第18話 気になる存在(レイナルド視点)
フィーネが生成したポーションを持ち、レイナルドは錬金術師工房を訪れていた。
「これ、いいか。昨日欲しいと言っていた特効薬扱いのポーションだ。ここで承認を得たら、すぐに先王陛下のところに持っていく」
「もちろんです。というか『鑑定』をするのはレイナルド殿下じゃないですか。わざわざここを通さなくても」
「うん。でも一応規則だから」
そう答えると、ベテランの宮廷錬金術師は「それもそうですね」と笑った。
小さなガラス瓶に入ったポーションをカウンターに置くと、彼はそれを手に取って眺めた後台帳のようなものに書き込んでいる。
この工房は、いろいろなアイテムを作ったり生成するだけではない。王宮に入ってくる錬金術によって生成されたあらゆるものを精査する役割を果たしている。
特にめずらしいものや高貴な人の体内に入るものは、レイナルドが鑑定し承認してから使用されることになる。
だから、レイナルドはこの工房で働く者たちと特に親しかった。
「それにしてもきれいですね、このポーション。レイナルド殿下のように鑑定のスキルを持っていなくても、一目で良質なものとわかります」
「だろう。さすが治癒8の効果を持つだけあるだろう?」
「治癒8……それは特効薬との呼び名が相応しい」
「まぁ、味は1だけどな」
「? 今、何か?」
「いや、何でもない」
そこで思い浮かんだのは『味が1では……』をくり返して悲しそうにするフィーネの姿。
(……ダメだ。「味1」と告げた後のフィーネのぽかんとした顔を思い出すと、つい笑ってしまう)
ポーションの記帳が終わったのを確認して、レイナルドは笑いを噛み殺し工房を退出する。
そこで待っていたのは、レイナルドの側近・クライドだった。
「レイナルド殿下? ……またアトリエに行ってたのか。予定詰まってんだけど」
「うるさいな。わかってるよ」
クレヴァリー伯爵家の嫡男・クライドは、レイナルドの側近候補として幼い頃から一緒に過ごしてきた仲だ。
同じ年齢で王立アカデミーでも同級生だった。王太子の側近という重要な立場にありながらも言葉遣いや姿勢はゆるく、レイナルドにとっては心を許せる相手だ。
「別に、やることやってくれればあのアトリエに行くことは止めないけど……最近いやに向こうで過ごすことが多くない? なんかあった?」
「何もない」
「ふーん。まぁ詳しくは聞かないけどさ」
二人で並んで執務室に向かう。クライドの口振りからすると、相当に仕事が溜まっているのだろう。
(フィーネにアトリエの鍵を渡しておくべきだったか)
ついさっき、フィーネ・アナ・コートネイは自分の力をレイナルド以外に明かさないことを約束し、アトリエの共同利用者となった。
遠慮がちにしていたが、フィーネは瞳を輝かせていた。きっと、今夜にでもまたアトリエにやってくるかもしれない。そう思うと、レイナルドの気持ちは弾む。
なぜか楽しげなレイナルドの様子をしばらく観察していたクライドは、はー、とため息をついてから切り出してきた。
「この前、街中で薬草園勤務のフィーネ嬢の手を掴んで歩いたじゃん? あれをリトラー侯爵家のご令嬢がうっかり目撃してたみたいで、問い合わせが来てんだけど。『王太子殿下はどのご令嬢とも懇意にするつもりはないんじゃなかったんですかぁ~』って」
「……ほっとけ」
「言い方。ていうか、フィオナ嬢のことはもういいわけ?」
「良いも何も、彼女は俺に会ってくれない」
一年前、王立アカデミーでフィオナ・アナスタシア・スウィントンが婚約者からこっぴどい形で婚約破棄を宣告された。
レイナルドは学内で見かけるフィオナに好感を抱いていたものの、彼女の婚約者に遠慮して見守るだけにしていた。
あの日、慌てて助けに入ったもののフィオナは酷いショックを受け、アカデミーに顔を出すことは二度となかった。
その後フィオナの兄を通じて何度か面会を申し入れた。しかし、いい返事をもらえることはなく。
(確かに、アカデミーの同窓でありあの場にいた俺から婚約なんて申し込まれた日には、彼女はまた卒倒してしまうかもしれないからな)
ちなみに、アルヴェール王国の王族には恋愛結婚が許されている。もちろん、相応しい身分を持った令嬢の中から選ぶことが暗黙の了解ではある。
「だからって、お礼状とともに届いたハンカチを大事に持ち歩くのはどうかと思うけどな?」
「……ほっとけ」
「だから言い方」
「フィーネのことにも変な気を回すんじゃない。彼女はただの薬草園勤務のメイドだ。たまに錬金術の素材のことを話したりするぐらいで、特別な感情はない。この前のも、婚約者がいる男に騙されそうになっていたから助けに入っただけだ」
「へ~え?」
何かを見透かすようなクライドからの視線に、レイナルドは舌打ちをする。
(クライドは、鋭いから本当に面倒だ)
錬金術と魔法の話ができる新しい友人、フィーネ。彼女は豊富な知識や魔力、技量の割に頼りなくて放っておけない。
なぜか目を引いて気になる存在。ひどく庇護欲をくすぐる、守ってあげたい存在。
――今のところ、それだけのはずだった。
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