二つ名付与

 ふらふらと頼りない足取りで階段を降りていく。

 裸足なせいで足裏に砂の感触。

 指の間に砂粒が入り込んで、現実感のない心地も相まってくすぐったかった。



『のぅ、ポチ……?』

「…………………………」

『ポチー、ポチー』

「…………………………」

『無視するのは酷いんじゃないか?』



 厚い壁の向こうからクローフィの声が聞こえてくる気がする。

 胡乱な目で胸元を見下ろすと、文句を言うように動く短剣。

 疲れているせいでまったく気付かなかった。というか動けるんだ。



「……なんですか?」

『なんですかじゃないじゃろ。さっきからずっと声をかけておったんじゃが』



 そうなのか。勇者にとどめを刺してからふわふわとしていて、聴覚はおろか視覚すら正常に働いていない気がする。

 彼女は器用に声だけで心配そうな雰囲気を醸し出す。



『お主はこれからどうするんじゃ?』



 クローフィの言葉に足が止まった。

 どうするのか。

 今まで目標を持ってプレイしてきたわけではない。流れに身を任せて、ラインの弟子になってラインを助けるために武闘会に参加して、クローフィの眷属になって彼女を助けるために勇者を中心としたプレイヤーたちと戦って。



 あまりにも厳しい激戦を終えたことで、俺の「やりたいこと」がなくなっていた。



「………………そう、ですね」



 イベントでも目指してみようか。確かもう少しで大規模なイベントが開始されるはず。以前のはクランが活躍するものだったから、クランどころかフレンドすらいない俺には向いていなかった。

 けれども今回のは個人規模らしい。そこでいい成績を残せるように頑張ってみるとかどうだろう。



 それともアップデートで開放されるらしい、新たなエリアである『帝国』でも目指すか。同時に日本をモチーフにした島国が開放されて、活動できる範囲が物凄く広がると掲示板で話題になっていた。

 現在装備している【妖狐の面】。武闘会の優勝賞品だが、どうにも島国に関係があるらしいのだ。装備スキルは結局使えるようにならなかったけど、多分島国でクエストとかをクリアしたら使えるようになるんじゃないかな。



 何を置いてもこれがやりたい! ってのはないが、面白そうなことが目白押し。

 考えている間にむくむくとモチベーションが湧いてきて、自分でも苦笑してしまうのだが、随分と俺は簡単な作りをしているようだった。

 


『その様子じゃと決まったのじゃな?』

「えぇ。とりあえず、今まで行ったことのないところへ行こうかと」



 できればアップデートされる前にすべて回りきりたい。

 新しい場所が開放されれば皆行くだろうし、俺も流れに取り残されたくないし。

 それにもともとクローフィを連れて旅でもしようかと思っていたのだ。目的地のないぶらり旅。いいじゃないだろうか。



 彼女と話している間に階段を降りきり、砂の塔の出口である大きな扉が見えてくる。やはりこれも砂でできており、魔法で強化されているとわかっていても、少し触れたら崩れてしまうのではと心配になる。

 そっと扉を押して久しぶりの日差しを浴びた。吸血鬼だから日光は歓迎できないのだが、今だけは清々しい気分になる。



「…………よぉ、ポチ」

「ぴぇ」



 びっくりした。

 


 扉の横の壁に背中を預けながら座っているラインが、汚れに輝きを落としている赤髪を掻き上げる。



「私はずっとこの扉を守っていたんだがな? まぁ勇者を通しちまってよ。今度こそ守りきってやるって誓ったのにごめんな」

「い、いや……」

「だからこれからは一人も通さないって気だったんだが、随分と強いのが一人いてな……」



 もちろん私が勝ったんだけど。

 ラインは本当に疲れたようにため息をついた。



「真っ白な髪の妖精。あれポチの知り合いじゃないか?」

「……シロのこと、ですか? まぁ、その、知り合いといえば……知り合い、なのかなぁ…………」

「戦ってる最中にポチの顔が浮かぶんだよ。あれは知り合いどころか、血でも繋がってるんじゃないかと思うレベルだった」



 へぇ、偶然もあるものだな。

 彼女と俺の血がつながっているはずもないので、ラインの気のせいなのだが。



 ラインと会話をしていると、空からブルハさんが降りてきた。



「やぁやぁやぁやぁ、疲れたよ」

「あ、お疲れ様、です……?」

「ラインくんが砂の塔に入ろうとする者は止めてくれていたからね。私は天上から魔法を撃って、他の者を倒していたんだよ」



 当然スタベンもね、と彼女は仏頂面のおやっさんを指差す。

 流石の彼も連戦に疲れているようで、いつもの覇気が小さく見えた。

 それでも俺が喧嘩売ったら殺されそうなんだけど。



「お茶どうですか?」

「…………ありがたく、いただきます」



 一体何処から現れたのだろうか。

 サラがにこやかに紅茶を淹れて、湯気の上がるティーカップを持っている。

 文字上では勧誘のようだが実際は強制。

 ほとんど頬に突き刺さりそうなところまでティーカップが押し付けられたので、俺はどもりながらも受け取った。



 イザベルとのぎくしゃくもなくなったようで、彼女は微笑みながら空中と会話している。



 そんな温かい空気に包まれていたら、ようやく勇者に勝ったんだ、戦いに勝ったんだという実感が湧いてきて――。



『プレイヤー:ポチさんが【カルマ値ランキング】において四位になりました。そのため今までの行動などから、【二つ名】を付与します』



『おめでとうございます! プレイヤー:ポチさんに【黒衣の魔王】の二つ名が付与されました!』



 ――そんな内容のホログラムウィンドウが表示された。

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