挺身

 憑霊の道標に影響を与えることを考えると今まで戦闘の主軸になっていた爆発ポーションは使えない。また、勇者の足元を見ると非常に強固そうなブーツ。おそらくカルトロップを撒いたとしても、容易く踏み潰されるに終わるだろう。

 そのため俺が今まで積んできた戦闘方法の殆どが、彼には通用しないということになった。だからといって諦めるわけにもいかないので、僅かに空いた隙間をさらに埋める。



「ハァッ!!」

「…………ッ!」



 勇者と俺の戦い方は対象的だった。



 片や勇ましく声を上げ剣を振るう。彼の踏み込みは凄まじく、地面を踏み砕きそうなほど勢いよく足を突き刺さした。その勢いを物語るように塔全体が揺れたと錯覚するくらいの音が鳴る。



 片やあまり声を上げずに拳を振るう。俺の踏み込みは軽いもので、まるで鳥の抜け羽が地面に落ちたように無音だ。それに比例するがごとく攻撃には威力がない。それでも勇者の攻撃をなんとか捌いてカウンターを決める。

 


 戦闘が始まってどれくらい経っただろうか。悠長に指を折って数えていられるほど相手はぬるくないので、正確なことはわからない。けれども体内時計から考えるに、おそらく十五分程度は経過したはずだ。というかそれくらい経っていないと三十分なんてとてもじゃないが守りきれない。



 残り半分。

 ようやく折り返し地点。



 その事実が俺の肩に重たくのしかかって来た。プレッシャーだとか義務感だとかが固まってできたそれを吹き飛ばすために、わざわざ大振りな攻撃を仕掛ける。流石に勇者に隙はない。もちろんこちらの攻撃は容易に回避され、あまつさえ反撃すら向かってきた。

 しかしわざと無駄を作ったことで体が柔らかくなった俺は、少々の余裕を持ちながら躱す。勇者は数秒前の自分を想像しながら攻撃を仕掛けてきたから、これほどまでに余裕を持てたのだ。



 が、それも一瞬のみ。彼ほどの適応力があればすぐさま調整してくるだろう。証拠に勇者の表情はさほど変わらず追加の攻撃を用意していた。薄い鎧の奥に隠れる太ももが膨張する。蹴り砕かれる地面。



「ぜやぁッッ!!!」



 剣が轟音でもって空気を切り裂く。唸りを上げて迫りくる刃を緩やかになった時間の中で眺めながら、完全に回避するのは不可能だと悟った。いくら努力しようとも剣先が肉に突き刺さる。躱しきれない。



 そして勇者の攻撃が当たったら最後、俺のHPは全損してゲームオーバーだ。例えクリティカルダメージじゃなくても問答無用で。ステータスの差が大きすぎる。



 敗北の二文字が眼前をよぎった。それとクローフィとの少ない会話。走馬灯のようなものかと思ったが違う。諦めが生んだ楽しい過去を思い返す現実逃避だ。必死に体を動かしてものっそりとしか動かない。もはや剣のほうが速く動いており、衝突は必至と思われた。



 しかし。



「きゅーっ!!」



 懐から喚声を上げてドクが飛び出す。流石の勇者もこれには驚いたようで、刃の進行が惰性によるものとなった。驚愕が反射的に力を込めるのを止めさせたのだ。それでもやはり凄まじい速度は消滅せず、鋭くドクを打ち据える。

 もろに剣の腹に当たったドクは勢いよく跳ね、壁へと吹き飛ばされていった。あまりの勢いに彼の体の一部が離散して勇者を襲う。いくら勇者でも至近距離での意識外からの闖入者には対応できなかったようで、大部分を回避したが、一部がヒットした。



 ぴこん、と彼の頭上に状態異常を表すアイコンが表示された。毒状態だ。

 毒状態は全HPにおける割合で固定ダメージを与えるので、まともに攻撃するよりもこちらのほうがダメージが大きくなる。今までなんとか状態異常にしようと試行錯誤していたが通用しなかった。けれどもドクの必死の挺身により、初めて有効打を入れることができた。



 眷属に対する罪悪感を今だけは仕舞う。初体験ということはないだろうが、それなりに経験の少ない状態異常になったであろう勇者は、困惑したように自分の体を眺めていた。

 つまり隙である。ここを狙わない手はない。俺はすかさず地面を蹴りつけると上体を倒し、這うように彼へと接近した。



「…………ッ!!」



 ノールックでも可能になったアイテムボックスからアイテムを取り出す動作。爆発ポーションは憑霊の道標に対する影響を考えたら使えない。けれども、それは投げたらの話だ。例えばポーションを握りしめて殴ったとしたら、大した影響にはならない。それにもかかわらず俺が爆発ポーションを使えないのは、ひとえに俺の防御力が足りないせいで反動が痛いから。



「だったらこれだよなぁ!!」



 思わず口角が上がる。取り出したのは爆発ポーションではなかった。黄色の液体が怪しい雰囲気を醸し出しているガラス瓶、麻痺ポーションである。



 攻撃力がないといっても勢いはある。それこそ質の悪いガラスが割れるくらいには。ゆえに握りしめたガラス瓶は勇者の体と俺の拳との間で砕け、中の液体が両者に付着した。同時に二人の頭上に状態異常を示すアイコンが表示される。



 けれども俺の方は一瞬で掻き消える。ポーションの質が悪かったのかというとそうではない。事実勇者の方は動きにくそうに体を捻っていた。カウンターも精彩を欠いているせいで容易に避けられる。

 こちらは最初にアイテムを取り出した段階で、解毒剤も召喚していたのだ。踏み込むと一緒に口に含み、状態異常を解除。結果的に彼だけが麻痺になった。



 明らかに俺が有利。

 この機会で決めてやると、腰の回転を利用して拳を繰り出した。

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