第17話 興味を持たれているみたいです

 次の日の早朝。

 上級ポーションの出来栄えを確認するため、私はアトリエを訪れた。


「お……おはようございます……!」

「おはよう」


 私も張り切って早起きしたのに、レイナルド殿下はとっくに到着していたみたいだった。アトリエ端の簡単なキッチンでお湯が沸いている。


 私が到着したのを見て、彼はコーヒーを淹れてくれる。


 慌てて「や、やります……!」と言ったけれど、「フィーネには無理」とあっさり却下されてしまった。


 普通の王太子殿下って、コーヒーを自分で淹れられるものなの……? というか普通の王太子殿下というカテゴリーのことがもうわからない。


 困惑しながら驚いて忙しい私に、レイナルド殿下はくすっと笑ってコーヒーの入ったカップを勧めてくれた。


「どうぞ。……ここでは、自分の好きなことを好きなようにするって決めているんだ」

「す……好きなことを、好きなように……」

「そう。錬金術も魔法の研究もね。フィーネにもそうしてほしい」

「わ、私も?」

「うん、ここは好きなように使っていいよ」


 まさかこのアトリエを……? 私は目を見開いてぐるりとアトリエ内を見渡した。


 棚に並べられたり天井から吊るされたりしている薬草やハーブに魔石、水晶、宝石、それらの粉。窓辺で朝日をたっぷり浴びせている設計図用のペン。サラサラした紙と、カラフルでざらざらした布。大きな作業台と、そこにのっている加熱用の器具や部屋の隅でぴかぴかに魅力を放つ大釜。


 懐かしくて大好きな素材をたくさん詰め込んでいるこのアトリエは、スウィントン魔法伯家にあったものの倍以上の広さ。それが半地下方式で三階建てなのだから、ちょっとしたファミリーが住めてしまいそうに思える。


 きっと、生成するものによって陽当たりや温度を調整するためにこんな造りになっているのだと思う。ここで作れないものはない気がする。


 でも、ここを自由に使っていいだなんてまさかそんな!


 心を落ち着けるために、勧められたカップを持ってコーヒーをひとくち飲む。ミルクがたっぷり入っていて、香ばしさの中に優しい味がする。


「あ……おいしいです」

「コーヒーも面白いよね。豆だけじゃなく、抽出時間やミルク、蜂蜜の分量で全然味も香りも変わる」

「あああの、私もこの前思いました。……カフェの……トライフルを……」


 勢いよく同意してしまったものの、最後はしりすぼみになった。それなのに、レイナルド殿下はニコニコして聞いてくれる。


 昨日、レイナルド殿下が『フィオナ』に何か特別な想いをお持ちだったらしいことを知ってしまった。そのことはお兄様が知っていそうなので、今度お会いしたときに聞いてみようと思う。教えてくれるかはわからないけれど。


 このことを思い出す度に、勝手に気持ちを聞いてしまったことへの罪悪感と、少しのモヤモヤした気持ちが私の胸に広がる。


 そんな思いで黙ってしまった私に、レイナルド殿下が聞いてくる。


「フィーネは、宮廷錬金術師になる気はないんだよね?」

「は……はい」


「本当に? 無理してない? 見た感じ、相当な技量と魔力があるよね。王立アカデミーを出ていないから正式な試験を受けられないなら、俺が手を回してもいいよ」


 まさかそんな。憧れはあるけれど、魔法を使えることを隠したい私には無理な話だった。


 今回、このアトリエで上級ポーションを作ることにしたのも、レイナルド殿下が信頼できるお方だと思ったからこそで。


 ふるふると首を振ると、彼は立ち上がって昨夜から置きっぱなしのフラスコに手をかけた。


「そっか。それでこれ、鑑定してもいい?」

「あっ……は、はい、もちろん」


「この混じりけのない透明な色。間違いなくあのポーションだね。特殊効果あり……治癒8、味1、か。中級ポーションの治癒はどんなに頑張っても3か4止まりだ。……さすがだね。」


 え? 褒められたこともだけれど、気になる情報に私は目を瞬く。


「あ、あの……味1ってなんでしょうか?」

「ん? そのまま、味のことだよ。おいしくない、ってこと」

「おいしくない……」


「フィーネは食べ物にあまり興味がないんじゃない? 肥料も味1になってたし」

「!」


 肥料に味があるのにも驚きだけれど、レイナルド殿下が仰る通り、私が好んで食べるのは甘い食べ物ぐらいで。


 あれ、ということはつまり。さっき、私にコーヒーを淹れさせてくれなかったのは……!


「ひ……肥料が味1なのを見て、私が淹れたコーヒーはおいしくないと思いました……?」

「慣れないことはしなくていいんだよ」


 レイナルド殿下がぽんぽんと私の頭を叩いたのを見て、察した。


 私に料理は向いていないと思われているらしい。その通りなのだけれど。


「……自分が作ったポーションをしっかり鑑定していただいたのは初めてです。でも、まさか味が1だったなんて」


「フィーネは面白いね。普通、治癒8に加えて特殊効果ありなんて言ったら有頂天になるものだけど、味1でへこむなんて」

「だって……味が1では……」


 毎朝飲んでいる認識阻害ポーションが苦くておいしくないのも納得すぎた。これは要改善だと思う。


 そういえば、ポーションを作るときに味のことを考えたことがなかった。できあがった後に調節すればいいと思っていたぐらいで。


「ハーブ自体の苦みと魔力が過剰に反応しているのかしら。それなら、薬草に前処理を加えてから使う……? 魔力量を抑えめにして長時間かけて生成してもいいかもしれない、でもそうすると効果が」


 ぶつぶつ呟いていると、少し離れた場所でコーヒーを飲んでいたレイナルド殿下が、私の目の前に来て座った。


 視界いっぱいに彼の綺麗な顔が広がって、びっくりする。


「いい? このアトリエを使う条件はひとつ。フィーネの能力を俺以外に話さないこと」

「そ……そそ、そんなことでいいのですか」


「ああ。俺も秘密は守るよ。そうしたら、ここで二人でいろいろな研究ができる。もし、商品として普及させたいものができたら俺が間に入る。フィーネにとっても悪い話じゃないと思うんだ」


 夢のような提案に胸がドキドキしはじめる。


 スウィントン魔法伯家から外に出たら、自分のアトリエを持てるのはずっと先のことだと思っていた。けれど、まさかこんなに素敵なアトリエを借りられるなんて。


「本当に……いいのでしょうか」


「フィーネ。宮廷錬金術師になる意思がないことを確認したうえでこの提案をしたのは、回りくどいやり方だと思う。だけど、俺はフィーネに興味があるんだ」


「ききき興味……?」


 目を瞬かせる私に、レイナルド殿下はぷっと噴き出した。


「そう、興味。フィーネが錬金術師を名乗るのはここでだけ。いいね?」

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