連携
これで終わらせてやる。
俺は息を詰めて新しく取り出したポーションを握った拳を振るう。
間もなく体を動かすのも覚束ないはずの勇者に当たるというところで、彼は双眸をカッと開いた。まるで失っていた意識を取り戻したかのように、あるいは覚醒の前兆のような。
どちらにせよ自分にとって非常に不都合なことが起こる気がひしひしとする。早急に決めなければいけない。時間稼ぎなどぬるいことは言ってないで、戦いを終わらせる。
それくらいの覚悟を持って俺は吶喊した。
しかし。
「――【勇猛果敢】ッ!!」
金色の光が迸った。
それは随分と見覚えがあるもので。
じわりと嫌な記憶が首をもたげる。
「…………あぁ、なるほどね」
ユニークスキル。
あのシロが持っていたものと同じような効果だろうか。彼女の話によるとユニークスキルはガワが違うだけで内容は同じらしい。
しかし彼女が使っていたのは『受けているダメージが大きいほど自分のステータスを強化する』ものだった。あのときは自分のステータスが相手と同等になっていたから脅威になったのであって、今使ったところでさほど影響はないと思うのだが……。
「知っているんだね」
「ユニークスキルのことか? まぁ、前にちょっとな」
戦闘中の昂ぶりに滑らかになった舌を回す。勇者は相変わらず柔和な笑みを浮かべたままだ。つまりこちらを大した障害だと思っていない。もしも自分が負ける可能性があったらもう少しピリつくだろう。それにもかかわらず彼は変わらない。絶対に自分が勝つという自信があるのだ。まぁ、俺が勇者の立場でもそう感じるだろうから、文句とかは言わないが。
彼は正眼に剣を構え静止した。攻防一体の構え。俺に対して防御なんて必要か? とも思うが状態異常を警戒しているのだろう。頭上を見ると麻痺状態が消えている。仮にあのスキルの効果が『状態異常を無効化する』類のものであれば、守りなどせず攻めるだけでいいはずだ。ゆえにスキルを発動した時点の状態異常しか消せない。そう判断した。
勇者の落ち着きようを見るにステータスの増加はない、もしくは微々たるものか? 時間制限があるなら勝負を急ぐはず。いや、彼ほどの実力者なら俺相手に焦る必要はないと判断する気もする。決めつけると即座に敗北に直結するためこの判断は保留。
ユニークスキルは名前からでは効果が予想できないから厄介だな。他のスキル、例えば【筋力強化】とかだったらそのままだから楽なのに。これだから強いやつは嫌なんだよ。
俺は若干腰を落としてため息を付いた。体中の酸素を吐き出すつもりで大きく吐く。すべて出しきったら少し呼吸を止め、深呼吸。
想像していなかった相手の行動に僅かに硬直していた筋肉が柔らかくなっていく。このゲームはこういうところまで再現しているから、舐めてかかると大抵痛い目に遭うのだ。ラインとの修行で巨大なゴキブリと戦ったときは最悪だった。もう二度と柔軟とか緊張をほぐさないで戦うのはやめようと思った。
「きゅー」
一度壁際まで吹き飛ばされたドクが戻ってくる。ちらりとそちらを見るとHPがかなり削られていた。減速したとはいえ勇者の攻撃。物理耐性があるスライムといえど無傷ではいられない。それでも立派に屹立して彼を睨みつけているのだから凄い。俺より覚悟決まってるんじゃないの?
「ドク」
「きゅー?」
「……ワクワクするな。これはクローフィのための戦いだけど、相手は自分の力が通用しない強敵だ。自分には戦闘狂の気はないと思ったんだがワクワクする。不謹慎なことに」
自然と口角が上がってしまっているのを自覚した。シロだとかは明らかに戦闘狂でそれを引いた目で眺めていた俺。けれども、どうやら俺もそんな気質があったようで。困難な状況にもかかわらず昂っているのを感じる。
ドクもその言葉を聞いて「きゅーっ!」と鳴いた。今までの付き合いから察するに「実は某もそうでござる」みたいなことを言ったのだろう。多分口調違うけど。
「いいね。楽しくなってきた」
それに、そうやって自分を上げていかないと本当に折れてしまいそうだ。
見えるか? あの覇気を漂わせる勇者の姿が。己は強者であるという自覚がある。ゆえに生み出される押しつぶされそうな圧。油断していると膝が折れてしまいそうだ。少し震える両足を叱咤する。
「……………………」
「……………………」
再び戦いが始まるのに言葉はいらなかった。
両者ともに無言で駆ける。片や音を立てて、片や無音で。
漆黒のローブをたなびかせて間合いに飛び込む。すかさず剣が迎撃にかかるが回避。カウンターに拳を叩き込んだ。
「ハッ!」
が、当然のように避けられ蹴りが飛んでくる。
俺は軽く飛び上がると蛇のように彼の足に巻き付き、関節技に持っていこうとする。もちろん相手は防ごうとするがドクが毒液を発射した。
わざわざユニークスキルを使ってまで状態異常を治したのだから二度目は嫌だろう。こちらではなくドクの対応を優先する。
それが目的だったんだよ。
俺は召喚した麻痺ポーションを無防備な勇者の背中に叩きつけた。
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