短剣

 その短剣はぽっと出てきたわけではない。

 俺がラインと一緒にダンジョンへ挑む際に頂いたものだ。



【破魔の短剣】

 スタベンによって作られた、願いの込められた短剣。その性質は悪魔を近づけない、打ち倒すことにあり戦闘には向かない。常時悪魔種を近づきづらくするが、これを用いて攻撃を行った場合は数度で自壊する。



 憑霊の道標はHPが全損したNPCの「意識」をアイテムに移すというものだ。

 つまりそっくりそのままの体で復活はさせられない。

 では憑依させるべきアイテムはとアイテムボックスを見渡したが、碌なものがなかった。



 何故なら俺はステータスが低いせいで装備を身にまとうことができないから。例えば剣だとか鎧だとかがあったら、なるほど憑依させるに相応しいだろう。意識が宿る以上耐久力は高ければ高いほどいい。

 しかし俺の場合は不必要なもので、同時にお金もあまりなかったため、装備を買うということをしてこなかった。加えてリアルラックのせいなのかドロップアイテムとしても出ないのだ。クローフィを下ろすに適する装備はなかった。



 あとは消費アイテムなのだが、戦闘に使うポーション類やらカルトロップ、罠を作るためのものしかない。

 今更砂の塔を出ても時間が足りなくなるかもしれないし、勇者が追ってきているだろう。多くのプレイヤーに砂の塔へ俺達が逃げ込むのを見られてしまった。

 そうやって重苦しい空気が満ちる中、胸元にかすかな冷たさと重さを感じた。



【破魔の短剣】だ。



 魔除けとしておやっさんに貰ってから一度も使わなかった短剣。

 そもそも戦闘用に作られていないというのもあるが、装飾品として装備できたのが大きい。

 常に首から下げていた短剣が光を反射し、俺は「これしかない」という不思議な確信を得た。



【破魔の短剣】に込められた効果からするとクローフィとは相性が悪いように思えるかもしれない。しかしそれは違う。あくまでも悪魔種を近づきにくくするだけで、日光をも超越する吸血鬼の真祖ならば意味がないのだ。

 というか意識だけの存在なんだから種族も何もない。



 それに【破魔の短剣】は俺の身を今まで守ってくれていた。

 クローフィのことも守ってくれるのではないかという、漠然とした願いじみた狙いもある。



 未だドクの猛威に晒される勇者を放置して背後へ飛び退る。台座に恭しく鎮座する短剣は砂の塔の上部、小さく空いた窓から月光が差し込んで妖しく輝いていた。

 吸血鬼たるに相応しい様相。

 まるで月の光が集まってできたような短剣は、俺にそう思わせる。



 決して痛みを与えないように――アイテムに意識を憑依させている状況で感覚があるのか知らないが――優しく手に取り、柄にくくりつけられた鎖を首から下げた。



『…………のう、ポチ』



 随分と苦悩したような、重たいものが引っかかる喉の奥から無理矢理ひねり出したような声だった。

 彼女のそんな声は初めて聞くので、俺は瞠目して頷く。



 一体どうしたのだろうか。

 まさか死を希求する心が暴れてるのか。

 目の前には勇者がいる。おそらく彼の刃を大人しく受け止めたクローフィは、再び死に戻ろうとしているのではないだろうか。

 死んで戻るのではない。真実「死」に戻るのだ。



 どんな言葉来てもプラスの方向に解釈しようと構えた俺に、若干震える――あるいは泣きそうな声がかけられた。



『妾、まさか短剣に貶められるとは思っていなかったのじゃが……』



 空白。



「あっ」

『一応妾って吸血鬼の真祖じゃぞ? 自ら死を望むなど超越存在の誇りの欠片もない行為ではあったが、短剣にされるほどかのぉ』

「いや、その、違うんスよ」

『死した者を現世に呼び戻す術が存在するのは知っている。それが物に宿すしかないともな。じゃが、せめてほら、聖剣とか…………意味ありげに飾られておったじゃろ』



 本当に泣きそうな声だった。

 姿は見えないが、見た目相応の幼女のように。

 


 言えない。代わりになるものがなかったから消去法的に短剣になったなんて言えない。やはり吸血鬼の真祖ともなるとプライドがあるのだろう。よもや短剣にされるとは、と泣きそうになるくらいに。



 今までクローフィのそんな姿は見たことがなかったので、正直「可愛いなぁ……」と思っていることは否めない。

 でも原因が俺だからなんとかしないと。



「あ、ほら、その、別の器に移し替えるとかって……」

『術を発動したのに知らんのか? 一度宿った器からは移動できんのじゃ』

「ッス――」



 そろそろ土下座の準備をする頃合いか? 勇者との激戦の最中だからあまり時間はかけられな…………いや、クローフィが復活したんだから別にいいか。

 目的を達成したせいで気が抜けていくのを感じながら、俺は冷たい汗を垂れ流す。



『……まぁ、よいか』

「え?」

『変に着飾った器に入れられても、今の妾には相応しくない。望んで死ぬような者にはな。であれば、短剣になってお主と一緒に過ごすのも悪くない』



 クローフィ……!



『じゃが、そうであればまずはやるべきことがあるじゃろう?』

「………………土下座?」

『違うわ馬鹿者。目の前の敵を打ち倒すのじゃ』



 そうして彼女は勇者を指さした。

 ような気がした。

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