終幕

 状態異常が効かないのならば物理的に状態を異常にしてしまえばいい。

 例えば視覚を奪って。例えば聴覚を奪って。

 俺は聴覚を奪う方法を持っていないから、消去法的に視覚を奪うしかない。



 アイテムボックスから取り出した布は何の変哲もないものだ。おかしな仕掛けとかはないし、特殊な効果が付与されているわけでもない。

 けれども唯一使える魔法によって真っ黒にした。対象を真っ黒にするだけのがっかり魔法だが、ここでようやく日の目を見るときが。



 爆発ポーションに意識を取られている勇者はまだこちらに気づいていない。

 音もなく低い姿勢から立ち上がり、黒く染まった布を彼の顔に巻き付けた。



「うぐっ……!? ぐ、くあッッ!!」



 突然視界が奪われたことに困惑してか、勇者は強引に剣を振り回す。

 もちろん背中側に張り付いている自分に当たることはないが、あまりにもその勢いが凄すぎて振りほどかれそうだ。

 布が外れてしまうと今までの行動が水の泡。

 全力を振り絞ってなんとか耐える。



「くっ……!?」

「………………ッ!」



 そしてやってきた。



 チャンス。



【克己】の効果が切れた。



 勇者の鎧の中にはポイズンスライムであるドクが潜んでおり、直接触れている彼は即座に毒状態になる。

 俺がちまちま攻撃するのとは比べ物にならない固定ダメージが入って、HPが目に見えて減った。

 自分が不利に陥ったことを悟った勇者は一つ舌打ち。



「ゼヤァ!」



 あまりにも近い距離にいる俺に剣を持っていてはさらに不利であると思ったか、剣を捨てて徒手空拳でもって戦いを始めようとする。

 しかし、果たしてそれは最善手だったのだろうか。

 これは自慢だが、明らかに勇者と俺との間には「徒手空拳」においての練度の差がある。拳聖の弟子としてやってきたのだから当然だが。

 むしろ剣を基本にしている彼に負けたら切腹ものだ。



 装備にはステータスを補正する効果がある。鎧ならばVITなどに補正がかかるだろうし、剣だったらSTR、杖だったらINTに補正がかかるだろう。

 万が一にもステータス補正がなくなった程度で埋まる差ではないが、確かに少しだけ俺と彼との差が縮まった。



 鎧の中にはドクがいて気が散る。

 視界は暗く使い物にならない。

 常に状態異常を付与することができる。

 勇者は空手の戦いに慣れていない。

 ステータス差が僅かに縮まった。



「――シッ!」



 一瞬の隙を突いて片手で召喚した麻痺ポーション。

 それを勇者の首筋に叩きつける。

 視界が真っ暗なせいで対策もできなかった彼は、大人しくポーションを享受し、結果として体が動かなくなった。



「ぐううう…………!?」

「あああああああああああッッッ!!!」



 彼の体から力が抜けていくのを確認してから布より手を離し、全身の捻りを使って蹴りを放つ。体重すらも利用するために足が地面から離れる。

 流石にステータスが低くとも勢いはあったようで、腰のあたりに当たった蹴りによって勇者は吹き飛ばされた。



 逃さない。



 この隙を、この時を、ずっと待っていた。



 アイテムボックスから同時に複数の爆発ポーションを召喚して、地面に転がっていく彼に投げ続ける。

 爆発。爆発。爆発。

 爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発爆発。



 この戦いが始まる前に大量に作っていたはずの爆発ポーションはストックが切れかけていた。それがゼロになるまで、ひたすらに。

 砂の塔が揺れる。

 ぱらぱらと砂が落ちてくる。

 それでも止めない。



『ここまで一方的だと気分がいいのぉ』

「……ちょ、黙ってて…………!!」

『なんか妾の扱い酷くないか!?』



 今滅茶苦茶集中しているのだ。

 クローフィと会話するのは後でいい。

 今は勇者の頭上に表示されている麻痺のアイコンを睨みつける。

 効果時間が切れる数秒前に麻痺ポーションを追加。

 延長されたことを確認したら再び爆発ポーション。



 爆発ポーションが切れた。

 じゃあ裂傷ポーションを。

 裂傷ポーションは重ね掛けできない。

 じゃあ火炎ポーションを。



 自分が出来るだけのありったけを。

 全力を尽くして。

 


 ……それでも物量には限りがあり、俺のアイテムによる攻撃手段はなくなってしまった。



「ハァ、ハァ…………!」



 だが、それは勇者のHPも同じこと。

 


 額から流れる汗に視界が霞むが、確かに勇者のHPは残り数ドットというところまで減っていた。

 遮二無二攻撃を続けていたおかげだ。手首やら何やらを総動員して攻撃し続けていたから、腕が重たくてしょうがないけど。



 ぷるぷると震える足を引きずりながら、俺は地面に伏す勇者の下まで歩いていく。

 爆風によって散れ散れになった布の向こうから勇者の顔が見えた。

 しばし俺と彼との視線が交錯する。



「……はぁ、はぁ……まいったね。まさかここまで強いとは」

「……………………強い?」

「ゴホッ……気づいてないのかい? 君は……くっ、強いよ……」



 息も切れ切れだが、勇者はしっかりと言葉を吐いた。

 自分が強いなど思ったことがない。

 ずっとずっと負け続けて。

 何度も何度も死んで。

 血反吐を吐きそうになりながら戦ってきた。



「………………そうか」



 その集大成。この戦い。

 俺は勇者にすら認められるほど、強くなれたらしい。

 ステータスは誰よりも弱い自信がある。

 しかし、いざ戦いになれば。



「お前も、今までの中で一番強かったよ」

「……はは、恐縮だね」



 苦笑した彼を視界から塗りつぶすようにそっと目を瞑る。

 記憶が洪水となり頭の中を駆け巡って拳に力が宿った。



「これで、終わりだ」



 突き刺さった拳は、あっけなく勇者をポリゴンに変えた。

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