克己
『妾と共に征くならば、あの目障りな光を堕としてからじゃろう?』
なんか魔王みたいなこと言い出した。
俺は首から下げる短剣が恐ろしいことを喋っているのを耳にして、もしかすると彼女の本領を発揮させてしまったのだろうかと思った。
クローフィは以前から命を狙われ続け、ついに自ら死を望むようになってしまったのだ。それが俺の手によってできなくなって、思い上がりでなくば生きてやってもいと思っている。
死がある種のトラウマとなって、鎖になっていたのなら。
彼女本来の気質を封印していたということもあるのではないか――?
『ほらほら征くぞ。妾達の初めての共同作業じゃぞ』
「言い方……しかも俺がやるだけなのでは?」
短剣だし。
戦闘中というのに加えてクローフィが戻ってきたことに興奮して、自分の舌は随分と回りやすくなっている。
普段からこうだと助かるんだけどな。
ぼっち卒業だぜ。誰かと話せるようになっているビジョンが見えないのが辛いところ。
しかし俺も彼女の言葉によって戦意が回復。流石にドクの感覚に慣れてきたらしい勇者が立ち上がるのを捉えながら、僅かに重心を下げる。
状況は変わっていない。
こちらは喋る短剣が増えただけであり、戦力に数えることは不可能。
勇者は何か秘策を持っているかもしれない。
ステータス差は圧倒的で、武闘会のときとは条件が違う。
憑霊の道標が作業を完了したことで爆発ポーションを使えるようになったが、彼相手に通用するかは微妙。
考えれば考えるほど、どうやって今まで戦ってきたのか疑問に思った。
いわばギリギリの綱渡りをしてきたのだ。油断するとすぐに落ちてしまいそうな、油断しなくても綱のほうが切れるような。
運がよかった。
奇跡が起きた。
言い方は様々だろうが、とにかく超常的な偶然の重なりが、俺をここまで運んできた。
Unendliche Möglichkeitenとの出会い。
おやっさんとの出会い。
ブルハさんとの出会い。
ラインとの出会い。
クローフィとの出会い。
サラとの出会い。
陰キャコミュ障の俺には勿体ないくらいの出会いが、ここまで連れてきてくれた。
『何を言っておるんじゃ。もはや我々は一心同体。つまりお主のやることなすことは、すなわち妾とお主がやることと同義』
「えぇ…………」
んなジャイアンみたいな。
しかしその粗暴というかなんというか、何処か昂っているようなそんな言葉が、不思議なことに俺の手足を軽くしていく。
剣を正眼に構えた勇者と視線が交わっても精神が揺らぐことはなかった。
自分の全力が尽くせる予感、だろうか。
肌の表面が焦げる。耳の奥がどくどくと騒ぎ始める。
「――あぁ」
主人公。
決して俺では手の届かなかった領域。
ずっとスポットライトを浴びない人生を過ごしてきた。教室では常に沈黙を保ち気配を絶って、存在すら知られていないかもしれない。
だが、今だけは。
他の誰よりも、自分が。
俺こそが輝いている自信があった。
「行くぞッッッ!!!」
勇者が勢いよく地面を蹴りつけて肉薄してくる。
構えた剣をそのまま向けて鋭い突き。
するりと体重を後ろに下げながら自然な動きで腰を回した。
「来いよ、勇者」
お前が勇者と呼ばれるのなら、俺は魔王と呼ばれよう。
勇者とは魔王を打ち倒す者で、魔王は勇者を打ち倒す者だからだ。
斬るべき敵を見失った剣は心もとなく宙を掻く。
腰の回転とともに放たれた俺の拳には、見慣れた赤いポーションが握られている。
このままでは距離が近い。爆発したときに巻き込まれるだろう。
今までの戦い――塔の外での――を前線から離れたところで見ていたであろう彼は、爆発ポーションを確認した途端に警戒を強めた。
おそらく俺の基本的な戦い方にこれが組み込まれていることを知っているのだ。
だからこそ注目してしまうし、一瞬だけ隙が生じる。
膝を折るように姿勢を下げると、衝撃に備えるために重心が下にあった勇者が愕然とした表情を晒した。
重心を下げるとはそのまま足の開きに繋がり、彼は俺が通過できるほどの空間を形成していたからだ。
トンネルを潜るように勇者の股下を抜けてアイテムボックスを表示する。
本当ならばすぐさま対処したいところ、彼の目の前で投擲した爆発ポーションが意識を奪ってしょうがない。
目の前にある今にも爆発しそうな物か、明らかに何かを狙っているであろう者。
どちらに対処すべきか思考が分散する。
そして彼は爆発ポーションに先に手を付けるようにしたようだ。
鋭い剣の腹で投擲されたそれを優しく受け止め、衝撃を受け流すように弾き飛ばす。
正直そんな芸当ができるとは思っていなかった。確かに爆発ポーションが効果を発動するにはガラス瓶が割れ、空気と触れる必要があるが。
まさかサーカスに出られるような正確なコントールができるなんて。器用ステータスが異常に高いならともかく、勇者はバランス型だろう。あるいは器用ステータスにポイントを振ってすらいないかもしれない。
まぁ、どうだっていいんだけど。
俺はアイテムボックスから大きな布を取り出して、唯一使える魔法を口ずさんだ。
「――【
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