第20話 シンデレラのお出かけ①

 初めて貰う類の褒め言葉を受け取ってカチコチに固まった私は、レイナルド様に見守られながらパイを食べた。


 このリゾットを包んだパイはわりと一般的な朝食メニューだけれど、こんな風にあつあつを味わいながら食べたのははじめてで。


 熱くてはふはふしていたのがやっと落ち着いたころ、彼は言った。


「料理は錬金術と似てるよね」

「……は、はい。今、心の底からそう思いました」


「フィーネは『味1』を改善したいって言ってるけど、もっと食べることに興味を持ったらいいと思う」

「た……た、た食べることに興味」


 私は、ポーションの味を良くするために配合時間や素材の質を変えることしか思いつかなかった。


 けれど、もし『味1』が魔力や技量などほかの要因によるものだったら、食に興味を持つことで改善するのかもしれない。


 そして、蜂蜜や果実水で安易に調節するのではなく、混じりけなしのおいしいポーションにしたい。


 書き留めておこうと作業机の上の研究ノートに手を伸ばす。……と、それをすっと取られてしまった。


「あ。また難しいこと考えてるでしょ?」

「! か、かかか返してください!」

「中身は見ないから安心して」

「あの、忘れる前に書きたいのです。返してください。」


 このノートには、私にしか開けられない細工がしてある。だから別に問題ないのだけれど、今思いついたことを書き留めたい。


「フィーネ。今度、一緒においしいものを食べに行こう」

「お、おいしいもの……?」

「そう。約束してくれたら返してあげる」

「! そ、そそそ……そんな……」


 私がレイナルド様と食事に行くなんて、王立アカデミー時代では絶対にありえないことだった。


 もちろん、レイナルド様にとって私はではなくなのだけれど。とにかく、彼とふたりで街を歩くなんて、想像しただけで緊張しすぎて死んでしまう。


「街には、おいしい食べ物がたくさんある。どうせフィーネはひとりになるとパンを齧って終わりだろう? そんなのもったいないよ」


 レイナルド様が仰ることは一理ある。それに、本気でノートを取り上げようとしていないのもわかる。もし私が一瞬でも本気で悲しい顔を見せたら、あっという間に返してくれると思う。


 でも、私は気が弱いのをなんとかしたい。こうやって外の世界に連れ出してくれようとする人の、気持ちに応えたい。


「わ……わかりました」

「やった。約束だよ?」


 決意を固めた私が頷くと、レイナルド様はうれしそうに笑ってノートを返してくれたのだった。




 数日後の夜。


 私は、レイナルド様と一緒に街へと出ていた。


「フィーネは何が食べたい? なんでもいいよ。お肉? お魚? 異国の料理店もたくさんあるけど」

「ええと、あの……」


 レイナルド様に聞かれても、特に食べたいものが思いつかない。言葉に詰まってしまった私の肩を、レイナルド様の側近――クライド様、が軽く叩く。


「誘われてついてきただけなのに、そんなこと聞かれても困るよねえ?」

「……! は、はははい」

「すごい。顔真っ赤。新鮮」


 私の反応を楽しんでいるクライド様は、王立アカデミーで同級生だったお方で。レイナルド様同様、ほとんど話したことはない。


 赤みがかったブロンドと精悍な顔つき、細身なのにがっしりした体躯は王太子殿下の護衛兼側近にふさわしいという声が多かった。


 にもかかわらず、周囲には気さくに接して冗談にものってくださる。だから、同級生の中にはレイナルド様ではなくクライド様のファンだと仰る方も多かったような……。


 たぶん、あの婚約破棄で気絶さえしなければ私は名前すら知られていなかったかもしれない。改めて、このお二人は私とは違う世界にいらっしゃる方なのだと実感する。


「クライド。フィーネを揶揄うな」

「ぇえ~。自分ばっかり」

「いいから。……ごめんな、フィーネ」


 私はぶんぶんと頭を振って答えるのが精いっぱいだった。それから、レイナルド様が私の肩にのせられたクライド様の手を取って外してくれたのでホッとする。


「でも、ほんとどのお店にする? フィーネちゃんの希望がなければ、今王都で若者に一番人気がある店に案内したいんだけど、いい? たぶん、レイナルドも行ったことないよ」


 クライド様はもともと砕けた話し方をする人だと思っていたけれど、レイナルド様を呼び捨てにしているのを初めて聞いた。二人って、こんなに仲がいいんだ。


 二人のやりとりをドキドキしながら見つめていると、レイナルド様が私の顔をずいと覗き込む。


「フィーネの希望がなければ、クライドが勧める店にするけどいい?」

「は……は、はい」


 答えながら、私は手首の時計に目をやる。認識阻害ポーションの効き目が切れるまではあと二時間ほど。


 夕食をとって王宮内の寮に帰るには、十分に時間がある。



 ――このときは、そう思っていた。





――――――――――――


☆別連載を投稿しています。

「顔だけ聖女なのに、死に戻ったら冷酷だった公爵様の本音が甘すぎます!」

クールな王子様を演じていたのに、あることがきっかけで嘘がつけなくなってしまったヒーローがとても不憫なお話です。

ぜひこちらにもお付き合いいただけるとうれしいです……!

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