第16話 スウィントン魔法伯家の特効薬②

「一体どこから仕入れていたんですか」

「それが……出所がわからないように細工をされていて。安定して供給できるように調べたこともあったのですが、誰が作っているものなのかはわかりませんでした」


 二人の会話はレイナルド殿下にも聞こえていたようで、彼は立ち上がった。


「もう少し詳しく聞かせてもらえるか」

「レイナルド殿下。これは『特効薬』の話です」

「ああ。以前に私も鑑定したことがある。澄んだ色の上級ポーションのことだな。生成者不明と聞いているが……引退した宮廷錬金術師は調べたのか」

「はい。しかし、当てはまる者はおらずでして。ひと月に数本しか供給されない不思議なポーションです」


 レイナルド殿下と錬金術師さんたちの会話を聞いていて確信する。


 間違いなく、そう。今話題に上がっているのは、私が引きこもりながら作っていたポーションのことで。


 趣味の延長、お兄様に褒められたくて作っていたはずのポーションがこんなところにまで浸透していることに驚いてしまう。


 そして、レイナルド殿下は『鑑定』のスキルを持っているのだと思う。莫大な魔力の量や錬金術に関わる特別なスキルは王族や貴族に発現しやすい。それを考えると自然なことに思えた。


「……先王陛下の容体は変わりないのだな?」

「一応、安定していると聞いてはいますが……医務官から『特効薬』がほしいと言われるということは、そういう状態なのでは、と」

「そうか」


 ぴりぴりとした緊張感が伝わってくる。……どうしたらいいの。


 私ならあのポーションを作れる。


 それにレイナルド殿下は鑑定のスキルを持っている。スウィントン魔法伯家のアトリエで作ったポーションを鑑定したことがあったのなら、私がこっそりポーションを作ってここに置けば、同じものだとわかってくれるだろう。


 きっと、ここの錬金術師さんたちも見逃していた在庫があったのだろうと思ってくれる気がする。


 けれど、上級ポーションを作るには素材も道具も足りない。寮の小さな部屋の、簡単な加熱用ランプとフラスコじゃできることが限られる。


 認識阻害系のポーションを作るためのものは準備してあったから声を変えるポーションは簡単にできたけれど、上級ポーションを作るには何もかも足りなかった。


 話を聞いた範囲では、大怪我をして思わしくない状態なのはレイナルド殿下のおじい様。彼は顔色を変えずに話しているけれど、きっと心配だろう。


 覚悟を決めた私は、立ち上がってレイナルド殿下のところまで行った。


「あ……あの。今日はお忙しそうなので帰ります」

「そうか。一人で帰れる?」

「も、もももちろんです!」


 それから、恐る恐る告げる。


「……あの。アトリエをお借りしてもよろしいでしょうか」





 薬草園の奥、レイナルド殿下のかわいいアトリエ。


 たくさんのハーブの匂いと、キラキラの魔石に囲まれて、私は上級ポーションを作っていた。


「わ、わわわ私が上級ポーションを作るときは、湿度をできる限り下げて、陽当たりのいい窓辺で作ります……」

「へえ」


 作業机の隣では、レイナルド殿下が興味深そうに私の手もとを眺めている。ワクワクを隠しきれていないのが、さっきまでの緊張感ある彼の姿からは信じられなくて、少しだけかわいいと思う。不敬なので、絶対に言ってはいけないけれど。


「上級ポーションにするにはフェンネルの葉の質が大事で……」

「そうか。だから、さっき薬草園ですごい難しい顔をして採取してたんだ?」

「そ、そそそんなに酷い顔をしていたでしょうか……! 申し訳……」

「ごめん。そういう意味じゃなかった。続けて?」


 レイナルド殿下が頬杖をついて微笑むと、アトリエには沈黙が満ちた。


 私はフラスコの中に魔力を注ぎ込む。ポーションになりかけの液体が鈍く光を持つ。


「……これでもう一度火にかけて、数時間置きます……」


 大体の生成を終えて一息つくと、レイナルド殿下が「全然関係ないことなんだけど」と前置きしたうえで仰った。


「フィーネは……知っている子に似てる」

「……え、え?」


 心当たりがありすぎて、どきりとする。


「王立アカデミーで会った子なんだけどね。内気で少し気が弱いんだけど、人としての芯が強くてしっかりしていて。数回しか話したことはなかったけれど……」

「!? そ、そそそその方は、レイナルド殿下のお友達、でしょうか」


「ううん。友人ではなかったな。本当はもっと彼女のことを知りたかったけど、彼女を守るのは俺の役目じゃなかったから一歩引いて見ていた。……今は後悔してる」

「……後悔している、というのは」

「彼女にはもう会えなくなってしまった」


 レイナルド殿下ほどの立場の方。彼が会いたいと言ってそれが叶わない相手はいないと思う。つまり、それは先方からお断りがあったということ。


 この前ここで見た刺繍入りのハンカチと、お兄様からの意味深な手紙が脳裏に浮かぶ。街でお兄様の腕を掴んで歩いているところを見られたときの、怒ったような表情。それから、エイベル様から婚約破棄された日、助けてくれようとしたレイナルド殿下の横顔。 



 その人に、特別な感情をお持ちだったのですか、と聞いてはいけない。


『フィーネ』として私がその答えを知ることは許されないのだから。

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