そのときも私は少しつまんだだけだったけれど。


 あの頃は、賑やかなお店でわいわい食事をするよりも、落ち着く部屋に戻って本を読みたいと考えていた。今だってドキドキしているけれど、私は外に出ると決めたのだ。


 お兄様に心配をかけず、自立したひとりの女性になると。


 そんなことを考えながら、私はサラサラのスープをスプーンですくって口に運ぶ。


「……あ! お、おいしい、です」

「ほんとだ、おいしいね、フィーネ」

「はい。あの……サーモンの塩気とミルクの甘さが……」


「うん。バランスいい」

「この……小さなパスタの食感もいいのだと思います。アクセントになっていて。多目に使われたディルもよい香りを足しています。これは、味8ぐらいはあるかと……!」


「ブッ」


 私とレイナルド様の話を聞いていたクライド様がなぜか吹き出す。それにレイナルド様は剣呑な視線を送った。


「なんだ、クライド」

「いや……ごめん。フィーネちゃん、すげえ喋るなと思って。食事っていうよりこれは何かの研究なの?」


「フィーネのことはほっといて。大体にして、今日のクライドは護衛だろ。俺たちの会話には加わらず見てろ」

「はーい、ごめんね?」


 こちらこそ申し訳なくて、私は頭をふるふると振った。


 二人の会話を聞いていると、親友っていいなと思う。言葉は乱暴だけれど、信頼し合ってるのがわかる。


 王立アカデミーで仲が良かったジュリア様とドロシー様は、あの事件以来すっかり疎遠になってしまった。


 悲しくなってきたので、レイナルド様が取り分けてくださったミートボールにフォークを刺す。チーズの下からトマトソースがぶわりとあふれ出た。


 少しはしたないけれど、あつあつのミートボールをふうふう吹いていると、レイナルド様から予期せぬ問いが降ってきた。


「そういえば、ハロルド・ウィル・スウィントンとはどんな関係なの? この前、街で一緒にいたよね。もう会ってない?」

「んっ!? ゴホゴホッ……」


 お兄様と『フィーネ』の関係を問う質問だった。


 あまりに不意打ちだったので、私は驚いてむせてしまった。

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