裂傷
「がっ……!!」
勇者は舌を硬直させて息を漏らす。背中に衝撃を受けたせいか海老反りだ。そのまま体中に電気が迸るようなエフェクトが這い回り、頭上にアイコンが表示される。
先ほど使った麻痺ポーションは俺が作った中でも最高傑作なので、そこそこ効果が高い。状態異常耐性スキルでも持っていたら別だが、五分くらいは拘束できるだろう。そして五分もあれば勝負を決められる。
「きゅーっ!」
チャンスを見逃さずにドクが鳴く。勢いよく勇者の顔にへばりつくと、毒を付与しつつ窒息を狙っていった。彼は文字通り溺れかけている。砂の塔で溺れかけるなど変な話だが。
がむしゃらに振り回している手足にすら俺を殺す威力が宿っているせいで、まともに近づくことができない。しかし攻撃を一番受けているはずのドクは体勢を維持していた。もしかすると勇者自身も己の顔を本気で攻撃するのは避けているのかも。
せめて援護射撃くらいはしようとアイテムボックスを開く。戦いのために集めてきた素材やらトラップやらはほとんど底をついていた。今まで主役を張ってくれていた爆発ポーションなどは語る必要もない。
その中から真っ赤な液体が入ったガラス瓶を召喚する。アイテムの名前は『火炎ポーション』。ちょっと取り繕っているが要するに火炎瓶だ。少し違うのは一瞬で鎮火する代わりに当たった相手に火傷状態を与えること。憑霊の道標に影響を与えたくない今の状況にはぴったりだ。
阿吽の呼吸でドクがジャンプする。俺が火炎ポーションを投げる瞬間がわかっているようだった。いや、実際わかっていたのだろう。それだけの信頼関係を築いてきた自信がある。
腰と肘のひねり、その他全身の力を総動員して投擲した火炎ポーションは、風を切りながら放物線を描き、未だ満足に動けない勇者に当たった。瞬間的に炎が広がるものの、すぐさま消える。あとに残ったのは電気の合間に火の粉を迸らせる彼の姿だけだった。
加えてドクがへばり付いていたので毒状態にもなっている。つまり勇者は現在『毒状態』『麻痺状態』『火傷状態』の三つの状態異常にかかっているのだ。毒と火傷の固定ダメージは決して小さくない。ユニークスキルのせいで回復はされているが、明らかにマイナスのほうが大きかった。
しかし油断はしない。こうして慢心をして敗北してきたことが何度あっただろうか。主に負けてきた相手の割合で言うと、最も大きいのはスライムだ。奴らは俺が正々堂々戦いを挑んでいるのに数で勝負してきやがる。何も囲んで叩くことを批判したいわけではないが――そんな事を言ってしまえば今俺達がやっていることも駄目になってしまう――、貧弱な俺にやることかと。
嫌な記憶が脳裏をよぎったので慌てて頭を振る。振るついでに新しくポーションを取り出し投げつけた。
くるくると回転しながら勇者に向かっていくそれは狙い違わず激突し、甲高い悲鳴と共にガラス片を飛び散らせる。数秒もするとポリゴンとなって消えていく儚い存在。踏んづけたらダメージとか入りそうなものだが入らないんだよな。何度かトラップに使えないかと思って検証してみたんだが、やはり見た目だけのようだった。
投げつけたアイテムの名前は裂傷ポーション。なんで液体によって裂傷ができるかは不明だ。そもそも使用したのも初。これは作るのにかかるコストがあまりにも大きいから量産ができない。現在保有している裂傷ポーションの数は三つ。初めての戦場で慣れないアイテムを使う勇気がなかった。それに爆発ポーションのほうが使い勝手よかったし。
ガラス瓶が割れて液体が勇者の肌に触れると、じゅうじゅうと音が鳴り始める。溶けているのかと思ったがどうにも様子がおかしい。あれは溶けているというよりも、蒸発しているという方が正しい……か……?
「えっぐ」
それを見て裂傷の正体に至った。あれだ、冬の乾燥した日とかに唇が切れていることがあるだろう。あれの全身バージョンだ。
ポーションの中身に入っていた液体によって付着したところの水分が飛ばされ、あまりに乾燥しすぎて亀裂が入ると。流石にゲームだから効果が強調されているところはあるのだろうが、それにしても恐ろしい。
思わず俺は口を引きつらせてしまった。こころなしか顔のないドクすらドン引きしているような雰囲気。
ゲームゆえにマイルドに描写されているけど、あれフィルターかかってなかったトラウマものでは? こんなアイテム設定するなよ……とも思ったが、だから素材が馬鹿みたいに必要だったのかと腑に落ちる。いや、最初から設定しなければいいだけの話ではあるが。
目を背けたくなるような光景は終わり、勇者の頭上に新しいアイコンが表示された。赤色の水滴のようなマークだ。
出血状態。毒や火傷と同じように固定ダメージを与える状態異常。本来はモンスターが爪とかで攻撃したときに付与されるものなんだが、ポーションで代用したために恐ろしいことになった。
まぁ間違いなく有利にはなっているんだからいいか、と無理矢理飲み込む。
未だ勇者は動けない。こちらは万全。
俺は勝負の終わりが近づいているのを、ひしひしと肌で感じていた。
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