第23話 シンデレラのお出かけ④
落ち着いて考えよう。幸い、このレストランは王宮から近い。きっと急げばポーションの効果が切れるまでに戻れるはず。
寮の自分の部屋にまではたどり着けなくても、『フィオナ』の顔を知っている二人と別れられればいい。うん。だから、大丈夫。
そう考えて呼吸を整えた私は口を開く。
「あ……明日の薬草園のお仕事は問題ないです。お、遅くまで付き合わせてしまいまして、もも申し訳ございません」
「ううん。フィーネ、そんなこと気にしなくていいんだよ。でもまぁとにかく帰ろうか」
「は……は、はい」
私たちは表で待機してくださっていた馬車に乗って王宮に戻った。特にトラブルに巻き込まれるようなこともなく、王宮に到着した馬車は停まる。
よかった。目を覚まして時計を見た時にはびっくりしたけれど、なんとかなってよかった。
あとは急いで寮の部屋に戻らなきゃ。きっと、途中でポーションの効果が切れてしまうから顔を隠しながら戻らないと。
そんなことを考えながらレイナルド様のエスコートで馬車を降りた私を待っていたのは、ありがたくない提案だった。
「遅いから、寮の入り口まで送る」
辞退したい。全力で遠慮したいです……!
「あ……あああの。ここは王宮の敷地内です。安全上の問題は何も……ないはずで……」
「そう? だけど……」
私が拒絶していることを察してくださったらしいレイナルド様は、不満げなものの踏みとどまってくれている。そして、それをクライド様が後押ししてくれた。
「レイナルド。フィーネちゃん困ってるよ。仲良くなりたいのはわかるけどもっと上手くやんなよ」
「うるさいな」
「言い方っていうか言葉遣い?」
私が困っているのをわかったうえで立ち回ってくださるクライド様に、笑みがこぼれてしまう。本当にこのお二人は素敵な関係だなと思う。
……と、そんなことを思っている場合ではなかった。時間がない。
「あ……あの、これで私は失礼いたします」
私は挨拶もそこそこに、寮の部屋へと一直線に走り出す。すると、レイナルド様の声が後ろから飛んできた。
「フィーネ、おやすみ!」
「お……おおおおおやすみなさいませ、レイナルド様、クライド様……!」
いったん立ち止まって深くお辞儀をした私は、また駆け出す。
よかった。これで、いつポーションの効果が解けても大丈夫。
念のために、バッグから顔を隠す用のハンカチを出しておこう。あれ、ない。まぁ仕方がない。とにかく早く部屋に戻らなきゃ。
◇
『フィーネ』を見送ったレイナルドとクライドはプッと笑い合う。
「フィーネは見ていて飽きないだろう?」
「うん。まじかわいいね。今のお辞儀の仕方とかほんとツボなんだけど」
「……クライド。さっきも言ったが、フィーネのこといじめるなよ」
「はいはい。王太子殿下のお気に入りですから?」
「ふざけるな、本当に」
冗談の延長でレイナルドに小突かれたクライドは地面に視線を落とす。そこには、ハンカチが落ちていた。
「あれ。これ、フィーネちゃんのかな」
「そうかもな。俺が預かる」
「いいよ。ちょうど今度の視察の打ち合わせで使用人寮に用があんだよね。俺が持ってく。レイナルドが直接持っていくまででもない」
「……だが」
不満げなレイナルドに、クライドはため息をつく。
「フィーネちゃんとお話する時間がほしいなら、とにかく、溜まった書類をなんとかして。まじで」
「……わかった」
観念したように両手を挙げたレイナルドに微笑みかけてから、クライドはフィーネの後を追ったのだった。
(使用人寮まで……近道しようかな)
そんなことを考えながら。
◇
息も絶え絶え、私の目にはやっと使用人寮が見えてきた。
普段はめったに走ることがないので本当に辛い。薬草園で働きだして少しずつ鍛えられたつもりだったのに、まだまだだったみたい。
たぶん、認識阻害ポーションの効き目はもう切れている。けれど、寮と薬草園を行き来するだけの生活を送っている私には、いまのところ知り合いはいない。
寮は男女別だから、ネイトさんにここで会う心配もない。よかった、レイナルド様にフィーネの正体がばれなくて。
俯いてできるだけ顔を見えないようにした私は、寮の扉に手をかける。
「あ、フィーネちゃん?」
急に聞こえた、ここにいるはずのない人の声に私はバッグを落としてしまった。
「バッグ落としたよ。……って、フィーネちゃん?」
クライド様が横から近づいてきて、私が落としたバッグを拾ってくれた。でも、お礼が言いたいのに言えない。私の声はフィオナなのだ。そして、顔も。
「……」
「さっきハンカチを落としたみたいだったから届けに来たんだ。レイナルドじゃなくてごめんね?」
「……」
「どうしたの、フィーネちゃん」
固まって動けない私の顔を、クライド様が覗き込む。
そして、ハッと息を呑む気配がした。
「……どうしてあなたがここに」
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